番外編1 僕の嘘28(コンラート視点)
よろしくお願いします。
ようやく父上と分かり合えるかと思いきや、そんなに簡単な問題ではなかった。
これまで僕はできるだけ父上を避けてきたし、父上も忙しさにかまけて家族を見ようとしなかった。だからなのか、僕のこれまでの鬱憤が一気に爆発した。
「いい加減にしたらどうですか! 僕の意見も聞いてください!」
「……聞いているだろう。そんなに大きな声を出すな。アイリーンが驚くだろう」
父上はうんざりした声を上げる。だが、うんざりしているのは僕も同じだ。
「大声を出させているのはあなたでしょう! だから、父上が決済をしてくださらないと仕事が回らないんです」
「それはお前でもできるだろう? 私はアイリーンの面倒を見るのに忙しいんだ」
「……っ、そうやってまた僕に面倒を押し付けるのですか。僕は初めに言ったでしょう? 交代で見ましょうと。父上には父上の役割があるんです。それを忘れないでください!」
父上は極端だ。これまで無視してきた母上にかかりきりになり、それ以外のことは僕任せになった。それでは結局これまでと変わらない。父上は母上しか見ずに、僕を排除しようとしているようにしか思えなかった。
そんな僕らの間に挟まれたユーリが、僕らを諌める。
「お義父様、お義母様の看病をお一人でするのはしんどいと思います。責任を感じるお気持ちはわかりますが、分担しましょう。コンラートも感情的になるのはわかるけど、喧嘩腰では相手に伝わらないこともあると思うわ。あなたもお義父様が心配なのよね?」
「いや、別に僕は……」
素直に頷き難くて、僕は言葉を濁す。だけど、ユーリには敵わない。ユーリはたまに僕に見せる作り笑いを浮かべる。義兄上が何かを企んでいるような笑顔と称していたが、納得だ。僕と父上は引きつり笑いで頷くしかなかった。
そして、僕はクライスラー男爵に約束した通りに、ニーナに手紙を書いた。母上の体調のことは書かずに、両親とユーリに話して、いざという時には父上が守ると約束を取り付けたこと、ユーリにわかってもらえて許してもらえたことなど。
手紙を書きながら、初めから父上を信じていればこんなことにはならなかったのだろうかと、ぼんやり考える。だが、そう思いつつも、やっぱりいつかはこんな風に歪みが浮き彫りになっていたかもしれないとも思う。
◇
それから数日経ち、ニーナからユーリと父上の二人に手紙が届いた。
僕宛の手紙がないということは、ユーリと一緒に手紙を読むことを考えてのことだと思い、僕とユーリはベッドで手紙を読んだ。
ニーナの手紙は案の定、ユーリへの謝罪が綴られていた。だが、悪いのはニーナではなく、不甲斐ない僕だというのに。手紙のどこにも僕を責める言葉は見当たらなくて、気を遣わせてしまったと申し訳なく思う。
そして、ユーリと仲良くしたいと書いてあり、ユーリは笑みを零していた。僕も二人が仲良くなってくれたらこんなに嬉しいことはない。僕にとってニーナも大切な家族なのだ。
温かい気持ちに満たされたまま、着替えて朝食に行こうとすると、ユーリは慌てて僕から目を逸らす。もう何度も閨を共にしているというのに、未だに慣れないユーリについ意地悪を言ってしまう。
母上が倒れてから、僕とユーリはこれまでよりも密に過ごすようになった。それは、今の母上の姿はユーリが辿っていたかもしれないと気づいたこともある。
人として、女性として愛されたいと願っていたのに、それを押し殺して義務を果たすだけの日々を過ごすうちに徐々にバランスを崩してしまった母上。ユーリ自身も母上と自分を重ねていたと言っていた。
だから僕は怖くなった。ユーリがいなくなってしまうのではないかと。僕はユーリという存在全てが大切なのだ。ユーリの心が無くなってしまうと、それはやっぱりユーリじゃないと思う。
毎日一緒に眠って、朝起きた時にユーリが笑いかけてくれると、ユーリの心はここにあるのだと安心できるのだ。
ユーリには僕がそんな不安を抱えているとは話していない。格好悪いからとかいう理由ではなく、言葉にすることが怖い。口にするとそれが現実になってしまいそうで──。
せめて明るい話題で盛り上がりたいと、僕はついついこうしてユーリと他愛無い話をするのだ。
そうして朝食の席に着くと、明るい表情の父上が後から来た。いつも難しい表情をしている父上が珍しい。余程手紙の内容にいいことが書いてあったのだろうかと、ユーリと二人で追及する。
手紙の内容はやはり父上を責める内容ではなかったようだ。男爵家で幸せに育ったこと、父上のおかげで自分がいるという感謝の言葉が綴られていたと話す父上の表情は次第に浮かないものになった。
「……だから余計に自分の不甲斐なさを痛感したよ。愛した人と娘は他人のおかげで幸せになり、妻と息子は私のせいで不幸になった。私こそが不幸の根源なのかもしれないな」
「父上……」
僕は父上の言葉を聞きながら、それは違うと思っていた。
「……僕は別に不幸ではありませんよ」
「コンラート?」
「確かにこの家はバラバラで、僕は寂しかった。だからといって不幸だとは思いませんでしたよ。幸不幸を決めるのは他人ではなく、本人です。僕はそこまであなたが責任を持つ必要はないと思います。
それに、僕は幸せになる努力を自分なりにしてきたつもりです。あなたに認められるように、ユーリと結婚できるように、その時の自分にできることをやってきました。まあ、その過程で人の気持ちを蔑ろにしてしまったことは反省しないといけませんが……
あなたも自覚したのなら、もう間違わないようにすればいいのではないですか?」
幸せの基準なんて、人それぞれ違う。例え、物に満たされていても愛情に満たされていなければ幸せじゃないと思う人もいるだろうし、反対だってある。父上が僕に幸せを与えようとしたところで、僕がそれを幸せと思うかどうかはわからないのだ。
「そうだな……まさかこの歳になって息子に諭されるとは思わなかった。私も老いたものだ」
「だからといって、すぐに隠居するなんて言わないでくださいよ。そんなことをされたら、僕はいっぱいいっぱいになって、またユーリを蔑ろにしてしまうかもしれませんから」
まだ僕一人では荷が重い。仕事に邁進するだけならそれでもいいだろうが、僕はユーリの気持ちを蔑ろにしたくないし、僕自身の幸せのためにはユーリは不可欠な存在だ。
すると父上が僕がロクスフォードにこだわっていた理由を暴露してしまった。最初に冗談半分で言ってユーリが信じなかったから、もうそれでいいと思っていたのに。
ずっと思っていたと言われて気持ち悪がる女性もいると聞く。僕もユーリの反応が怖いと思いながら全て白状した。
だけど、ユーリはずっと僕を好きだったと言ってくれた。だから嬉しいとも。それを聞いて僕の方が嬉しかったと思う。辛い時もユーリに励まされてきたのだから。今もこうして励まして支えてくれるユーリに感謝と共にたまらない気持ちになる。
おかげで父上を忘れてしまっていた。気まずそうに自分は邪魔かという父上につい笑ってしまう。この人でもこういう気遣いをするのだなと。
僕はユーリだけでなく、父上のことも知らなかった。家族というのはこうして作り上げていくものなのかもしれない。そんなことを感じさせてくれた一日だった。
読んでいただき、ありがとうございました。




