信じたいのです
前の私はありきたりな人生だった。
小中学校はカーストの真ん中にいた。
高校はちょっとバカやってた。
大学も遊びながら単位だけ取って。
結局大学の勉強とは関係のない会社に就職して。
お金を稼いで、本やゲームの趣味のモノを大人買いして休日を満喫する。
30も過ぎるころには結婚に焦りながらもどこかで「まあ、いっか」なんて考えていたら、そろそろお局と呼ばれそうになってきていた。
最後はアラフォーで幕を閉じるという、幕を引くには早い人生だった。
楽しい思い出がある。嬉しい思い出もある。悲しい思い出も。辛い思い出も。沢山ある。
それなりに色々あったけれど、決して悪い人生ではなかった。
幸せだったと言える人生だった。
でも、何かあったかと言われたら、「それなりに色々と」と答えるしかない。
何か残せたかと言われたら、「特に何も」と答えるしかない。
そんな、ありきたりな人生だった。
そんな私が転生して、チートを持つことによってハイテンションで愚かな真似をしてしまったけれど、結局私は私でしかない。
普通の人間がいきなり使い方も威力も何も分からないチートを持ってしまった。
それはナイフの存在さえ知らない子どもにただ握らせているだけにすぎない。
いったいそれが何であるのかの説明もなしに、ただ渡されただけ。
それを使って何が出来るのか。どうなるのか。どうしたら、人を傷つけるのか。
分かりもせず、制約もなしに、ただ持ってしまった。
しかし、使い方が分からないからといって使い方を知らないままでいて良い訳はない。
だからこそ、私は疑っている。
何よりも誰よりも、私は私を疑っている。
私のチートを。
私の能力を。
私の実力を。
私の存在を。
私自身を。
私は、私を疑う。
そして、私は信じている。
家族を、仲間を、友人を、他人を、見知らぬ誰かを、信じている。
疑われても。
裏切られても。
恨まれても。
憎まれても。
信じたいのだ。
私に傷つけられて諦めた人がいる。
私はまた希望を持ってくれると信じている。
私に負けて逃げた人がいる。
私はまた戻ってきてくれると信じている。
私は貴方も信じているんだよ、水無瀬さん。
貴方は、這い上がれる人だと。自分で立ち上がれる人だと。私は信じたい。
「友達になってくれませんか」の言葉にそれはそれは嫌そうにしている水無瀬さん。
ふっ。分かっていたさ。嫌ですよね。そうですよね。
嫌いな人と友達なるなんてさ。どこのマゾだって話だよ。
「やっぱり嫌?」
「当たり前でしょう」
ですよねー。
「私は、謝らないから」
「いいよ。言ったじゃん、私のは自己満足だって」
「-っ、そういうところが嫌いなのよ!」
「えぇー」
そんなに嫌わないでよー。
「友達がダメなら「見知らぬクラスメイト」から「顔見知りのクラスメイト」ぐらいに格上げしない?」
「それ、なにが違うのよ」
「親密度」
「変わらなくない!?」
「そうかな?じゃあ「いつか倒す人」ってのはどう?」
「そんなの当たり前でしょ!?倒すわよ!」
「そっかぁ当たり前かぁ」
にまにましちゃう。
信じてもいいんだって、思ってしまう。
「なんなのよ、今度は笑ったりして」
「んふふー。嬉しくて」
「意味わからない」
「んふふー」
「きもちわるい」
「ひどーい」
「…ごめん」
あれ?
「今、」
「何も言ってない!」
これが俗に言うツンデレなのか!?デレたのか!!?ちょ、もう一回!
「水無瀬さん!いや、詞子ちゃん!!やっぱお友達になろうよ!」
ワンモアツンデレ。
「嫌よ!」
「いいじゃーん」
「嫌といったら嫌!」
「いいじゃーん」
「きもちわるい!」
「ひどーい」
「それくらいにしておきなさい」
呆れたような声に振り向けば明瀬総長ではないですか。
「終了ですか?」
「ええ、志願者は解散させたわ」
「じゃあ、水無瀬さんも解散ですね。詞子ちゃん、明日も足が痛むようなら病院行きなよ」
「…わかった」
あら素直。これはデレたのか?
デレたのかどうなのか判別する前に私からそっぽを向てしまった詞子ちゃん。
足を庇いながらもゆっくりと立ち上がると明瀬総長を真っ直ぐに見据えた。
ギュッと握りしめているその手は、少し、震えていた。
「発言を、よろしいでしょうか」
「手短になさい」
「ありがとうございます」
そう言って、ゆっくりと深呼吸をすると、詞子ちゃんは深々と頭を下げた。
「この度は申し訳ありませんでした」
「それは何に対しての謝罪かしら」
「総長の話を聞かず、試験の意味を理解せずに自分勝手な行動をし、チームを危険に晒したことです。さらには身勝手な嫉妬で皆様に不快な想いをさせてしまいました。本当に、申し訳ありません」
「30点」
「え?」
「その謝罪では30点と言ったの」
「…すみません」
「後の70点は自分で見つけなさい」
「はい」
しょんぼりと肩を沈めて一度上げた顔をまた下げてしまった詞子ちゃん。
ここでフォローとかしたらいけないよね。見守ることも大切です。
「斎条さんから説明は聞いたわね?」
「はい」
「じゃあ、合否が出るまでに決めておきなさい」
「あの、そのことですが」
「何かしら?」
沈めていた肩にぐっと力を入れ、詞子ちゃんはもう一度顔を上げた。
「私がお願いをする立場ではないことは理解しています。合否を待つべきだと分かってる上でお願いがあります」
「言ってみなさい」
「合否に関わらず、私を風組みに入れてください。見習いでもなく、ただの風組みの新人として」
「それは、風紀に志願せずただ風組みの名簿に名を連ねただけの人と同等の扱いでいいということかしら」
「はい、そうです」
「まとめる人間の下につかなければ風紀に入るのは難しいわよ。それに、入ってくる情報だって少ない」
「それでも、私は一からやりなおしたいのです。わがままを言っていることは承知しています。ですが、どうかお願いいたします」
「…考えておきましょう。それについても合否と共に伝えます。それまでに貴方ももう一度よく考えておきなさい」
「ありがとうございます」
最後まで深々と頭を下げて詞子ちゃんはお礼を言った。
「では、水無瀬さんはもう帰りなさい。無理はしない様に。斎条さんは片付けの手伝いに入って」
「はい」
「畏まりました」
背を向けて歩き出した明瀬総長はテントから出る前にピタリと足を止めた。
何か言い忘れたことでもあったのかな。
「受験番号3058番。水無瀬詞子さん」
「………は、はいっ!」
「頑張りなさい」
「はいっ」
振り向かずにそれだけ言って今度こそ去っていく明瀬総長。
え、なに詞子ちゃん、その嬉しそうな顔。どうしてそうなった?
私が理解できるのは明瀬総長が全部良いとこ持っていったということだけだ。
解せぬ。




