15.婚約破棄と妖精さん達のいたずら
シルバー公爵家全員が王宮に重大要件があるとして呼び出された時、私には予感があった。
いつもは妖精さん達に守ってもらってるお母さまの形見のブローチをつけて私はその場に臨んだ。
「マーガレット・シルバー公爵令嬢。」
初めて出会った日と同じようにキース殿下は私の名前を呼んだ。
「僕は君との婚約を破棄するよ。」
私を含めてその場に居たほとんどの人たちはその言葉を予想、あるいは知っていたのだろう。
息をのんだのは義母とシンシアだけだった。
妖精さん達は暴走しないかしら?
私は心配したけれど、なんと妖精さん達は大喜びしていた。
『わーいマーガレット良かったねー』
『くそ王子から解放されるよー』
『王宮ごと祝福のシャンパンで浸してやろう辛口派か?甘口派か?』
「キース殿下。承知しました。」
妖精さん達が喜んでいることに安心した私は、思わず微笑みながら答えた。
そんな私にキース殿下は目を見開いて驚いていた。
「恐れながら、国王陛下とシルバー公爵の了解は得られている、という理解でよろしいでしょうか?」
私の問いに答えたのは、キース殿下でもお父様でもなく、王妃様だった。
「マーガレット。貴女は王妃教育もとても真面目に頑張ってくれたのに本当にごめんなさい。」
「母上。マーガレットに謝る必要などありません。
彼女は、シンシアを、この国の聖女にあろうことか危害を加えていたのですよ。」
キース殿下の発言にはさすがに場がどよめいた。
シンシアが聖女?どういうこと?
「シンシアおいで。」
キース殿下は、優しくシンシアを呼んだ。
シンシアはさすがにとても驚いていたけれど、嬉しそうにキース殿下の隣に並んだ。
「僕は、第一王子の名において宣言する。
シンシア・シルバー公爵令嬢こそが聖女であると!
そして彼女を新たな婚約者とすることを!」
いやいや、聖女の儀式は?
聖女かどうかはあの玉・・・国宝の聖なる水晶で判定するのよね?
キース殿下、突然どうしちゃったのかしら?
「キース。黙りなさい。」
さすがにこの国の歴史とか伝統すべて無視して第一王子の名の元にシンシアを聖女に任命しちゃったことは想定外だったのか、いつもは冷静な国王陛下も慌ててキース殿下の暴走を止めた。
「もちろん来年の聖女の儀式までシンシア公爵令嬢が聖女であるかは誰にも判定できないが、その可能性が非常に高いとは思っている。」
「キースが13歳の時、お茶会で毒を盛られたことがあったでしょう?」
王妃様は私の目を見て話し始めた。
「「第一王子の起こした奇跡」などと言われていたけれど、聖なる光に包まれて起きたその奇跡は歴代の聖女さまが起こした奇跡とまったく同じだったの。
そしてそのお茶会にいた聖女の儀式を受けていない女性は、マーガレットと、シンシアだけだったわ。
聖女様がお亡くなりになって100年以上が経ち、いつ聖女さまが誕生してもおかしくない今、どちらかが聖女であることはきっと間違いがないの。」
そう言って王妃様は申し訳なさそうに顔を伏せた。
私にも大体の流れが読めた。
シンシアはもう15歳だ。王妃教育をするには今の時点でも十分遅い。
私が聖女でないことが確定した今、聖女である可能性が非常に高いシンシアに少しでも早く王妃教育をすることは国として当然の措置だろう。
その為に私と婚約破棄をして、シンシアと新たに婚約を結ぶ、それもきっと正しい。
ただし、シンシアは聖女ではない。
どうしよう。こんなことになるなんて。
いくらなんでもこれでは来年の聖女の儀式の時のシンシアが可哀想だわ。
「キース殿下。恐れながら1つだけお願いがございます。
もしもシンシアが聖女でなかったとしても、どうか二度目の婚約破棄だけはなさらぬようにお願い申し上げます。」
「マーガレット。君には失望したよ。
そんなことを言っても僕の気持ちは変わらないよ。
シンシアは聖女だ。間違いない。君に虐げられてもひたむきに生きてきた彼女ほど聖女に相応しい人間などこの世にいない。
だけど僕は、聖女かどうかなど関係なく、シンシアと共に生きていきたいと思っている。」
「キース様ぁ。私、嬉しいです。
今までお姉様に意地悪されても一生懸命生きてきて良かった。」
「シンシア。なんていじらしいんだ。」
シンシアはうるうるとした目でキース殿下を見つめた。
・・・聖女でなくても、シンシアが婚約破棄されることはないなら、もう、私には関係ないわよね。
今にもキスでもしてしまいそうなキース殿下とシンシアの暴走にさすがに周りも若干引きはじめていた。
「では、正式書類への署名を。」
国王陛下の言葉で、場の空気が元に戻った。
まずはキース殿下と私がそれぞれ婚約取消の書類にサインをし、次にキース殿下とシンシアが婚約契約の書類にサインをした。
「きゃーっ。」
国王陛下が2つの書類を正式に受理した瞬間に、叫び声が聞こえた。
驚いて周りを見渡すと、キース殿下、義母、シンシアの周りにだけ蜂が大量に発生していた。
これってもしかして、慌てて妖精さん達を見ると、
『『『えいっ。もっといけー』』』
とノリノリで蜂をけしかけていた。
『くっきー、しょこら、みんと。これってもしかしなくても、あなた達の仕業ね。』
『玉光らせるのをがまんした代わりー』
『マーガレットいたずらして良いって約束したー』
『蜂を追加してやろう』
護衛の方がなんとか蜂を追い払おうとしているけど、蜂たちはまったく減らないどころか、キース殿下、義母、シンシア以外を攻撃することはなかった。
「おいっ。なんとかしろっ。」
「嫌ーっ。痛いー。」
「痛い。止めて。助けてー。」
普段は穏やかなキース殿下の怒鳴り声と、シンシアと義母の悲鳴で大騒ぎになっていた。
『ねぇ、お義母さまだけ、背中だけを狙われてるわよね?』
『今までマーガレットを物差しで叩いた痛みだよー』
『王子はマーガレットが消してあげた毒の苦しみを戻してるー』
『シンシアは今までマーガレットから奪った物の数だけ刺させてる』
『・・・念のためだけど、死なないわよね?』
『僕たち人間は殺せないのー』
『王宮医でも治せちゃうよー』
『無念だ』
私が妖精さん達と会話をしていて上の空の間に周りでこんなことが囁かれていたことには全く気づいていなかった。
「マーガレット様は本当に聖女ではないのだろうか。」
「どう見ても婚約破棄に天が怒っているとしか見えないが。」
「キース殿下はとんでもない間違いを犯されたのでは。」
その後、それぞれへの痛みを与え終わった蜂たちは自然に消えて、駆けつけた王宮医によってキース殿下、義母、シンシアの傷は癒された。




