6-2
胸が苦しい。
吐き気がする。
上下の分からない闇の中で溺れているような感覚。
口を開いて。口を開いて。息を。呼吸を。喘ぐような自分の呼吸音が耳に響く。あぁ、気持ちいい。彼の匂いがする。
ここはどこ?
彼の部屋だ。ここから出なくては。早く彼のところに戻らなければ。彼は私が守らなければ。廊下に飛び出す。急いで。彼はどこ? 警備の奴がいる。彼はどこ? 何を驚いてるの? あぁ、よく見たら。私、今、裸じゃない。こいつ、私の裸を見やがったな。まぁ、いいわ。服をよこしな。それと銃も。彼はどこ?
走れ。走れ。走れ。走れ。あそこに誰かいる。
ケイリー。あのババア。
こっちに気付いた。ケイリー。何かを言ってる。ケイリー。何その顔。ケイリー。まるで人を化物みたいにさ。ケイリー。
ケイリーが手に持つ銃をこちらに向けようとしている。何やってんの? 銃声が鳴り、ケイリーの手が弾け飛ぶ。彼はどこ? ケイリーが悲鳴を上げる。うるさいなぁ。
ケイリーの喉を撃ち抜く。血が噴水のように湧き出てくる。さらに撃つ。ケイリーの腹にありったけの弾丸をぶち込む。撃鉄が鳴る。弾切れ。おい警備。何見てんの? 弾をよこしな。
マガジンを交換する。まだ撃ち足りなかった。再び弾が切れるまで乱射した。ケイリーはもう動かなくなっていた。
あぁ、怒りが収まらない。安易に殺すべきじゃなかった。もっと苦しませるべきだった。こいつよくも――
「よくも私を殺しやがったな」
ステラは空になった銃を床に放った。そして成り行きを遠巻きに眺めていた警備兵を一瞥し、鼻を鳴らして踵を返した。
ステラはエマの部屋を訪れていた。部屋の中には他に、数名の研究員が出入りしている。死と同時に知らせる手はずになっていたのだろう。既にエマの死体は運び出された後だった。
ステラはベッドに歩み寄り、そっと撫でる。
「油断したなぁ」
ステラはそっと呟く。
「そういえばコウキの隣ってジュンの奴が使ってたんだっけ。それであいつのバックアップを壁越しにコピーしちゃってたんだ。これがあるからあいつには近づかないように注意してたのに。まぁ、結果オーライかな」
ステラは鼻歌を歌いながら部屋の中を歩き回る。
「私が生きてるって知ったらあいつ喜ぶかなぁ? 会いに行きたいなぁ。でも、まだ駄目。私にはやるべき仕事があるんだし」
ステラは再びベッドを見つめる。ずっと殺したいと思っていた相手。そしてずっと認めてもらいたいと思っていた相手。ステラの顔には愛憎渦巻く感情が入り乱れていた。
「あの、すみません」
その時、一人の研究員が声を掛けてきた。ステラがそちらに顔を向けると、研究員は一冊の本を手渡してくる。
「何これ?」
「ジェリオ博士の遺言です。死後、娘にこれを渡すようにと言われていました」
ステラは無言で本を受け取った。ページをめくってみると、それはエマのこれまでの人生をつづった手記だった。
そこにはエマがこれまでに行ってきた全てが記されていた。会社の事。実験の事。父親の事。そして娘への謝罪。
ステラの体は震えていた。思わず本を取り落とし、乾いた笑いを漏らしながらベッドを睨みつけた。
「はっ、そういうことだったのね……。あのガキ……まんまと騙されたわ」
ステラは声を上げて笑い出した。他の研究員には目もくれず笑い続けた。目からは大粒の涙がこぼれていた。
「……いいわよ、ママ。ママの思惑に乗ってあげる」
やがてステラはポツリと呟いた。
「ママの全てを引き継いであげる。ママの研究データも……ママの愛する人も全部。そしていずれ私が世界を救うの。ママには成し遂げられなかった偉業を、私が達成するのよ」
ステラはベッドに倒れこんだ。シーツをかき集め、ぎゅっと抱きしめる。
「……そしたらさ、迎えに行くんだ。褒めてくれるよね? 認めてくれるよね? 抱きしめてくれるよね? だって私、世界の救世主だよ?」
ステラは身を縮め、子供のように泣いた。脳裏には彼の姿が浮かんでいた。
「私の事、愛してくれるよね……パパ」
END
最後まで読んでいただきありがとうございました。
これは第28回電撃大賞にて落選した作品を加筆修正したものです。
コロナ禍で再び終末論が囁かれ始めたということで以前からアイデアを温めていたポストアポカリプスものを書くことにしました。
個人的には話を広げすぎ&ネタ入れすぎで、ちょっと畳むのが雑になってしまったなという印象です。せっかく入れた異能力もあまり生かせませんでした。一次落ちも納得です。
また自分の力不足も感じました。終末ものは終わった世界の雰囲気をいかに描写できるかというのが非常に大事なのですが、それが完璧に表現しきれてないなと。これが今の自分の限界なのでしょう。
ただ物語を通して主人公であるコウキの成長。そしてエマとステラの想いと狂気。その辺は上手く描けたんじゃないかと思います。ヤンデレステラは割と書いてて楽しかったです。
長々と言い訳がましいあとがきになってしまいました。それではこの辺で。
この物語を通して、何かしらの想いが心に残って下されば幸いです。




