103話 魁人の事実
千冬は階段を下りて、魁人の元に向かった。彼はソファに座って気難しい顔をしている。
「魁人さん」
千冬は彼に笑顔で話しかけた。僅かに目元が腫れているのは彼女が悔しさと自分への嫌悪を外に出していたからだ。
でも、彼女は覚悟を決めて、前に進むことを決めていた。
「魁人さん、千冬は、千冬は、魁人さんの事が。好き……っス。家族とかそう言うのじゃなくて、娘とかじゃなくて、恋愛的な意味で」
「……そうか、ありがとう。俺の事を好きになってくれて」
「でも、きっと魁人さんの隙と千冬の好きは違うって分かってるっス。だから、これが意味ない言葉になるって事も……だけど、千冬は未来に期待をするッス。いつか未来に魁人さんが千冬の事が好きにってくれるように……、いつまでも諦めいっス。だって、千冬がそんな諦めなずに向かって行くのを認めてくれたのが魁人さんだから……」
千冬は魁人の頬に唇を置いた。顔は真っ赤になっているが彼女なりに精一杯に大人の自分をアピールをしたのだろう。
彼女は照れ臭そうに笑いながら、未来に期待をして。未来に向かって歩いて行くことを決めていた。
「だから、待ってて。必ず魁人さんの事を振り向かせる素敵な千冬になって見せるから」
どこまでも笑って、諦めない彼女の笑顔に魁人は胸が痛くなった。恋の痛みではない。こんな純粋な子を……自分は……と僅かに自己嫌悪をしてしまったのかもしれない。
暗い顔をしてしまう彼に彼女は笑顔を向け続ける。彼女の想いが届くのはきっと未来に話になるのだろう。でも、その日来るまで彼女は諦めないのだろう。
千冬はもう、下を向かない。きっと、彼が何度でも躱しても、ずっと引き延ばしにしても彼に想いを抱き続ける。
◆◆
その日の夜、魁人はベッドの上で何もせずに天井を見上げていた。彼女の無垢な想いに彼は心を痛めていた。それだけじゃない、ずっと千春を千夏を千秋を、自分は……
彼はどうして、ずっと家族として接してきたのか分かって来ていた。徐々に自分が本当は何をしたかったのか分かって来ていた。
最初は気付かないふりをしていたのだ。ただ、生活をして無垢な想いと幸せそうな笑顔を受け取る度に幸福感と同時に自分への嫌悪が強まってしまっていた。
そして、千冬の想いを受け取った時に気付いてしまった。何をしていたのか、何の目的を持っていたのか。
魁人と言う人物が何をしていたのか。
――それに気づいてしまった時、彼は一気に倦怠感と無気力に包まれてしまった。
そうして、今に至る。ベッドの上でただ上を見上げるだけになってしまった。そんな彼の部屋に誰かが入ってきた。
「魁人?」
千夏だった。大人の格好になっている所を見ると満月の光を浴びていることが彼には分かった。魁人の母親の服を着て、彼女は部屋に入った。
「どうした?」
「んー? 一緒に寝たいと思って……皆は寝てるから、大丈夫!」
「何が大丈夫なのかは分からないが……分かった」
彼女は魁人の方に飛ぶように身を寄せて来た。だが、ハグをすると彼の微妙な変化を感じ取った。
「何かあった?」
「いや、特には……」
「嘘、分かるもん!」
千夏はグイッとカイトに顔を近づけた。怒っているような顔だったが魁人の顔を見て、どうしたのと首を傾げる。
「いや……俺はなんもないって思ったと言うか、千冬とか千秋とか千春とか、千夏達が本当に眩しく見えて……」
「……辛くなったの? どうして?」
「……」
魁人は語ろうとはしなかった。黙りこくって、眼を閉じた。その時、彼の頭の中には過去の記憶が、死んで一回出会う前の記憶が蘇ったのだ。




