97話 千花
僕の人生には選択肢が付きまとっていた。意味もなく、ただそれが見えていたのだ。
『――角を曲がったところに10,000円が落ちてるから拾って届ける』
『――角を曲がったところに10,000円が落ちてるから拾って届ける』
どっちも、拾う選択肢じゃん。どうせこれで僕は誰かに褒められるのだろう。家族にも友達にもなーんて……ずっと悩んでたけど。案外変化とはすぐにやってくるものだった。
魁人さん、彼は不思議な人だ。選択肢が通じないし、意味をなしていない。僕は長いこと選択肢と同じ生活をしていたから、選択肢を『世界の法』だと思っていた。
絶対的な正解を導くことが出来る、世界の法。それが嫌だったが魁人さんは世界の法からは外れているような人間だった。
だから、ちょっと気になる。しかも、一緒に居てストレスを感じない。
『――眼のまえの人に、話しかける』
『――電話をして、話しかける』
「千花ちゃん、おはよう」
僕から話しかけると選択肢には出ていたはずなのに、陽気に笑いながら彼は話しかけてくれる。時折、家のベランダからこっそり隣の家を見ていると……彼はよく姉妹と接しているのが見える。
「魁人……トマト植えるの?」
「あぁ、育てたらカレーにしよう」
「おおー! 我今日もカレー食べたい!」
千秋ちゃんがニコニコしながら魁人さんと話している。頭を撫でて貰ったり、一緒にボールで遊んでもらったり、洗濯物を干したりするのを僕はずっと見ていた。
羨ましいと心の中で思っている自分が居て驚いた。それに千秋ちゃんが可愛いとも思ったのも本心だ。彼女だけじゃない、千夏ちゃんや千冬ちゃん、千春ちゃんも凄く可愛いと思ったのも事実だ。
あの家が羨ましいなと思った。
「魁人さん……Lineの返事遅いな……」
最近ハマっているマイブームはなんですか? と僕は魁人さんに聞いたのだが、返事がなかなか来ない。返事が来ないとこんなにモヤモヤするものなんだ……
――ピコン!
あ、鳴ったッ! Lineを確認したら、公式からの謎のスタンプ販売の連絡だった。なんだよ! 魁人さんかと思った!
と思ったら丁度魁人さんから返ってきた。マイブームは……漬物なんだ……へぇ。家庭的。僕、今のところはこの人のいい所しか見てないけど、悪い所も知っておいた方が良いよね。今後の為に……
「一度はやってみたい、悪い事とかありますか? ……と」
――ピコン!
「あ、返ってきた」
魁人さんの返信に即レスで質問をしたからだろうか。魁人さんも直ぐに回答をしてくれた。
――新車を買ってすぐに、その中で思いっきりボロボロ粉を落としながらきな粉餅を食べてみたい
「……独特な人……でも、返答が予想外で面白い……ふふふ」
それからも僕は連絡を取り合って、同時に隣の家から魁人さんの家を見続けた。本当に楽しそうな一家だなと思った。魁人さんは良い人そうだし。でも、千春ちゃん達も可愛いし、トリッキーだから一緒に暮らせたら楽しそうだな……。
『――魁人さんと仲良くなる。魁人√』
『――千春ちゃん達と仲良くなる、千春達、友情√』
選択肢が出た。でも……この選択肢はどちらも中途半端だと思ってしまった。
「両方、いいよね。友達も恋愛も全部やってみたい……」
僕は次の日、学校に行って千秋ちゃん達に挨拶をした。千秋ちゃんに挨拶をすると、彼女の上に選択肢が表示された。厨二的な挨拶をすると選択して彼女と接する。
体育の時間、千春と話した。
「千春の妹は全員可愛いね」
「でしょ」
「うん……でも、千春も可愛い」
「どうも」
「千春達は魁人さんの娘みたいな感じなんだよね?」
その時、僕はハッとした。それは僕が描いた、僕だけの理想の未来。誰に言われたわけでも、選択肢に示されたわけでもない。
本当に唐突に思ったのだ。僕の幸せ……
――僕が魁人さんと結婚して、千春ちゃん達を娘にすれば全部解決じゃん。




