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夏休み前の序章

 最近よく言われる異常気象のせいか、今年も早々と暑くなってきた。もっとも窓が開けられる家ならともかく、ビルの中にあって風通しの悪い喫茶藍では、早々とクーラーの運転を開始した。まあ、火を使う厨房は大分前から使ってたけどね。


 それはともかくとして、そうこうしている間に、その暑さが本格的な夏の暑さに近づいてきた。学校でも家でも衣替えの季節。


 なので6月最初の土曜日、僕たち店員には夏用の制服が店長から支給された。と言っても、僕の場合基本的に厨房勤務だから、半袖になったくらいで外見的にも大して変わり映えしない。


 一方、メイドの先輩たちはと言えば。


「どうかな?」


「とてもお似合いですよ、正美先輩」


 そう言うと、気を良くしたのか正美先輩がクルッと回転する。スカートがフワッと広がって、めちゃくちゃ可愛い。


 その先輩が着ているメイド服も夏仕様。下地の色は冬服と同じだけど、半袖かつ薄手の生地になっていて、見るからに涼しそう。エプロンも腰から下の前掛けだけの、シンプルなものになっている。


「ふふ、ありがとう」


「あら~、似合ってるのは正美だけ?」


「もちろん、司先輩もよくお似合いですよ」


 はいはい、わかってますって。ちゃんとこちらもフォローしないとね。まあ、お世辞でなく本当に司先輩も似合ってる。とにかく、2人とも僕の基準から言えば充分美人なんだから、夏仕様のメイド服も似合わない筈がない。


 冬服が2人に清楚と格式ある雰囲気を纏わせていたとすれば、夏服は清涼感と軽快な雰囲気を纏わせている。


「素直でよろしい」


 司先輩も満更でなさそう。


「はいはいあなたたち、ファッションショーは手短にね。すぐに開店時間なんだから」


 店長の言葉に、僕たちはそれぞれの持ち場に就く。僕も厨房に入った。と、そこで壁に掛けられていたカレンダーに目が行った。


「この店で働き出してもう2カ月か・・・」


 たった2カ月だけど、色々あったな。


「こらこら、感傷に浸ってないで、手動かしなさい!」


「了解です店長」


 こうして今日の仕事もスタート。仕事が始まると、こっちは大忙し。食器を出したり、野菜や肉を切ったり、戻ってきた皿を食洗器に入れたりと、やることは多い。その間に少し暇になる時間を狙って、水分補給やトイレに行ったりするけど、基本それ以外常に動いていると言っていい。


 客室に僕は出ることは少ないからよくわからないけど、店長や先輩たちが言うにはお店の人気は上々で、客数も売り上げも上がっているらしい。おかげでこっちは後片付けとかで残業が少し増えたけど、気前よく残業代を出してくれるから、文句はない。


 そんな感じで忙しく動き回ること丸1日、無事に閉店時刻を迎えることができた。この日は比較的早い内にお客さんが帰ってくれたから、残業はせずに済みそう。


 厨房の片付けも終わった頃、そんな風に考えてたら。


「よし、今日は居残りのお客さんもいないね。ちょうどいいや、3人にも伝えたいことがあるから、ちょっと残ってね。ああ、残業代は出すから心配しないで」


 と店長は言ったけど、正美先輩も司先輩も、そして多分僕も不満を含んだ顔をしていたと思う。そりゃ今日は確実に定時上がりできそうだったから。


「はいはい、そんな顔しない。ほら、座った座った」


 渋々僕たちは、厨房奥の休憩スペースに腰かけた。店長が冷蔵庫から冷えたジュースを取り出し、僕たちの前にお菓子と共に出してくれる。


「で、伝えたいことってなんですか?」


 ジュースを飲み、お菓子を口にしながら、司先輩が店長に質問した。


「うん・・・3人とも、夏休みどこか旅行行く予定とかあるか?」


「・・・いいえ」


「まだ決まってません」


「いつも通りなら、8月の下旬辺りに家族で2~3日出掛けますけど」


 正美先輩、司先輩、僕の順番に答える。


 しかし、予定を聞くってことは・・・


「それはお店のシフトに関係することですか?」


 ちなみに喫茶藍のシフトは、だいたい3週間前に希望が締め切られて2週間前に出される。僕たちの予定を聞くってことはそっち関係だと思うけど、それにしても随分早いな。


「いや、それもあるんだけど、今日の話はそっちじゃないの」


 僕がそう聞くと、店長は別のことだと言う。はて?お店のシフト関係じゃなきゃ一体何なんだろう?


「実は装置の新たな実験をしようと思ってね」


「「「え!?」」」


 僕たちは揃って声を上げた。と言っても、僕と先輩たちではニュアンスが違っていたが。僕は単に驚きだったが、先輩たちは何か不安含みな声だった。まあ、当然と言えば当然か。自業自得とは言え、今まさに自分たちの体で実験やらされてるもんね。


「ええと、何を私たちにさせるつもりですか?」


「それはもう、二度と男に戻りたくなくなるくらいの、強力な洗脳を・・・」


「「キャアアア!」」


 抱き合った2人がドン引きしている。う~ん、本人たちには悲劇なんだろうけど、メイド美少女が泣きそうな顔で抱き合ってる・・・これはこれで可愛い。


「アハハハ!ごめんごめん!さすがに今はそんなことしないって」


 笑いながら答える店長だけど。つまり、いずれやるつもりなんだろうか?


「いずれやるにしても、別の実験台でやるから安心しなさい」


 だからあの、僕の心を読むのやめてください。


「真面目な話なんだけど、あなたたちの協力もあって、性転換装置に関する様々な実験データが得られているわ。とは言え、今まで得たデータだけじゃまだまだ不足なの。特に、2人の場合はまだ最長でも3日間しか女の体でなかったじゃない」


 そりゃまあ、先輩たちは基本勤務時間以外は男に戻るからな。普段は長くても半日だし。


「でもできれば、もっと長い時間女の体でいて欲しいのよ」


「もっと長い時間てどれくらいですか?」


「短くても1週間、できれば1カ月ね」


「「ハアアア!?」」


 2人が声をあげる。今度は困るとかそう言う類の声だね。


「無理ですよ!」


「1カ月も女でいるなんて!」


 そりゃそうだよね。生活が成り立たないって。


「だよね~・・・でも1週間ならどうかしら?」


 すると、一気に要求を引き下げられたからか。


「1週間ですか・・・」


「でも家族に何て言うか・・・」


 多少は考える余地があるみたい。考え込んでる。


「もちろん、タダでとは言わないな。その間の時給は倍にアップしてあげるし、もちろん衣食住は保証するわよ」


 おお~、破格の条件だな。


 でも、待てよ。何か裏がありそうなんだよな・・・根拠はないんだけど、直感がそう告げている。


「あの店長、いいですか?」


「な~に?」


 何でそんな猫撫で声?


「その1週間の間、先輩たちは何するんですか?」


「・・・」


「・・・」


「「・・・」」


 はい、不気味な沈黙が場を支配しています。と言うかこれ、何かあるって言ってるようなもんだろ!


「・・・とりあえず言っておくけど。いかがわしいことではないわよ」


 いかがわしいことって何だよ!?


「私たちに何かはやらせるってことですね!」


「店員は店長に断固反対である!」


 2人が非難の声を上げる。


「ちょっと!話を聞く前から反対しないでよ!とりあえず、説明させて」


 と、店長が悪巧みもとい夏休みに計画している実験の話をする。その実験とは、さっきも言った長時間女性として過ごすことによる影響を図るのが目的の一つ。そしてまだ言ってない目的が。


「屋外での肉体の影響?」


「そうよ。普段あなたたち、店内で過ごしているでしょ。だから屋外、それも季節的に一番暑い時期の肉体への影響を調べたいの」


「ええ~。何でわざわざそんな時期に?」


「正美の言う通りですよ。冬でもいいじゃないですか!」


 先輩たちが明らかに嫌そうな顔をして、ぶつくさ文句を言い始める。まあ、真夏の炎天下なんて嫌だわな。


「バカね。夏だからこそ得られるデータって言うものがあるのよ」


 それも確かに一理ある意見だわな。確か店長、毎日先輩たちの体調とか聞き取りしてたし。実験をする側からすれば、色んなデータを求めて当然だよ。


・・・あれ?でも、それだとちょっと妙だな。


「店長、それに僕はどのように関わるんですか?」


 さっき店長は僕の予定も聞いてきた。てことは、僕も関わること確定だ。けど、一体どのように関われと言うんだろう?


「まさか、また2人を僕の家に泊めろとか?」


 悪い話じゃないけど、面倒くさい話でもあるな。そして先輩方、何故に満更でもなさそうな顔をしてらっしゃる?


「違うわよ。実はね、多知半島の美羽津の海水浴場に、うちの研究班のメンバーが夏の間アルバイトに行ってた海の家があるのよ。その海の家が、今年はお店の主人が体調崩して休業なのよ。そこで、私たちがそこを借り切って、海の家として経営しようってわけ」


「え!?それもう決まりなんですか?」


「まだよ。でも考えても見てよ。海の家なら喫茶店のスキルが使えるし、もちろん売り上げが出ればその分回収できる。おまけに地元から離れてるから、ずっと女でいても問題ないし」


 僕が聞くと、店長が自信ありげに答える。


「ええ~。結局私たちこき使われるだけじゃないですか!」


「それも炎天下で仕事だなんて!」


「確かにな~」


 海の家ってことは冷房ないだろうな。そんな中で汗だくで仕事するなら、冷房のある喫茶店の方がいいよ。


 何にしろ、僕たち3人には気の進まないことだった。


 すると。


「正美ちゃん、司ちゃん。ちょっとこっち来て」


 店長が、何故か先輩たちだけを手招きした。そして僕の見えない位置まで移動してヒソヒソと何かを話している。


 そして1分後、何故か顔を赤らめた先輩たちが椅子に座ると。


「忠一君~」


 今度は僕を店長が手招きした。素敵な笑顔で。




 







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