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ダッチは周辺から適当に枝を集め、地面に並べて置いた。そしてその中央に掌をかざすと、ものの数秒もしない内に赤い火が立ち昇った。
ダッチの傍らにジュンが集まる。ジュンは全部で六人いた。ジュン達はダッチと軽く会話を交わした後、それぞれバラバラに森の中へと消えていった。
「それじゃあ水浴びしてくるわ。男共、覗くなよ」
エマを脇に抱えたステラが言った。不満そうな顔でされるがままになっているエマに、コウキが苦笑を向けていると、ステラと目が合った。思わせぶりな顔でウインクを飛ばしてくる。
「何? コウキも一緒に来たい?」
「えっ、いや、いいよ」
コウキは慌てて首を振った。ステラはケラケラと笑いながら川の方へと歩いていった。入れ替わる様にして川の水を汲み終えたマイクがこちらに歩いてくる。
マイクはリュックから缶詰の空き缶を複数取り出し、それを焚火の周りに並べていく。そしてペットボトルに組んだ川の水を空き缶に注いでいった。コウキがその様子を興味深そうに眺めていると、マイクが微笑を浮かべながら口を開いた。
「水は煮沸消毒。これはサバイバルの基本だ」
川の水を注ぎ終えたマイクは、ペットボトルを仕舞いながら言葉を続ける。
「外の水は絶対にそのまま飲んではいけない。どんなものが含まれてるか分からないからな。水が濁っている場合はろ過を行う。ろ過装置はペットボトルと炭があれば簡単に作れるから覚えておくと良い。ろ過装置が作れない場合は、川の近くの地面を掘る。すると土によってろ過された泥水がしみ出てくる。時間を置けば泥は沈むから、それで透明な水が手に入るぞ」
コウキが感心したように頷いていると、マイクが立ち上がり森の奥に顔を向けた。
「沸騰までまだまだかかりそうだな。俺も枝を集めてくるよ。ついでに食べられそうな木の実なんかがあれば集めてこよう。皆、缶詰も食い飽きただろうからな」
「肉が食いてえよ。鹿か猪がいたら捕まえてきてくれ」
マイクの背中にダッチが声を掛ける。マイクは肩をすくめながら首を横に振る。
「それは諦めろ。さすがに解体する時間はない」
そう言ってマイクは森の奥へ消えていった。ダッチは大きく舌打ちしながら大きく背伸びをする。
「俺もちょっと小便行ってくるわ。ガキ、火を見ていてくれ」
ダッチが立ち上がりながら言った。コウキは頷き、ダッチの背中を見送った。
気付くとその場にはコウキとルアンの二人だけになっていた。ルアンは木にもたれかかり、足を投げ出して座っている。
コウキは焚火に小さな枝を放りながらルアンの顔をチラリと見る。眠っているのか、瞑想しているのか、目を閉じたままピクリとも動かない。
焚火の乾いた音と共に、背後からステラのはしゃぐ声が微かに聞こえてくる。それが余計にこの場の沈黙を際立たせていた。
「……あの、ルアンさんって趣味とかは?」
沈黙に耐えかねて、コウキは適当な話題を振る。ルアンの目がうっすらと開かれ、コウキに向けられた。
「……人を詮索するのが趣味なのか?」
「あっ、いえそういうつもりじゃ――」
慌てた様子のコウキを見て、ルアンが鼻を鳴らす。
「別に怒ってはいない。探られるのが嫌いなだけだ」
どうして、と言いかけた言葉をコウキは飲み込む。だがその質問を察したのか、ルアンは小さく息を吐きながら言葉を続ける。
「俺は前科者だ。刑務所で一年ほど過ごしたことがある。だからその時のことをほじくり返されるのが嫌なんだ」
ルアンの言葉に、コウキは表情を強張らせる。その反応に、ルアンはすっと目を細めた。
「そう怖い顔をするな。ただのケチなスリだよ。それにもう足は洗った。だが更生しようと思っても過去ってのは一生ついて回るもんなんだな。誰も俺を信用してくれないし、まともな仕事にもつけやしない」
「……どうして僕には教えてくれたんですか?」
「別にお前だけじゃない。皆、知ってるよ。第三研究所の端末に、俺達の個人情報が残ってたからな」
ルアンが口元に苦笑に近い笑みを浮かべる。コウキが初めて見るルアンの笑った顔だった。
「皆、良い奴らだよ。俺の過去を知っても尚、俺を信用してくれてる。俺を頼りにしてくれてる。まぁ、世界がこんなんじゃ、犯罪者も何もあったもんじゃないだろうがな」
ルアンはそこまで言って、ふと川の方に顔を向けた。
「……いや、アイツは違うな。目を見れば分かる。あの女は俺どころか――誰も信用していない。アイツだけは正直、何を考えているのか分からんよ」
そう言って、ルアンは大きくため息を吐きながら目を閉じた。アイツとはステラの事を指しているのは明白だった。詳しい理由を聞いてみたいと思ったが、ルアンの雰囲気からこれ以上深掘りする事も出来ず、コウキは気まずそうに視線をさまよわせた。
「おーい」
その時、どこからともなく声が聞こえてきた。コウキは眉をひそめて顔を上げる。
「おーい」
再び声が聞こえてくる。初めは風の音かと思ったが、耳を澄ませると、それは確かに人の声だった。ルアンにも聞こえたようで、目を開き、耳に手を当てている。
「……この声は――ジュンか?」
そう言ってルアンは立ち上がった。声のした方向に顔を向けている。
「何か手伝ってほしいのかもな。様子を見てくるよ」
ルアンの背中が遠ざかっていく。その間にも、こちらを呼ぶ声が幾度か聞こえてきた。それは抑揚のない、まるで機械音声のような呼びかけだった。
やがてルアンの姿は森の奥へと消えた。しばらくして呼びかけも聞こえなくなった。
「……合流できたのかな?」
コウキがそっと呟く。森は静かだった。
コウキの中に言いようのない不安が込み上げる。ここ数日、ずっと誰かと一緒に行動していたため、一人でいる今の状況が怖くて仕方がなかったのだ。可能ならば所在の分かっているステラの元に今すぐ合流したい気分だった。
その時、こちらに向かって走ってくる何かの気配を感じた。荒々しく枝葉を踏む音が徐々に近づいてくる。コウキは立ち上がり、すぐに取り出せるようアミィに手をかける。
森の奥から姿を現したのはマイクとジュンだった。見知った顔にコウキはほっと胸をなでおろす。しかし彼らが険しい表情を浮かべていることに気付き、コウキの顔に再び緊張が走る。
「ジュンが一人殺された」




