番外編1 僕の嘘19(コンラート視点)
よろしくお願いします。
僕はその後、話もそこそこに一人でベッドに入った。疲れているから考え過ぎるのだ。一眠りしたらきっと不安も払拭できると思っていた。
だが、目が覚めても気は晴れない。昨日見た光景と話し声が頭から離れないのだ。一言ユーリに何の話をしていたのか聞けばいいことだとわかっている。ただ、僕はその答えが怖かった。
もし、ユーリが庭師の話をしていたのではないと言っても、僕はそれをそのまま信じることができるのだろうか。多分僕は信じられなくて、ユーリを詰ってしまうだろう。
最初に好かれるはずがないと思っていた時は、ユーリに別に思う男がいても仕方がないと諦めていたのに、期待した分だけ僕はユーリに自分の気持ちを押し付けてしまいそうで嫌だった。
ユーリが僕を好きだと思ってくれているだけで充分なのではないか、僕は望み過ぎているのではないか、そんなことを考える。
もやもやした思いを振り切るために、僕は仕事に没頭してしまいたかった。そのため朝からずっと義兄上と書斎に篭っているのだが。
「おい、大丈夫か?」
「え? どうしました?」
義兄上に話しかけられて顔を上げると、心配そうにこちらを見る義兄上と目が合った。
「いや、昨日からユーリが、コンラートの様子がおかしいと言うものだから。疲れてるんじゃないのか? 何だったら今日は無理に付き合わなくてもいいぞ」
「僕はいつも通りですよ。それを言うなら義兄上の方が忙しいでしょう? 休まなくてもいいのですか?」
「俺は大丈夫だ。それにようやく先が見えてきたからか、休んでいると反対に落ち着かないんだ」
そう言って義兄上は苦笑する。その気持ちは僕にもわかって僕も頷いた。
「そうですよね。何がゴールなのか分からずに手探りで闇雲にやっている時は辛さしか感じないのですが、明確なゴールが見えていれば苦ではないというか。そのことで喜んでくれる人たちがいると思うと、その辛さも報われる気がします」
僕は男爵家の人々の顔を思い浮かべる。最初は好意を持てなかったが、時間をかけて信用を築き上げてきた。結果的に僕は大切なものを手に入れることができてよかったと思っている。
思わず顔が綻んだ僕に、義兄上は意外そうな顔で尋ねてくる。
「お前にも経験があるのか。お前は順風満帆に過ごしてきたと思っていたから意外だな。その中にはユーリも入っているのか」
「ええ、もちろんです。僕はユーリの喜ぶ顔が見たかったから伯爵家の立て直しに協力したんですから」
そう言いながらも胸が痛む。今はそのユーリの気持ちがわからない。だが本心を知ることが怖くて向き合えない。
「ユーリのために頑張るのはいいが、やり方を間違えるなよ」
「義兄上、それはどういう意味ですか?」
やり方も何も、伯爵家を立て直すことがユーリにとって最善だろう。義兄上は何を言いたいのだろうか。
「相手のために良かれと思ってすることが、相手のためになるとは限らないということだ。俺もそれを間違えたから人に偉そうに言える立場ではないんだが。相手の気持ちを勝手に推し量って動くよりは、ちゃんと相手と向き合わないと駄目だ。それは結局相手の意思を無視することと一緒だろう?」
「そう……ですね」
耳が痛い言葉だ。僕はユーリの意思を無視して婚約を申し入れ、彼女のためだという名目で様々なことを決めつけてはいなかっただろうか。
神妙な顔になった僕に、義兄上は苦笑する。
「あまり思い詰めるな。ただ、お前は独りじゃないということを自覚しろ」
「それはわかっています」
「いや、お前はまだわかっていないだろう。だから人と距離を置くんだ。距離を置かれると相手も信用されていないのではないか、嫌われているのではないかと距離を置く。そうするうちに本当に独りになっても知らんぞ」
「……仰る通りですね。肝に命じておきます」
僕は自分を守るために人と程よい距離を置いてきた。浅く広くの付き合いは楽だからだ。得るものは少ないが、その分失わなくて済む。
だからこそ、今になって本当に大切な人との関わり方がわからない。これが僕が逃げ続けてきたことのツケなのだ。
だからユーリは僕から離れて行こうとしているのだろうか──?
その後、義兄上と仕事をしながらも、義兄上の言葉が重くのしかかっていた。そうして僕はちゃんと向かい合うことができずに、ユーリとの溝を深めてしまうのだった。
◇
新婚旅行も終わり、王都へ帰ってきた僕らに待ち受けていたのはサラのことだった。ユーリからサラが父上に声をかけられたと聞いて、罪悪感と怒りが込み上げてきた。
僕がサラを遠ざけようとしたから、そんなことになってしまった。だが、何故父上はサラに声をかけたのだろうか。
サラが男爵夫人と同じように断れない立場だったから、サラがユーリの侍女だから伯爵家の内情を知りやすいと思ったから、それとも僕を探っているからか。思いつく理由はたくさんあるが、いずれにしても不愉快極まりない。
そして更に不愉快だったのは、サラを助けたのが母上だということだった。
家族には興味を示さないのに、使用人には興味を示すのか。あの人が何を考えているのかさっぱりわからない。
そんな母上をユーリが庇ったことで、僕は思わずユーリに当たってしまった。
「……僕があの人をどう思っていると? 君に何がわかるんだ?」
ユーリに怒っているわけではないのに、尖った声が出てユーリの顔色が変わった。慌ててユーリに謝る。
「八つ当たりしてごめん。僕にはあの人たちの気持ちなんてわからないし、どうでもいいんだ」
──そうだ、どうでもいいんだ。
僕は自分に言い聞かせる。そうして僕の心の奥底から湧き上がってくる怒りに蓋をしてしまいたかった。その感情に目を向けてしまったら、僕は気付きたくない自分の本心に向き合わなくてはいけなくなるだろう。
ユーリは気を遣ってくれたのか、話を変えた。
「気にしないで。それよりも、今日はもう仕事終わりでしょう? 一緒に少し休まない?」
その提案に、僕は頷かなかった。まだ怒りがおさまらなくて、ユーリに八つ当たりしそうで怖かったのだ。
僕はユーリと向き合う以前に、僕自身と向き合わなければいけないのかもしれない。このままでは僕はユーリを傷つけるだけだ。
守りたいと思ったのに、傷つけることしかできない自分に一番腹が立つ。
それから父上は領地に帰り、何故か母上がユーリに教育をするためにこちらに残ることになった。
そうして母上と距離を詰めていくユーリに僕は不安だった。母上がユーリに悪い影響を与えてしまうのではないかと。
ユーリは浮気をしない。僕は信じる。そう思っていても気持ちが揺らぐ。信じるよりも疑う方が楽だからだ。始めから諦めていれば傷つかない、だから信じなければいいと、弱い僕が顔を覗かせる。
そうやって僕は自分のことに精一杯になっていて、ユーリがどんな気持ちでいたのか考えることができなくなっていたのだった。
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