番外編1 僕の嘘36(コンラート視点)
これでコンラート編は終わりです。
よろしくお願いします。
あれからしばらくして──。
「ただいま」
「おかえりなさい」
視察を終えて屋敷に戻ると、ウィルフリードを抱いたユーリが笑顔で迎えてくれた。抱かれているウィルフリードはご機嫌で、弾んだ声を出している。ユーリはそわそわと落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。何だかウキウキしているように見える。
「何かいいことでもあったのかい?」
「そうなの。ちょっと来て」
ユーリはそう言うと外へ向かって歩き始めた。まだ完全に日は暮れてないものの、こんな時間にウィルフリードも連れてどこへ行くつもりだろうか。
離れの方角に向かうユーリの後をついて行く。すると、ユーリは庭で足を止めた。
「どこがいいかしら。気づかれるとあちらが気を遣うでしょうし……」
ユーリは何やら呟きながら思案しているようだ。声をかけようとしたら、ユーリはくるりと振り返って人差し指を立てて僕に静かにするように言うと、なるべく音を立てないようにして生垣に身を潜める。
だが、ウィルフリードは笑い声を立てたり、よくわからないことを言っている。ユーリはなるべく静かにしてね、とウィルフリードにも言って、庭の四阿を指差した。
近すぎも遠すぎもしない位置だから、四阿のベンチに腰掛ける二人の姿が目に入る。父上と母上だ。
僕は小さな声でユーリに注意する。
「ユーリ……覗き見は良くないよ」
「わかってはいるのだけど、心配だったから様子を見ていたの。そうしたら……」
ユーリは嬉しそうに笑って、視線で僕に二人の姿を確認させる。
父上と母上は並んで座っていて、父上が上着を母上にかけると、母上の肩を抱き寄せる。母上は慌てて離れようとするが、父上が何か言うと母上は大人しくなって身を任せた。
両親のラブシーンを見せられるのはいたたまれないのだが。どんな顔で二人を見ればいいのかわからず、助けを求めるようにユーリを見ると、嬉しそうに小さな声でよかったわね、と言う。
いたたまれないが、確かに僕も嬉しい。そのおかげで屋敷の空気も格段に良くなった。いつも誰がどこにいるのか気にかけるようになり、母上や父上もウィルフリードを抱いてくれるようになった。
それに、父上とも母上とも個人的に話すことも増えた。父上とは仕事のことだけでなく、母上やユーリ、ニーナについても話すようになった。
ニーナのことは母上が気に病むからと、母上のいないところで話している。ニーナが嫁ぎ先で幸せにやっているかを僕を通して知りたがるのだ。
父上が直接手紙を送ると、それが証拠になって良からぬ輩に目をつけられるとも限らない。ただ、その代わりに僕が浮気男という不名誉な二つ名をつけられた。
ユーリは異母妹だとわかっているので気にしなくていいと言ってくれるが、そのせいで自分と浮気をしないかと誘いをかけてくる女性がいる。
そのことでユーリが傷つくのではないかと不安になるのだ。だから夜会では、皆の前でどれだけユーリを愛しているかを見せつけてやろうと思っている。
父上が一番気にしているのは母上だ。何か悩んでいるようだが知らないかとか、贈り物をしたいが何を送ればいいかとか、母上の愛人だった護衛騎士が母上と話していたが何を話していたのか、などなど。直接本人に聞けばいいことまで僕に聞くのだから、いい加減にして欲しい。直接聞いてくれと言うと、教えてくれないと嘆いていた。
母上も素直じゃないので、仕方なく僕が母上に聞く羽目になるのだ。
そして、父上がユーリのことを聞くのは、僕とユーリの夫婦円満だからだろう。母上とどう関係を築いていけばいいかわからないから、僕がユーリにして喜ばれたことや怒らせたことなどを聞きたがる。
仕事ではよく叱責されていたので、この時ばかりは立場が逆転して溜飲が下がるのが嬉しい。父上は悔しそうだが。悔しければ僕が羨むような夫婦になればいいだけなのに。
母上とはユーリやウィルフリード、父上の話が多い。
ユーリに関しては、女心がわかっていないと怒られたり、ユーリを心配しているようだ。同じ女性としても、子爵夫人としても気持ちがわかるからだろう。実は一番母上がユーリの気持ちをわかっているのではないかと僕は思っている。
ウィルフリードのことは父親としての自覚を持って欲しいのだと思う。自分が後悔しているから僕には後悔して欲しくないと。子どもの成長は早いのだから気にするようにと、母上もちょくちょくウィルフリードの様子を見に来る。
ただ、母上も一番父上を気にしている。素直じゃない人だから父上の言葉には答えないくせに、僕には答えるのだ。僕から父上に筒抜けになるとわかっていて。
母上は父上を試しているのだろう。どれだけ自分が父上に気にかけてもらっているかを、僕を通して感じたいのだ。愛情に飢えていた母上だから仕方ないとは思うが、少しずつでも父上を信じられるようになって欲しい。
あとは僕自身の気持ちにも変化が現れた。これまでユーリに好きだとか、愛していると言えなかったのだが、一度言ってしまえばそれからは割と楽に言えるようになった。
僕自身が自分の気持ちをちゃんと自覚できたからだ。言葉と気持ちが一致することで、僕は初めてその言葉の価値を知った。もう自分が嘘を吐いているような違和感は感じない。
そしてその言葉を伝えるたびに嬉しそうに笑うユーリを見て、更に愛おしさが深まるのだ。それにそんなユーリの反応が僕に多幸感を与えてくれる。
幸せに満たされていた僕の口から零れ落ちる。
「ユーリ、愛しているよ」
突然で驚いた表情を浮かべたユーリは、やがて破顔する。
──ああ、その顔だ。
そして僕はユーリに軽く口付けをした。そんな僕らの下でウィルフリードが楽しそうに笑った。
◇
一度は壊れた家族は、新しい形で再生した。僕が手に入れることはできないと思った幸せを連れて。
ユーリは僕に嘘を吐いたが、僕は自分にずっと嘘を吐き続けてきた。
家族には期待しない、両親なんてどうでもいい、愛されなくてもいいと。
だけど僕は母上のように、愛に飢えた子どものまま成長できずに、嘘で本心を覆い固めてしまっていた。そのせいで僕は手に入れられた愛を失いそうになった。
そして、その愛が教えてくれた。弱い自分も受け入れればいいのだと。
もう孤独に震えていた子どもはどこにもいない。その子どもは僕の一部になり、たくさんの人の愛に満たされてもう寂しくはないのだから──。
後はニーナ視点で数話投稿します。
読んでいただき、ありがとうございました。




