99話 千夏は手ごわい
僕は先ず、千夏ちゃんと話してみようと思った。四つ子の中で彼女が一番警戒心が強いイメージがあるし、彼女が僕と仲良くなっている姿を見れば全員僕が安心できる存在だと思ったからだ。
「千夏ちゃん」
「千花、何か用?」
休み時間、図書ルームでお料理本を読んでいる千夏ちゃんに僕は声をかけた。
「何読んでるのかなって思って」
「料理の本だけど」
「魁人さんに作ってあげたいんだ」
「まぁ……そうかしら? で?」
千夏ちゃんはそれで何の用なのかと僕に聞いてきた。やっぱり凄い警戒されてる。それに何というか、あんまり良い感情を向けられてないすらあるかもしれない。以前まではそんな事はなかったのに。
「えっと、千夏ちゃんと仲良くなりたくて……」
「ふーん」
「あだ名で呼び合おうよ!」
「急に?」
「うん、僕の事は気軽にママって呼んで」
「いや、それはない」
「ダイジョブ、あだ名だから」
「クラスから変な眼で見られそう。あと、ママって単語に良い思いで無いから無理」
明確に拒絶された……千夏ちゃんは手ごわそう。これは後に回した方が良いかな。
「そっか。邪魔してごめんね。それじゃ」
「待って」
「なに?」
「そっちだけ話して帰るのはズルくない?」
「あ、うん。何かあるならいいよ?」
「……魁人といつも何を話してるの?」
「Lineでってこと? 特に変わった事は話してないよ」
「そう……あんまり、その魁人に……忙しいのよ。魁人は。だから、ほどほどにしてほしいとは思ってるの」
あー、千夏ちゃん見るからに魁人さんに意識あるみたいだから、コソコソ裏で連絡とってる女が居るのが気に食わないのかな?
僕なんて、結構な美少女だから尚更気に食わないのかも。もしかしたら魁人を取られちゃうとか思ってるのかな?
「大丈夫、魁人さんを取ったりはしないよ」
「そ、そう……」
「安心した?」
「……別に!」
そっぽを向いて千夏ちゃんはまた本を読み始めた。別に盗ったりはしないよ。寧ろ僕が妻として向かうイメージだからね。
僕は嘘は言ってない。
でも、千夏ちゃんって本当に警戒心高いし、喧嘩腰の感じだね。クラスでもめちゃくた仲が良い子いないし…‥あ、メアリちゃんって子くらいか……
魁人さんと一緒でもこんなにツンツンしてるのかな? ちょっと気になる所ではある。
◆◆
あ、明日千夏達、お弁当って言ってたな。夜になって両親が使っていたデカイベットに一人で横になりながら俺は明日の朝の事を考えていた。
明日は給食が無くて、代わりにお弁当を持参するらしい。えっと、卵焼きと夕食残りの……
一人で四人のお弁当の中身を考えていると寝室のドアが開いた。眠れない千秋が面白い話でもして欲しいと無茶ぶりをしてくるのかと思って、眼を向けたら……
「魁人……」
「ち、千夏……ッ」
思わず、ビクッとしてしまった。千夏はいつもの幼い体ではなく、大きく大人の体つきになっていたからだ。きっと月の光を浴びて、大きくなったのだろうけど……
「どうしたんだ?」
「……抱っこしてほしくて」
「抱っこ……?」
「うん。この、コンプレックスのある姿で抱っこしてほしいの……」
「そうか……」
彼女は死んだ我が母のパジャマを着ている。ベッドにそのままダイブするように身投げしてきたので俺も受け止めた。ちょっと重いが、あんまり変わらない。
「偶に魁人に抱っこしに貰いに来るわ」
「構わないけど、急にどうしたんだ? なにかあったか?」
「……別に何も無いけど……ねぇ、最近千花と何話してるの?」
「好きなご飯とか聞かれたりとか?」
「ふーん……ね、ねぇ、連絡のやり取り見てもいい? 勝手に見るのはダメだと思って見なかったんだけど……あと、話ながら頭撫でて」
「あ、うん。俺は見せてもいいけど、千花ちゃんの連絡を勝手に見せても良いかは疑問が残るな」
「……魁人は見せてもいいって思ってるのね……なら、見なくていい。てっきりやらしいこと送ってると思ってたから」
「いや、送らないよ。俺大人だし」
「大人か……そうね、大人ね……。私も早く大人になりたい」
「きっとあっという間だと思う」
「そう? 長いわ。今すぐなりたいの。今すぐなって、色んな事を対等に味わいたい」
「……あー、俺もそれは分かるかもしれない」
千夏はぐりぐり頭を胸板に押し付けてくる。いつもこうだが、体が大きいとちょっといつもより、ぐりぐりは強い。
「私、大人になったら……結婚とかもしてみたいかも」
「おー。良いと思うぞ」
「でも、私なんて、我が強いから出来ないわよね」
「いや、出来ると思う。こんな良い子が出来ない訳なさ」
「本当?」
「本当」
「じゃあ、出来なかったら魁人が責任取ってね」
「え、あ、うん。家に居て良いぞ」
「……言ったわね。それ、覚えておくから」
安心したように彼女は眠りについてしまった。頭を撫でているをやめて、ベッドの上に横にした。千春達の部屋まで運ぼうと思ったが、千春達を起こしてしまいそうだったので辞めておいた。
夜も遅いので、俺も寝ることにした。千夏はずっと、俺の手を握っていた。




