番外編1 僕の嘘15(コンラート視点)
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連絡もなしに急に予定を変更したから、オスカーとユーリは戸惑っていたが、義兄上との約束の話をすると納得してくれた。
せっかくだからとユーリを連れて伯爵邸に行くと、義兄上は少し驚いたようだったが、すぐに気をとりなおして僕たちは話を始めた。
新婚旅行の話をしていたら、ユーリと義兄上が似ているという話になり、二人が同じような顔で同じように否定するものだから思わず吹き出してしまった。
二人がこんなに似ているのは、父であるロクスフォード卿を見てきたからだと言う。それでも父だから仕方ないと話す二人がロクスフォード卿を嫌っているようには見えなかった。僕にはそれが理解できず、二人の間に流れる、お互いをわかり合っているような空気が羨ましかった。
「……いいですね、兄妹って。それにお義父上とも仲がいいのが伝わってきました。でも、腹は立たないのですか? 家族といっても他人でしょう? 血の繋がりなんて何の保証にもならないと思いますが」
「そうだな。腹が立つ時もある。父上はこっちがこれだけ苦心して遣り繰りしてる先から借金は作るわ、ユーリにしても言いたいことがある顔をしているのに何でもない振りをするから、はっきり言えとは思う」
「それはわたくしも同じです。お兄様はいつもわたくしに内緒で事を進めるではないですか。一言の相談もなく」
二人は言いたい放題だが、その表情は柔らかい。兄妹とはこんなものなのか、とニーナの顔が思い浮かんだ。
僕とニーナはまだ知り合ったばかりでお互いにまだ気を遣い合っている。一緒に育っていればこうなれたのかなんて、考えても仕方がないことを考えてしまう。
義兄上はユーリの言葉に肩を竦めて苦笑する。
「これだからな。心配をかけまいと黙っていても怒られるからやりきれない。だけどな、家族がいるから俺はここまで頑張ってこられたと思っている。それはここまで支え合ってきた絆があるからだ。大切なのは心の繋がりだと思っている」
──家族がいるから頑張ってこられた。
義兄上の言葉が胸に刺さる。
僕にとって家族である両親が与えてくれたものと言えば、環境くらいだが、飢えることもなく、物に不自由することなく育った僕は両親に感謝すべきなのかもしれない。
だが、僕は両親にユーリや義兄上のような感情を持つことができない。心の繋がらない父が仕出かしたことに、怒りしか湧いてこなかった。
──僕のような冷たい人間には人を愛することなんてできないのかもしれないな。
だからユーリに愛を囁くことができないのだろうか。僕がユーリを思う気持ちは愛ではないから。
それなら何なのかと言われれば、思い当たるのは身勝手な独占欲。違うと思いたいのに、それで納得してしまう自分がいる。僕には僕の気持ちがわからない。そんなことを考えていたら、ユーリに声をかけられて、僕の醜い心を見透かされたのかと思って、僕は曖昧に笑うことしかできなかった。
これ以上家族の話をするのに耐えられなくて、僕は無理矢理話を変えた。
新婚旅行は伯爵領で過ごさないかということを言ってみると、二人は驚いていたが頷いてくれた。
僕はユーリのことをまだ知らない。彼女が伯爵領でどんな風に育って今の彼女になったのか。それを知れば彼女の望むことがわかるのではないかと思ったのだ。この気持ちが身勝手な独占欲ではないと自分で納得したかった。
そして話がつくと、義兄上が男同士で話したいと、ユーリに部屋から出るように言った。ユーリは納得いかないようだったが、渋々出て行った。
◇
「さて。今日お前を呼んだのは聞きたいことがあるからなんだが」
「聞きたいこと?」
ユーリが遠ざかったのを足音で確認した義兄上が口を開いて、僕は問い返した。聞きたいことと言われても何のことだかわからない。
首を傾げる僕に、義兄上は目を眇める。
「婚約してからもお前はクライスラー邸に行っていただろう? それに今日も商会に行くと言いながらクライスラー邸に行っていたが、どういうつもりだ? ユーリを大切にすると言ったから結婚を認めた。お前はユーリを飾りにでもするつもりか?」
今日は確かに商会の仕事のついでにクライスラー邸に行ったが、どうして義兄上がそれを知っているのかが不思議だった。
「ユーリを飾りだなんて思ったことはありませんが、どうして今日クライスラー邸へ行ったことを知っているのですか?」
「……悪いとは思ったが、お前がクライスラー男爵令嬢と噂があるのにユーリと結婚しようとしたのか納得できなくて、少しお前の動向を調べさせてもらった。商会の商品を届けるだけなら、お前が直々に行かなくても済む話だ。どうしてお前がわざわざ行くんだ? クライスラー男爵令嬢に未練でもあるのか?」
調べられていたと知り、やっぱりという落胆の気持ちが大きかった。婚家になったとはいえ、疑うのが道理。僕は苦笑するしかなかった。
「……義兄上は僕を信用していないのですね」
「仕事のことでは信用しているさ。俺が心配しているのは家族のことだ。お前はこれだけ噂になっているにもかかわらず、何もしない。何か考えがあるのだろうとは思うが、ユーリが心配だ。せめてその事情を話してはもらえないのか?」
義兄上もニーナと同じことを言う。
だが、先程義兄上が言ったではないか。身内であれ信用できないと。義兄上と同じように僕にだって守るものがあって、責任がある。
「……義兄上なら話しますか? 今事情を話すことで多くの人が傷つく結果になりかねないとしても」
「それはどういう意味だ?」
怪訝な義兄上の問いには答えず、僕は続ける。
「僕には正直、誰が味方で誰が敵なのかもわからないんです。これまでずっと人を疑うように教育されてきましたから。そうでないと家を守ることなどできないと」
僕だって話したいと思う。だが、二十年近く秘密を守ってきた男爵夫妻の気持ちを考えると、僕は誰に話していいのかわからないのだ。
「……よくわからないが今ということは、いずれは説明するということか?」
さすがは義兄上だ。そこに気づいてくれたなら話が早いと僕は頷く。
「ええ。今はまだ、色々と問題がありまして……いずれ義兄上にも事情を話すつもりです。子爵家の恥を晒すようでお恥ずかしいのですが」
「それは気にしなくていい。うちも大概評判が悪いからな」
義兄上は苦笑した後、表情を引き締める。
「だからといってユーリを蔑ろにするようなことがあれば、俺にも考えがあるからそのつもりで。それと、また新たな噂が立っているのは聞いたか?」
「……ええ。だから最初に義兄上は言ったんでしょう? ユーリを飾りにする気かと」
新たな噂は、僕が格上のユーリと結婚したのは家のためで、本命は格下のニーナだとかいうくだらないものだ。政略に引き裂かれた切ない愛だと、貴族女性の間でまことしやかに囁かれているそうだ。余程娯楽に飢えているのかとうんざりする。
「ああ、そうだ。ユーリの耳に入る前に言っておこうと思ってな。だが余計なお世話だったか」
「いえ、僕も商会の顧客に聞くまで知らなかったんです。女性というのはすごいですね。あの情報網には舌を巻きます」
「俺もそう思うよ。ただ、それがどこまで真実味があるのか、だな」
「同感です」
情報はいくらでも操作できる。いいようにも悪いようにも。誰かを蹴落とすために悪質な噂を流すこともあれば、自分の評判を上げるために流すこともある。
例えデマだとしても、ユーリが聞いて気分のいいものではない。義兄上の忠言に僕は神妙に頷いた。
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