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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘22(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 あれから何度本邸に行っても門前払いでユーリに会わせてもらえない。しかもそれをするのが母上だ。母上が何をしたいのかわからず、僕はとうとう母上に怒鳴ってしまった。


「いい加減にしてください! これまでユーリにも興味を示さなかったくせに今更何なのですか?」


 母上は僕をちらっと見てまた目を逸らす。だが、僕の問いには答えてはくれるようだ。


「……わたくしはユーリ本人に次期子爵夫人としての教育を頼まれたの。あなたもそれで満足なのではなくて?」


 僕が何を望んでいるかなんて、あなたにはわからないはずだ。何一つ見ようとしなかったあなたに何がわかるのか。怒りが過ぎると反対に心の底まで冷え切っていくようだ。


「……そうしてユーリをあなたのような無関心な女性に仕立て上げるのですか。私はそんなユーリを見たくはありません」


 僕の言葉に母上はふっと笑った。皮肉を込めたような笑いだ。


「ユーリがそれを望んだとは思わないのかしら?」

「……彼女が思うわけがない」

「話にならないわ。さっさと帰りなさい」


 母上は踵を返すと中へ入って行った。僕が追いかけようとすると、申し訳なさそうな表情の使用人たちに止められて渋々引き返すしかなかった。


 それでも僕はユーリとちゃんと会って話がしたかった。このままでは僕はユーリを失ってしまう。それも怖いが、僕が一番怖いと思ったのは、ユーリが母上のように無関心になってしまうことだった。


 義務を果たしているのだからと家族に興味を示さず愛人にかまける母上。生真面目なユーリにそんなことができるわけがないと思うが、そうなると彼女には逃げ場がなくなってしまう。


 今もどんな気持ちで過ごしているのかと心配だ。僕がユーリに気持ちを伝えていればここまでこじれることはなかったのに。


 そうしてユーリと会えなくなった後、僕は突然義兄上から呼び出しを受けた。


 ◇


「忙しいのに呼び出して悪いな。内輪のことだから商会では話しにくくてな」


 ロクスフォード邸の応接室で義兄上は苦笑する。内輪のことというと僕にはユーリのことしか思い当たらないのだが、ユーリが義兄上に相談したのだろうか。それならそこからユーリと話すための取っ掛かりがあるかもしれないと僕は期待した。


「いえ、それはいいのですが……」

「単刀直入に聞くが、お前とクライスラー男爵令嬢はどういう関係だ?」

「え? ユーリの話ではないのですか?」

「それがそもそもの発端だろうが。お前はいずれ説明すると言ったが、はっきりいつか明言せずに信じてくれというのは虫が良すぎないか? ユーリと会ったが、あいつはもうお前のことを諦めたようだ。言っていたぞ。もう気持ちを返してもらえると期待はしない、貴族にとって大切なのは感情ではなく責任だと」

「そんな……」


 ユーリをそこまで追い詰めたのは僕だ。やっぱり一刻も早く会って話さなければと焦燥感に襲われる。だが、続いた義兄上の言葉に僕は言葉を失った。


「だから俺も考えたんだ。ロクスフォードの当主命令でユーリを離縁させようと思っている」


 呆然とする僕に頓着することなく義兄上は続ける。


「それならユーリに落ち度はなく、再婚も望めるかもしれないからな。まあ、あいつはそれを望みはしないだろうが……このままロクスフォードにいてもユーリ一人くらいは養えるくらいには立て直しも進んでいる。だが、最後に申し開きくらいは聞いてやるよ。で、結局どういう関係なんだ?」

「……」


 僕は義兄上の言葉をどこか遠くに聞いていた。現実味がないというか、信じたくない気持ちでいっぱいだった。すっと血の気が引いて寒いのに手のひらは汗ばんでいる。


「おい、コンラート。顔色が悪いが大丈夫か?」

「……ええ。それで何の話でしたか」

「だからお前とクライスラー男爵令嬢の関係だって言ってるだろう」


 義兄上はイライラと机を指で叩く。


「……それを話せば離縁は考え直していただけるのですか?」

「それはユーリ次第だな。お前が形振り構わずにユーリにすがればいいんじゃないか?」

「……そうですね」


 僕は力なく笑う。結局僕はニーナも守れずにユーリも失うのかもしれない。僕は一体何のために頑張ってきたのだろうか、そんな虚しさが胸の中に去来する。


「……ニーナは、僕の腹違いの妹です……」


 僕の言葉に義兄上は目を見開いた。


「それは、また……確かに言いにくいな。だが、何でユーリにも話せなかったんだ?」

「……クライスラー男爵家はそのことをネタにこれまで脅迫されてきたんです。子爵家と繋がりを持ちたい者や、陥れたい者に。その度に揉み消していたそうですが、ニーナが結婚してクライスラーを離れると守れないからどうすればいいかと相談を受けたのが僕がニーナを知ったきっかけです。父上にバレるとニーナを引き取って僕のように子爵家の政略の道具として利用されかねないと思って言えませんでした。ユーリは子爵家の人間になり、僕と父上の板挟みになるというのもありましたし、何より使用人が信用できなかったんです。知っている人間は最小限にとどめたかった。僕には力がありませんから……」

「そうか……」

「それに、僕にとってはニーナが唯一の家族だったんです。僕を慕ってくれる大切な妹。だからどうしても守りたかった。だからといってユーリがどうでもよかったわけではありません。今の僕にはユーリも大切な家族だと思っています。なのに、僕は……」


 結果的に蔑ろにしてしまった。後悔に強く唇を噛み締める。義兄上は溜息を吐く。


「……お前の気持ちはわかった。だが、まだユーリには話せないんだろう?」

「ええ。子爵家では話せないでしょう? こんなこと。ただ、ニーナの後ろ盾というか、ニーナが結婚してしまえばクリス様が守ってくださるので、後は父上への抑止力には僕と、ロクスフォードの名前を貸していただこうといずれお願いするつもりではありました。だからニーナが結婚した後にユーリに全て話すつもりですが……」

「その方がいいかもしれないな。ユーリから秘密が漏れたら、あいつは自分を許せないだろうし」


 義兄上も同意をしてくれた。それに安心した僕は続ける。


「だけど、ユーリの誤解だけは解きたいんです。今、ユーリは本邸で母上と暮らしていて、僕とは会ってもらえないんです」

「何でそんなことになっているんだ?」

「……僕にもわからないんです。ただ、ユーリがニーナを子爵家に招待したのは母上の入れ知恵があるようです。僕にはあの人の考えがさっぱりわかりません。家族にも無関心なあの人がユーリに何をさせたいのか。僕に嫌がらせをしたいだけかもしれませんが……」


 話しかけても目も合わせようとせず、門前払いをする母上だ。それほどまでに僕は嫌われるようなことをしたのだろうか。俯く僕に義兄上は苦笑する。


「実の息子に何でわざわざそんなことをするんだ。お前の考え過ぎだろう」

「義兄上は知らないから言えるんですよ。母上は僕には目もくれませんから。あの人たちにとって僕は道具に過ぎないのでしょうね……僕だって好きであの家に生まれたわけじゃない」


 子爵家や領民のために生きることを最優先に考えるように言われてきた。ユーリが言うように貴族にとって大切なのは感情よりも責任なのかもしれない。じゃあどうして心があるんだ? 


 生まれてくる場所を選べて、心を殺すことができればよかった。だけど、僕は家のために自分の心を犠牲にすることができなかった。そんな僕はあの家に相応しくないとでもいうのか。


 抑えきれない怒りが込み上げてきて、僕は爪が食い込むほどに拳を握り締めた。


「コンラート……」


 義兄上の声にはっとした。怒りのあまり頭の中が真っ白になっていたようだ。顔を上げると顔を顰めた義兄上と目が合って、僕は誤魔化すように笑った。


「つまらないことを言ってすみません。そういうわけなので、僕はあの人たちも信用できないんです」


 信用できないのは使用人もだ。まだディーツェ家との繋がりが見えてこない。と考えて、僕は同じ伯爵家である義兄上なら何かわかるだろうかと、ふと思った。


「義兄上、聞いてもいいですか?」

「ああ、何だ?」

「先日、ディーツェ家が茶会を開いてユーリとニーナを招待した話は知っていますか?」

「ああ。それを聞いたからユーリが心配でユーリを呼んで話をしたんだ」


 義兄上が知っているなら話が早い。僕はニーナから話を聞いて感じたことを義兄上に話してみた。義兄上も言われてみればおかしいと思ったようだ。


「だからディーツェ家について何かわかることがあれば教えていただけませんか? さすがに格下の子爵家が下手なことはできないので」

「ディーツェ家か。夫人はお前にご執心だったろう? 夫人の単なる嫌がらせのような気もするが」

「それだけならいいのですが……」


 どうしても不安を拭いきれない。色々なことがうまくいかないからだろう。義兄上も真剣な表情で約束してくれた。


「俺も気にしておく。ただ、一つだけいいか?」

「何でしょう?」

「クライスラー男爵令嬢が結婚するまでもう数日だろう? それなら今はユーリをそっとしておいてやれ」

「いえ、それは……」


 義兄上は離縁させると言ったから、僕とユーリを会わせたくないのだと思った。だが義兄上の考えは違うようだ。


「説明もできないのに信じてくれって言われたら、あいつは余計に疑心暗鬼になる。説明できる状況になってからならあいつもきっと聞く耳を持つだろうし、何よりあいつをあまり振り回して欲しくないんだ」

「……仰る通りですね。説明できるようになってから会いに行った方がいいとは僕も思うのですが……」

「不安なのはわかるが、お前にはまだやらなければならないことがあるんだろう? 中途半端なことをして、クライスラー男爵令嬢もユーリも傷つけるようなことをするなよ」


 義兄上の忠告が痛かった。言っていることはもっともだ。だから僕は義兄上に頭を下げるしかなかった。


「……すみません。今の僕には彼女の心を守ることができません。終わったらユーリに謝りに行きます」

「ああ。全てを終わらせたら会いに行け。きっとあいつも説明を待っているだろうから」


 本当にユーリには申し訳ないと思う。僕が至らないばかりに振り回してしまった。


 ユーリに説明するためにも、ニーナのことをちゃんと終わらせたい。僕はひとまずディーツェ夫人を調べることに専念することにしたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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