番外編1 僕の嘘14(コンラート視点)
よろしくお願いします。
ユーリと気持ちが通じ合った翌日、本来なら仕事は休みなのだが、新婚旅行へ行くのに留守中の段取りだけはしておこうと商会に顔を出すことにした。
一旦は商会に行ったが、クライスラー男爵夫人から頼まれていた品物が入荷したので、着いたその足でクライスラー邸に向かう。
品物を届けるついでに、ニーナにユーリとのことを報告をすると喜んでくれた。ニーナも僕との噂が広がり始めた頃からユーリに距離を置かれ始めていて、婚約後もうまくいっているのかと心配してくれていたのだ。
「よかった。それなら噂が嘘だってこともちゃんとわかってくださったのね」
「ああ、それなら大丈夫だ。以前から噂は噂に過ぎないし、ニーナは大切な友人だと説明していたから」
「それって、まだ私たちのことを話してないってこと?」
ニーナは責めるように目を眇める。
ニーナは少し前からユーリにだけは本当のことを言った方がいいのではないかと、僕に言っていた。僕もそれは考えたが、ユーリの周りの人をまだ僕は信じきれないでいる。
そもそもあの屋敷で本当に信用できるのはオスカーしかいなかった。いつから僕は両親すらも信じられなくなったのだろうか──。
かつて僕は父に言われたことがある。身内であっても裏切るのだから迂闊に他人を信じるな、それが家を守るということだ、と。
父にもその言葉がまさか自分に返ってくるとは思わなかっただろう。皮肉なことだとつい僕の口元が歪む。
「聞いているの?」
ニーナは僕の反応が気に入らなかったようだ。強い口調で問う。
「ああ、聞いているよ。今はまだ大事な時だ。ユーリは信じているけど、伯爵家から雇い入れた侍女が身近にいるから、そこから漏れたらうちだけでなく、紹介してくれたロクスフォードにも泥を塗ることになりかねない。まずはエリオット様に話すのが先だろうと思うんだけど……」
「何かあるの?」
「……正直迷ってる。もう少しすれば君が結婚するだろう? 正式な手続きを済ませた後なら、もし何かあっても色々手の打ちようがあるから、その方がいいんじゃないかって」
ニーナは悲しそうに目を伏せる。
「……それって結局ユーリ様を信じてないように聞こえるわ。だってそうでしょう? ユーリ様が侍女に漏らしたら、っていうことが前提になっているもの。その言い訳に私を使わないで」
僕には何も言えなかった。
確かにそうだ。僕はユーリを信じると言いながらも、ユーリの好意を信じきれていない。きっとユーリも僕から離れて行くに違いないと、心のどこかで諦めているのだ。
それはニーナにも言えることだった。僕は父の過ちを償い、家を守るためにニーナのために尽くしている。見返りが欲しいわけではないが、そうすることで今だけはニーナとの兄妹の繋がりを感じられるからだと、薄々気づいていた。
僕の心の根底には期待したら裏切られるという諦めがいつもあった。それは大切なものが増えるたびに強くなってきたように思う。
「……ごめん。確かにニーナの言う通りだ」
「きついことを言ってごめんなさい。だけど、信じてもらえないのって辛いのよ? ユーリ様の気持ちにもなってみて。相手を信じることは怖いわ。だけど、ユーリ様は勇気を出してお兄様と向き合ってくれようとしているの。大切なものを間違えては駄目よ」
「……そうだね。わかってはいるんだけど……」
妹に説教されるとは思わなかった。情けなさに次第に頭が下がってくる。そんな僕にニーナは苦笑する。
「本当に困った人ね。それならせめてユーリ様に、好きだとか、愛してるって言葉で示してあげたらどう? 女性は言葉で示して欲しいものだと思うわ。私なら嬉しいもの」
「……それができれば苦労しないよ」
ニーナから言われた言葉につい、嫌悪感をあらわに吐き捨ててしまった。
「お兄様……?」
戸惑ったニーナの問いかけにはっとする。これではただの八つ当たりだと、自己嫌悪に陥る。
「……ごめん。その言葉は嫌いなんだ。どうしても母上のことを思い出してしまって」
「お兄様……」
しんみりした雰囲気に耐えられず、僕は話を無理矢理変えた。
「ああ、もう帰らないと。長居してごめん」
「いえ、それはいいの。だけど、お兄様、大丈夫?」
「何を指しているのかはわからないけど、大丈夫だよ」
「……お願いだからユーリ様と向き合ってね。私はお兄様の幸せを願っているわ」
その言葉に胸が温かくなって、不覚にも泣きそうになった。それを誤魔化すように僕は笑って頷いた。
「ありがとう。君もクリス様と幸せになってくれることを願っているよ」
そして僕はクライスラー邸を後にして商会へと戻った。それからしばらく打ち合わせをしていると、僕に来客があった。
「コンラート 、ちょっといいか?」
「義兄上、どうしたのですか?」
来客は義兄であるエリオット様だった。
今日は会う約束をしていなかったはずだ。本来なら僕も商会に来るはずではなかったのに、何故知っているのだろうか。
「いや、ちょっとな。今日は休みじゃないのか?」
「ああ。休みだったのですが、新婚旅行に行く前に僕が居なくても回るようにしておかないと心配だったので、こうして仕事をする羽目になっています」
「そうか……それなら今日は忙しいのか?」
「いえ、打ち合わせが終わったら帰るつもりです。新婚早々ユーリを一人きりにするのは忍びなくて」
そう言うと、何故か義兄上の目が鋭くなった。何かおかしなことを言ったかと不思議に思ったが、義兄上は言及しなかった。
「今日来たのはあの染物の話なんだが、俺もその方に会ってみたいんで、具体的な日を教えてもらいたいんだ。その話をしたいから後でロクスフォード邸に来てもらえないか?」
「ええ、それはいいですが……」
「それじゃあ、また後でな」
言うだけ言って義兄上は去って行った。こうして約束をしたからには急がないといけない。僕は指示だけ出して屋敷に戻ったのだった。
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