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The Great Hope of the Universe  作者: 佐久謙一
第五章 始まりの場所
35/38

5-9



「わ、ビックリした! 観念した?」

 突然開いた扉にステラは驚いた声を上げる。そしてコウキのただならぬ様子に、すっと目を細める。

「ガキんちょは?」

「逃がしたよ」

 コウキの素っ気ない答えに、ステラは無関心そうに相槌を打つ。だがステラの背後で控えていた警備兵からは驚きの声がもれる。

「何!? あの貴重な異能体を逃がしただと!?」

 声の主はケイリーだった。腕には真新しい包帯が巻かれていた。

「クソッタレ! 貴様がここに来てからというもの碌なことがないぞ! 警備は殺され、メルヒオールも殺され――この疫病神が!」

「ちょっとケイリー。黙っててよ」

 ステラが振り返り、ケイリーを睨みつける。

「コウキは優秀よ。既に戦闘面に関しては、あなたよりずっと上。あなたを降ろしてコウキを警備主任に任命してもいいくらいだわ」

「……ステラ正気か? そのガキは我々の敵だぞ」

「大丈夫よ。私が責任を持ってコウキを教育するから。ねぇ?」

 そう言ってステラがコウキを振り返ろうとした瞬間、コウキの腕がステラの首に巻き付き、ナイフに変形したアミィが首元にあてがわれた。

「……これ何の真似?」

「僕はあなた達の仲間にはならない」

 コウキは冷たい声で言い放った。周りの警備兵たちは動揺した様子でこちらを見ている。

「ここから逃げられると思っているのか?」

 ケイリーが鋭い眼でコウキを睨む。その手に持つ拳銃の銃口はピッタリとコウキに向けられていた。

「――それに関して、私から一つ提案があります」

 アミィがよく通る声で言った。

「私達はジェリオ博士との面会を希望します。ジェリオ博士は我々を丁重に扱うようにと言っていました。現在我々が受けている扱いは彼女が望んだものではないはずです。この状況を彼女が知り、指揮権が彼女に戻れば、私達はもう争う必要はありません」

 アミィの言葉によって警備兵たちに動揺が走った。そんな彼らを余所に、ステラは肩をすくめながらため息を吐く。

「なるほどね。最後はママに泣きつこうって訳? まぁ、いいんじゃない? もう残ってるのコウキだけだし、今更って感じだわ。それにコウキをママに紹介したいと思ってたし」

 ステラの顔には全く悪びれた様子はなかった。そして両手を警備兵たちに向け、パタパタと仰ぐ。

「ほら皆、銃を降ろして道を開けて。今からコウキをママのところまで案内するから」

 言われた通り、警備兵たちが壁に背中を付けて並んだ。もはや彼らから敵意は感じなかった。ただ一人、鬼の様な形相でこちらを睨みつけているケイリーを除いて。

 コウキは彼らに背中を見せないよう慎重に進んでいく。ステラは全く抵抗する素振りを見せてこない。

「貴様の暴走がジェリオ博士にバレたら、私はどうなる?」

 警備兵たちを通り過ぎたところで、ケイリーがポツリと呟いた。ケイリーは首をぐるりと動かし、コウキを睨みつける。

「貴様を逃したら死んでいった者達はどうなる?」

 そう言ってケイリーが一歩踏み出した。

「動かないで下さい!」

 ケイリーの不審な動きを察知してコウキは言った。そしてこれ見よがしにナイフに変形したアミィをステラの首に押し付ける。

「そうだな。貴様には人質がいる」

「分かったら後ろに下がって――」

 その時、乾いた銃声が鳴り響いた。

「えっ?」

 一瞬、何が起こったのか理解できず、コウキは唖然とした顔でケイリーを見つめる。いつの間にかケイリーが銃をこちらに向けていたのだ。

 そしてステラが膝から崩れ落ちた。ケイリーがニヤリと笑う。

「これで人質はいなくなった」

 コウキは咄嗟に盾を形成、それとほぼ同時にケイリーが銃を乱射した。コウキはステラの前に立ち、銃弾を受け止める。銃弾をはじくたびに、盾を持つ手に重い衝撃が走った。

「……何よコウキ……今更……私のこと守るの?」

 背後からステラの声が聞こえてくる。コウキが肩越しに振り返ると、ステラが膝をついた姿勢でこちらにうつろな目を向けていた。胸を撃たれたらしく、そこが真っ赤に染まっていた。

 ステラはそっと自分の胸元撫でる。そして掌にべっとりとついた自分の血を見て、ふっと鼻を鳴らした。

「……あぁ、これもう……ダメな……やつじゃん」

「……ステラさん」

「……でも……弾は……貫通してない。良かった……コウキに……当たらなくて」

 ステラが咳き込むように吐血する。そして力無く微笑みながらコウキを見上げた。

「……ほら、私を置いて……いきなよ。ママに……よろしくね」

 コウキは歯を食いしばり、目を閉じた。コウキの中に様々な感情が流れ込んできていた。

「……ごめん、ステラさん」

 ケイリーが銃を撃ち尽くし、撃鉄の音が響く。それと同時にコウキは後方へ駆け出した。

「……うん」

 ステラは仰向けに倒れた。息をするたびに吐血し、それが雨のように顔に降りかかった。

「これで、もうこいつの我儘に振り回されることは無くなったな」

 ケイリーが銃のマガジンを交換しながらステラに歩み寄る。そして背後で呆然と立ち尽くしている警備兵たちに顔を向けた。

「いいか、お前達。ジェリオ博士にはこう報告するんだ。ステラは侵入者の凶弾に倒れた。そしてその侵入者は――今から我々が排除するあの少年だ」

 警備兵たちは無言だった。全員戸惑った様子で視線をさまよわせている。

 ケイリーはステラの頭を撃ち抜いた。響き渡る銃声に、警備兵たちは一様に肩を震わせた。

「いいな?」

「はっ、はい!」

 ケイリーの合図と共に、警備兵たちは一斉に走り出した。ケイリーはステラの死体を一瞥し、鼻を鳴らして警備兵たちの後を追った。



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