番外編1 僕の嘘4(コンラート視点)
よろしくお願いします。
ニーナとぎくしゃくした関係が続いていたある日、男爵家でニーナに呼び止められた。
「コンラート様、少しお話があるのですが……」
この頃は父に対する不信感や当てつけのために、ニーナを守るように動いていた。その話や、実際に商談もあって男爵家を訪ねることが増えていたのだ。
「申し訳ないのですが、男爵と約束があるので」
我ながら素っ気ないとは思ったが、正直に言って付き合い方がわからない。異母妹と言われても、血の繋がりがどうだというのか。内心で溜息を吐きたくなる。
そんな僕に頓着せず、ニーナは諦めない。
「それなら父との話が終わってからでいいので、少しお時間をいただけませんか……?」
縋るような表情に心が痛んで、僕は渋々承諾した。
「……わかりました。それでは後でお話をうかがいます」
「ありがとうございます」
ただそれだけなのに、ニーナは嬉しそうに笑った。
その後男爵との話よりも、ニーナが話したいことが気になって集中できずに、何度も聞き直す羽目になった。訝った男爵に早めに解放されて僕はニーナの部屋に向かった。
◇
「ここで話すのですか?」
「はい。何か問題でも?」
僕が確認のために尋ねると、ニーナは不思議そうに首を傾げる。
年頃の未婚女性の部屋に男を招き入れるのは外聞が良くない。僕が批難するようにニーナを見ると、寂しそうに笑った。
「あまり人には聞かれたくありませんし、兄妹だから気にすることはないと私は思ったのですが、やっぱり認めたくないですよね……」
「そうではなくて、対外的には私たちは他人です。外聞が悪いでしょう」
我ながら空々しい言葉だ。対外的も何も、ニーナを妹と思ってないくせに。
それはニーナにもわかっていたようで彼女は俯いた。
「……コンラート様が私を避けているのはわかっています。いきなり現れて異母妹だなんて言われても、困りますよね。ですが、私にとっては半分だとしても血の繋がった兄なんです。少しでもわかり合いたいと思うのは間違っているでしょうか?」
血の繋がり。そんなものに何の意味があるのか彼女には本当にわかっているのだろうか。血が繋がってなくても必要とされている彼女に。
「……血の繋がりが何だと言うのですか。あなたには血が繋がっていなくてもあなたを大切にされているお父上がいらっしゃるではありませんか」
「そう、ですね。だからこそ辛いんです……」
恵まれているくせに贅沢だと僕は吐き捨てたくなった。それでも相手は女性だ。そんな理性が僕を押し留めた。冷静な口調で僕は尋ねる。
「何が辛いのですか? あなたがそんなことを仰っては、あなたを守るために動いたご両親が気の毒です」
「……だからです。私は守られるばかりで何の役にも立てない。何かしたくてもできることも思いつかないんです」
ニーナはそう言って項垂れる。その姿は、先日ロクスフォード邸を訪れた時のユーリの姿を彷彿とさせた。
──ただ甘やかされただけの令嬢ではないのかもしれない。
僕は彼女をまだ異母妹とは思えなかったが、彼女がそう思うに至った経緯に興味を持った。
「何もしなくてもいいではありませんか。ですが、どうしてそう思うのですか?」
「……私のせい、なんですよね」
ニーナはポツリと呟いた。
別に彼女のせいではないだろう。彼女のためではあるだろうが。僕が否定する前に彼女は続けた。
「……私がお腹にいたからお母様は思い悩んで死のうとしたんでしょう? 使用人が話しているのを聞いたことがあるんです。どうしてなのか当時はわからなかったけど、私の本当の父親がシュトラウス卿だと聞いてわかりました」
「……それは」
どう答えるか悩んでいると、ニーナは首を振った。
「気を遣わなくても大丈夫です。事実は事実として受け止めていますから。ですが、また私は意図せず母を苦しめてしまって、どうするのが一番いいのかわからないんです……私は生まれてくるべきではなかったのだと思います……」
最後の言葉は声が小さくなっていたが、きっと本心なのだろう。そんな事実を知らされて、それでも自分を守ろうとする両親に引け目を感じてしまったのだと、ようやくわかった。
だが、悪いのは夫人でもニーナでもない。貴族の常識を知りながらも夫人を弄んだ父の方だ。色々な人の人生を狂わせた父に、更に怒りが込み上げる。
「あなたに責任はありません。父がどういうつもりだったかはわかりませんが、あの人なら夫人がどうなるのか予想できたはずです。本当にあの人はどうしようもない……!」
「コンラート様?」
思わず声を荒げてしまうと、ニーナが恐る恐る僕に声をかける。はっとして取り繕った笑顔で誤魔化す。
「申し訳ありません。つい感情的になってしまいました」
「いえ、それはいいのですが……シュトラウス卿と何かあったのですか?」
ニーナの父親でもあるのに、敢えてシュトラウス卿と言ったことに彼女自身も認めたくないのだと勝手に思って、父に対していい気味だと溜飲が下がった。
「何もありませんよ。ただ、私はあの人を信用していないだけです」
あの人が僕を信じていないように。僕が笑ったのに対して、ニーナは俯いた。
「……コンラート様はシュトラウス卿が嫌いなのですか?」
ニーナの問いに僕は苦笑した。成人した男に父親が好きかなんて、子どもじゃあるまいし。
「別に何とも思っていませんよ」
「……私はそんなに信用できませんか? あなたの本心が知りたいんです」
「これが本心ですが? お話がそれだけなら私はこれで失礼します」
僕はニーナに背を向けて部屋を出ようとした。その時。
「待ってください、お兄様!」
ニーナが必死な様子で僕の服を引っ張る。僕はその必死さと初めて兄と呼ばれたことで、振り返ってニーナを凝視した。
彼女ははらはらと涙を流していた。
「ニーナ様、どうなさいました……」
「お願いですから、私を無視しないでください……!」
悲痛な声で僕に訴えかける。ちゃんと話を聞いていたのに、何故そんなことを言われるのかわからない。困惑しながらも僕は答える。
「いえ、無視はしていませんが……」
「嘘です! だったらどうしてちゃんと答えてくださらないのですか? 私はあなたの上辺の気持ちを知りたいわけではありません……!」
「そう言われても……」
「お願いだから独りにしないで……!」
ニーナは泣きながら僕にそう言った。甘えるにしても限度があるだろう。あんなに優しい家族に恵まれて何を言っているのかと僕は腹が立った。
「だからあなたには家族がいるでしょう? 独りよがりもいい加減にしたらどうですか?」
「……それならあなたにはわかるのですか? ずっと家族だと思っていたのに自分だけ違っていた気持ちが。弟は両親と血が繋がっていて、後継として望まれている。私は子爵家、男爵家ともに足を引っ張るだけで政略にも使えない。私なんて……!」
「いい加減にしろ!」
思わず怒鳴ってしまったが、僕にだって言い分はある。
「それなら僕はどうなる? 後継として生まれたのに誰からも顧みられない子どもの気持ちがわかるのか? 挙げ句の果てにこうして自分に無関心な父の尻拭いまでさせられて。そうして守ろうとしている本人は悲劇の主人公ぶって僕を責める。僕は全てを器用に熟せるような完璧な人間じゃない!」
一気に話して肩で息をする。言い過ぎたと思ってニーナに謝ろうとしたら、反対に謝られた。
「……コンラート様、申し訳ありません」
「……いや、私の方こそ申し訳ありません」
「いえ、私が悪いんです。どうしてもあなたの本音が知りたくて、つい怒らせるようなことを……」
「どうして、そんなことを……」
「……壁を作られるのは寂しいです。私は確かに男爵家で幸せに育ったかもしれません。それでも、私の心には埋められない穴があるんです。完璧な家族の中で自分だけが不完全だと思っているので……
勝手にあなたに親近感を抱いていたのかもしれません」
先程までとは違って今度は僕の心にすっとその言葉が入ってきた。
僕は結局、彼女を先入観で判断していただけなのかもしれない。同じ血を引いているのにこうも違うのかと。改めて僕は謝らなければならないと思った。
「申し訳ありません。私の思い込みで失礼なことを言いました」
「いえ、いいんです。私も失礼なことばかりですから。ですが、これからは私と向き合ってもらえませんか? 私はあなたのことを、例え半分でも血の繋がった兄だと思っているんです」
「……わかりました。時間はかかるかもしれませんが努力します」
「ありがとうございます」
ニーナは目尻に涙を浮かべたまま、嬉しそうに笑った。これをきっかけに僕とニーナの関係は少しずつ変わり始めたのだった──。
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