59話 平穏
夏休み。それは思い出を沢山作る期間。
うち達は沢山の思い出を作った。キッザニアに行って職業体験をしたり、プールに行ったり、駅前のデパートで買い物をしたり。
写真を撮ったり、釣りをしたり、宿題をしたり、夏休みをエンジョイした。
夏休みとはあっという間に終わるもので気付けば明日から学校で二学期が始まるのである。
「もう、夏も終わりだし……最後に流しそうめんと花火でもやるか……」
クーラーで冷えた部屋でテレビを見ているとお兄さんが思いついたように呟いた。
「おお! やりたい! 食べたい!」
千秋が目をキラキラさせてお兄さんの提案を支持する。千夏も千冬も折角ならと肯定の表情。
「よし、ならちょっと出かけてくる!」
そうと決まればとお兄さんは太ももをパチンと叩いて家を一旦、出て行った。数分後、お兄さんは戻ってきた。
一体どこに? と、うち達全員が首をかしげているとお兄さんはあれやこれやと説明を始めた。
「今は、もう四時だから……先に花火をやって、その後、流しそうめんで良いか?」
「うちはそれでいいと思います……皆もそれでいい?」
「「「……うん」」」
「よし」
「カイト、どこ行ってたんだ?」
「あー、近所さんにちょっと話通してきた。五時くらいに花火やりますから、騒音とかあったらすいませんって……本当なら暗くなってからやるのが綺麗なんだけどな。まぁ、そこら辺は仕方ないってことで……。と言うわけで花火買いに行くか……なんだ? この空気……」
お兄さんはどうしたとうち達を見る。
「俺、なんかやっちまったか?」
お兄さんはどうしてこういう空気になっているのか分かっていない。そう言う所に気が回るお兄さんにうち達は凄いと思っているのだ。千秋はほぇー、凄いっと口を開いている。千夏は目をぱちぱちと瞬きして凄いと素直に感心。
「魁人さん、やっぱり素敵でスっ……」
千冬は凄い小声でうちでなければ聞き逃すくらいの小声で呟いた。まぁ、確かに千冬の気持ちを否定するつもりはないけれども。素直に肯定できないのがモドカシイ。
そうこう色々な考えをしているうちに、うち達は車に乗って近くのスーパーマーケットに到着をした。
「あ、そう言えば五年生は二学期は林間学校あるだっけ……?」
「そうだ! カレー作ったりするらしい!」
「へぇー、あ、買う花火はこれでいいか?」
「うん!」
お兄さんとうち達は花火をカゴの中に入れて店内を放浪する。花火を買いに来たがだからと言ってそれだけ買うのはとお兄さんは思っているのだ。
「カイト! こっち!」
他に見るべきものがあるかもしれないと思っているお兄さんの手を引いて行く千秋。千秋が先頭になりそれにうち達がついて行くような形になる。千秋が行きそうなところは大体わかる。
お菓子売り場だよね。
「カイト、これ……欲しいっ」
「そうか……勿論いいぞ」
千秋は目をキラキラさせて上目づかいでお願いをする。狙ってやっているのか、偶然なのか。どちらにしろ、お兄さんとうちには効果は抜群だ。願いを聞いてあげたいと思う。最早、意思決定を千秋に奪われていると言ってもいい。
「千冬と千夏と千春も何か欲しいのがあれば言ってくれ」
「私は……これをお願いします」
「千冬は……これで」
「……じゃあ、うちはこれで」
千夏と千冬とうちはカゴにお菓子を入れる。お兄さんは問題ないときりっとした顔を浮かべている。
「ねぇ、冬」
「何スか?」
「あれ、秋ってちょっとあざとい?」
「千冬は前から知ってたっス」
「やっぱり狙ってやってるの? あれ」
「多分……。秋姉はそうだと思うっス」
千夏と千冬は千秋がちょっとあざといのではないかとこそこそと話している。可愛いは正義だからうちはどちらでも問題ない。
「あ、カイト。巨乳ジュースも欲しい!」
「……千秋、これ巨峰って読むんだ……巨乳だと意味違うぞ」
「ッ……ううぅ」
あ、これは素で間違えてるね。可愛いは正義だからどっちでも良いんだけどね。千秋は本当に可愛いなー。
こんなに可愛いくて、料理も出来るなんて。本当に千秋と言う存在が天は二物を与えずと言う言葉を物理的に破壊してるよね。
「冬、アンタは今のどう思う?」
「今のは多分、素で間違ったのではと思うっス……多分」
「秋は意外とあざといのね」
色々と思う所はそれぞれにあるんだろうけど、スーパーを歩き回った。その後、お兄さんは会計を済ませて家に帰った。
◆◆
花火の音が聞こえる。俺は花火を持っている四人の姿を写真に収めている。
くっ、可愛いじゃぁないか。可愛いは正義。
蒸し暑い外で半袖短パンの四人。知ってはいるが四つ子。顔は似ている。と言うか造形はほぼ同じ。全員可愛い。将来は絶対に美女になると俺は確信している。知識で知っていると言うのもあるが、それを加味しなくても分かるのは分かるのだ。
「カイトカイト! 写真撮って!」
「分かった」
「あとで加工していい?」
「する必要はないと思うぞ」
「えへへ……そっかぁ……でもする!」
千秋はこういう所が可愛いんだよな。
「千冬、写真撮って良いか?」
「……、あ、はいっス……あ、やっぱり今は……」
「そ、そうか……」
手鏡を取り出して自身の姿を確認する千冬。
「あ、ダイジョブでス」
「そうか、はいチーズ」
「……」
「うん、可愛いぞ」
「ッ……(ぱぁぁぁぁ)」
顔が凄い明るくなった。千冬は純粋で素直で努力家で気配りも出来て、凄く可愛いんだよなー。
「千夏、写真いいか?」
「はい……」
「はい、チーズ」
「……どうですか?」
「可愛く撮れてる」
「良かったー、です」
千夏も最初に比べたら懐いてくれて嬉しい。最近、成長しようと頑張っているし、可愛いんだよな。直球で可愛い。
お皿洗いとかも手伝ってくれるし、と言うか最近は殆どしてくれる。気になった事も何でも聞いてくれるし、可愛い。
「千春、写真良いか?」
「はい」
「はい、レアチーズ」
「とれてます?」
「あ、うん……可愛いぞ」
千春の笑顔が見たくてちょっと、ボケたんだけどスルーか……。レアチーズ……、激寒だな。スルーされて寧ろ良かったのかもしれない。
千春もだが千冬と千夏。俺と話すときまだ敬語だな。いや、話しやすいならそれでも全然良いけど。
千秋みたいにグイグイ来る感じでも全然良いんだよな。
「カイト、今のレアチーズ面白かったぞ!」
「そ、そうか、ありがとう……」
「千冬もそう思うだろ!」
「え? あ、うん」
「千夏も!」
「え? あ、そうね……」
「千春もそう思うだろ!」
「え? あ、そうだね、そう言う言い方も出来るかもね」
千秋以外にはウケが悪かったようだ。今度からボケるのを永久に封印しよう。俺はそう心に決めた。
「よし、そろそろ夕食にするか」
「おお!」
花火は終わり、水が張ったバケツに使い終わった花火が入れられている。それを持って家に入る。
辺りはまだ夕焼けの景色。だけど、少しづつ日が短くなっているように感じる。時期が過ぎゆくのは早いな。この間は春だと思ったのに今は夏、そして次は秋がやってきて、冬がやってくる。
きっと俺だけではこんなに時間を早く感じることは無かっただろう。
千春と千夏と千秋と千冬が居るから。充実をしているのだろう。これからも充実していけるだろう。
これからも楽しい毎日があるのだと思うと頬が自然とあがる。
家に入ったら手洗いうがいをして、流しそうめんの準備始める。四人共楽しみにしてたからな。気合が入る。通販で流しそうめん機と言うモノも買ってあるしな。
大体、テーブルの上に置ける。ぐるぐると流しそうめんを回すことが出来る機械。それが流しそうめん機。である。きっと喜んでくれるはずだ。
と思っていると……
「あ、なんか思ってたのと違う……」
それを見た時に千秋がそうつぶやいた。そうか、竹で出来た凄いウォータースライダーみたいなのを想像してたのか……
「ちょっと、竹買ってくる」
「いや、魁人さん大丈夫でス!」
「そうです! 私達、これで満足です!」
「お兄さん、これくらいで良いと思います」
◆◆
夏休みもあと一日で終わってしまう。どこか寂しさを感じるそんな日。うち達は家でのんびりと過ごしていた。
お兄さんは仕事。最後の日なのにごめんなと謝りながら出勤した。謝る必要など無いと言うのに。
「カイトって誕生日、いつなんだろう……」
「そうね……私達祝ってもらったし」
「魁人さんも祝いたいッス!」
三人共、いつも無償な愛をくれるお兄さんに何らかの形で恩を返したいとは思っていたのだろう。
「料理とか洗濯では足りない! 祝え! カイトの誕生日の瞬間を!」
「でも、私達に何が出来るのよ。お金も持ってないし、物なんて買えないわ」
「気持ちじゃないっスか? やっぱり」
「春はどう思う?」
「うちは……あんまり派手に動くと色々やっちゃいそうだし……」
「そうね……」
うちも何かしないと、と考えて行動はしたけど返って、お兄さんお気に入りの木と石の皿を割ってしまうと言う暴挙をしてしまっている。
「魁人さん、すっごい落ち込んじゃったもんね。アンタ、お皿割りまくるもんね」
「つい……手が滑るんだよ」
「ドジっ子なの? アンタ」
「そうかも……」
千夏にそう言われても否定できないのが悔しい。うちはキッチンに入ると基本的にミスするから……千秋は凄い活躍するのに……
「と言うか、そもそも魁人さんの誕生日知らないわ」
「我も聞いたことない、カイト自分の事あんまり言わないし」
「千冬も知らないっス」
「うちも」
「これはあれね。本人に聞いてから色々した方が良いと言うパターンね。はい、長女の私の言う事で決定!」
「千夏! 我はまだ長女を認めてないぞ! そもそも我が一番料理できるし!」
「はい? それは長女の評価基準には入らないわ! そもそも隙あればアンタは自分語りするわね」
「隙があるお前が悪い!」
「誰が何と言おうと私が長女!」
「我が長女!」
まるで、長女のバーゲンセールだなー。
そんな言い争いをしていると千冬は動き出していた。キッチンに向かっていき、手帳を取り出しそれを眺めながら何かを作り始める。
うちはちょっと気になりキッチンに向って行く。
「何作ってるの?」
「パンを作ってるっス」
「へぇ、そうなんだ」
千秋に対抗をしたいんだろうなぁ……。千秋は凄い難しそうなのもあっさり作るし、何だかんだ性格も相まって一番お兄さんと距離が近いし、褒められてるし。
「勿論、春姉達にも作るっスよ」
「美味しい」
「感想速いッス! まだ作ってもいないのに!」
「千冬の作る物は食べる前から美味しいって決まってるからさ」
「そ、そうっスか……取りあえず待っててほしいっス」
「分かった」
千冬良い子過ぎる。可愛いし、純粋だし、最高だよね。
「千冬がパン作ってくれるって」
「おお! 楽しみだ!」
「冬。私も手伝う?」
「ダイジョブっス」
千冬のパンを楽しみだなー。
◆◆
「失敗したっス……」
千冬が作ったパンは黒焦げで、一見、堅そうだった。
「あら、これはまた随分と……食べられのはイヤなので防御力に全振りしましたって感じくらい堅そうね……このパン……」
「……」
「あ、じょ、冗談よ! その、なんて言うか、失敗は誰にでもあるわ!」
「我もそう思う! カイトが言ってた! 失敗は成功の八倍の価値があるって! 次は黄っと美味しいのが作れるぞ!」
「うちもそう思うよ。うちなんて料理とか出来ないし、千冬は凄いんだから自信もって」
「ありがとうっス」
千冬は苦労人だな……
うちはそう思った。きっとこれからも苦労することはあるだろうし、でも最後はきっと大きな素敵な華になるんだなと思う。
ガックリと肩を落としている千冬を慰める。それを慰める千夏と千秋。千冬は悲しそうだがうちはこの光景を平穏だと思った。
平穏……それはうち達が好きなもの。
だけど、その平穏はいつまでも続くとは限らない。一番好きな物を取ろうとするとき、何かを変えようとするとき、衝突は避けられないのだ。
いつか、そんな時が来たらこの平穏も崩れてしまう。
そんな時は来てしまうかもしれないと言葉にできない不安を一瞬だけ感じ取った。




