表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲しい嘘  作者: 海星
65/107

番外編1 僕の嘘2(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 結局、ユーリの縁談は決まらないまま時が過ぎた。それはロクスフォード伯爵夫人であるユーリの母上が病気になり、それどころではなくなったからだ。


 その頃からロクスフォード伯爵家には嫌な噂がつきまとうようになった。当主が夫人の病気を治すために胡散臭い薬を高額で買い漁って困窮しているだの、当主が夫人にかかりきりになって仕事をしないから息子が尻拭いに奔走しているだの、他の貴族の食い物にされているというようなものまで。


 僕はエリオット様にある程度の話は聞いていた。だが、ロクスフォードを助けるだけの力がまだ僕にはなかった。早く力をつけたい、そう考えているときに、更に僕に試練が訪れたのだ。


 ◇


「私と、商談を……ですか」


 商会を訪ねてきたクライスラー男爵に唐突に言われて僕は面食らった。それというのも僕はまだ商会を任されたばかりで、交渉に長けているとは言い難いからだ。


 間違えているのかと確認してもクライスラー男爵は僕と商談がしたいと言う。クライスラー男爵の有利に商談を進めたいからかと思った僕は父に交渉して欲しいと言ったが、クライスラー男爵は僕に交渉の余地があるのか確かめたいと頑として譲らなかった。


 僕は仕方なく、クライスラー男爵家を訪ねて、そこで初めてニーナに出会った。


「クライスラー男爵が娘、ニーナと申します」


 完璧な美貌と反対に、物慣れない初々しい挨拶。そのアンバランスさにきっと世の男たちは惹かれるのかもしれないと思った。


 だが、僕は正直に言うと、そんな彼女が苦手だった。母をずっと見ていたことと、僕の心にはユーリがいたからだ。


 僕は必要以上に彼女と関わることなく男爵との商談にのぞんだ。


「ここでの会話は外には一切漏らさないでいただきたいのです」


 そう前置きした男爵に、僕は戸惑いながらも頷いた。そもそも商談を外に漏らしたりしたら、あの人にはこの値段なのにどうしてこちらはその値段なのかと揉める原因になる。条件で変わってくるのは当たり前だろうに。その辺りは男爵もわかっているはずなのに、今更念押しをする意味がわからなかった。


「……とりあえずこちらに目を通していただけますか?」


 男爵が差し出したのは一枚の紙切れだった。口頭ではなく書簡に(したた)めているのかと、手に取って目を通し始め、僕は目を疑った。紙を握る手に力がこもる。


「……これ、は、事実、ですか……?」

「……残念ながら、事実です。こんな悪趣味な冗談を私も言いたくはありません」


 脅迫のような文言だったが、要約するとクライスラー男爵令嬢であるニーナの実父はシュトラウス家現当主で、その情報を子爵家に売ってもいいが、男爵家の出方次第で黙っていてやる、ということだ。


 男爵は悔しそうに拳を握り締める。


「本来なら私どもで片をつけるべき問題だと承知しています。ですが、ニーナはもうじき社交界デビューします。これまでは育ての親だとしても親の庇護下にいたから守ることができましたが、結婚して私の籍を抜けたら守りきることができません。どうか力を貸してはいただけないでしょうか」

「……これは私一人の判断では何とも言えません。父に事実確認をしてから返事をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 動揺しながらも僕が答えると、男爵の顔色がみるみるうちに青くなって、必死に僕に訴える。


「それは待ってください! 何のためにあなたを呼んだと思いますか? もし事が明るみに出た時に、ご当主への抑制力になっていただきたかったんです。私は血が繋がっていないとしても娘を奪われたくはありません……」


 そんな男爵を見て、僕の心が冷めていくのを感じた。男爵の言葉が真実なら娘とは血が繋がっていないのに、ここまで必死に子爵家の人間である僕に訴えるのは、所詮娘を金ヅルとしか思ってないからだろう。政略の駒がなくなったらそんなに困るのかと捻くれた考えしか湧いてこない。僕に話した方が利益があるとでも思ったのなら大間違いだと、僕は笑い出したい気分だった。


「ですが、彼女が子爵家の人間になれば、あなたがわざわざ持参金の用意もしなくてよくなりますよ。幸いうちには潤沢な資金がありますから」


 信じてもいないくせに僕がそう言うと男爵は顔を顰めた。


「そういう問題ではありません。私は十五年、娘の成長を見守ってきました。例え嫁いだとしても家族の縁は切れないと思っています」


 ──何が見守るだ。馬鹿馬鹿しい。どうせ人任せにしてきたんだろうが。


 心の中で男爵を罵倒していた。それは僕が両親に思ってきたことだった。血が繋がっていてもそれだけでしかない家族の中で育った僕には、男爵の言葉は綺麗事にしか思えなかったのだ。


 それなら試してやろうと思い、僕はまず、当事者である男爵夫人と話すことにした。


 ◇


「お呼び立てして申し訳ございません」


 開口一番に男爵夫人は僕に謝った。その面立ちはニーナとそっくりで綺麗な方だった。


「いえ、それはいいのです。ただ、どうして私に打ち明ける気になったのか、その辺りの事情が理解できないのですが……」

「……そうですわね。急でしたから。本来なら時間をかけるべきなのでしょうが、あの手紙をいただいたことで、悠長に構えていられないと思いまして。

 お恥ずかしながら、わたくしには後ろ盾がございません。父は一代限りの準男爵で、夫は男爵です。そしてニーナの実父はあなたのお父上でもある子爵家当主。どちらに分があるかは明白です。わたくしも、夫も、何より娘自身が男爵家の者でありたいと願っているのです。

 コンラート様に打ち明けたのは、あなたならご両親を説得できる唯一の方だと思ったからです。それにこの話は子爵家の醜聞でもあります。他家の方に滅多なことを言うと、子爵家の方々にもご迷惑をおかけすることにもなりかねないと、こうして恥を忍んでお話しすることにいたしました」


 だからといって、はいそうですかとは思えない。探るように目を細めた僕に、夫人は小さく笑う。


「いきなりこんなことを言われても困りますわよね。お疑いでしたら納得いくまでお調べください」

「……私が両親に話すとは思わないのですか?」

「それも考えてあなたの人となりや、状況を調べさせていただきました。失礼なことをして申し訳ないとは思っております。調べて思いましたが、あなたはそんなことをなさらないでしょう」


 その言葉にカチンときた。何も知らないくせに知ったような口を利く。勝手に調べられたことよりも、僕自身を見ずに決めつけられたことに腹が立った。


「……面白いことを仰るのですね。少し調べただけで一体私の何がわかったと?」


 夫人は視線を落とすと、静かに答える。


「……あなたはきっと、次期当主として子爵家を守ろうとするでしょう。あなたのお父様もそうしたように」

「それは答えになっていないと思いますが」

「……わたくしの昔話を聞いていただけますか?」


 そう前置きして、夫人は父との出会いからニーナが生まれるまでのことを話し始めたのだった──。

読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ