変わり始めたもの
よろしくお願いします。
「父上、申し訳ありません」
戻るなり頭を下げたコンラートに義父は目を丸くした。それからまじまじとコンラートを見つめる。
私もコンラートの思いがけない行動に、内心驚いていた。
「急にどうした?」
「いえ、私も父上を責める権利なんてありませんでしたから。母上を追い込んだことは同罪です。だから、これからのことをちゃんと話し合いたいと思います」
コンラートの言葉に義父は表情を引き締めて頷く。
「それじゃあ、私は隠居で……」
「待ってください」
コンラートは義父の言葉を強い口調で止めた。義父は眉を顰める。
私はまた二人が喧嘩を始めるのではないかと、ハラハラしていたけど、コンラートは落ち着き払っていた。理路整然と持論を述べる。
「今、父上に隠居されると困ります。私にはまだ一人で全てを仕切るだけの力が、恥ずかしながらありません。ただ、父上の覚悟はわかりました。ですから、私は当主代行ということでどうでしょうか? 決定権だけ父上にお願いしたいんです。私が判断を間違えないように。
それと、母上のことは私も心配なんです。ですから、私も少しかもしれませんが、手伝うことができればと思っています。それが私なりの贖罪です」
コンラートは真っ直ぐに義父を見た。義父は迷っているようで、俯き加減で思案している。やがて、義父はコンラートに告げた。
「だが、それは難しいだろう。決定権だけといっても、私はアイリーンと領地に帰るつもりだし、お前もちょくちょく領地に戻ることはできないだろう?」
「ええ。ですから、領地に帰る時は一緒に帰れるように、体制を整えようと思っています。それまでこの屋敷で待っていただけませんか?」
「だが……」
「領地の方は差配人にしばらくお任せしてはいかがでしょうか。何も当主が全て仕切らなくても、負担を軽減する方法はあるはずです。もちろん、その場合の差配人は信用できる人間がいいので、人選はお任せします。
私も頑張って伯爵家との事業を進めていきます。ある程度まとまれば、後はエリオット様の仕事になりますので。
……もうお互いに、全てを背負わなければいけないという意識は捨てましょう。それが根本的に間違っていたのだと思います。母上のためにもその方がいいのではないですか?」
コンラートはあの迷路で、ここまで考えたのだろうか。素直に自分の弱さを認めて、助けを請う。これまでのコンラートからは想像できなかった。
少しずつでも変わろうとしている彼のために、私も頭を下げる。
「お義父様、私からもお願いします。元々は私とコンラートがすれ違って、お義母様を巻き込んでしまったからこうなってしまったんです。私にもお義母様と関わる権利をください」
「いや、別に君は……」
「そうだよ。ユーリは……」
二人は困惑したように、次々に私に言う。だけど、その言葉は優しいようで拒絶する言葉でもある。私はその先を聞きたくなくて遮った。
「関係ないなんて、寂しいことは言わないでください。私は家族ではないのですか?」
私が言うと、二人は慌てて首を振る。
「そういう意味ではなくて」
「ああ。責任は僕らにあると言いたかっただけで」
「私も同じなんです。お義母様とお話しして気持ちを聞いていたけど、何もできなかった。それに私も家族に加えて欲しいんです」
二人は黙りこんでしまった。気分を害したのかと不安になり始めたら、義父が頷いた。
「……ありがとう。君たちの好意に甘えることにするよ」
「父上、それじゃあ……」
「ああ、お前の提案に乗るよ。考えてみれば私に何かあった時にお前たちがいれば、アイリーンも困ることはないだろうし」
「父上、縁起でもないことは言わないでくれませんか」
「いや、いつ何が起こるかわからないことを今回思い知ったからな……」
後悔を滲ませて、義父は呟く。だからこそコンラートの話をちゃんと聞く気になってくれたのだとしたら、皮肉なことだ。コンラートも悔しそうに俯いた。
私はそんな空気を変えるように、明るい声で言った。
「決まりですね。それじゃあ、お義父様はお義母様と一緒の部屋がいいのでしょうか?」
「あ、ああ。ベッドは別の方がいいから、私の部屋にもう一つベッドを運ぶよ」
急に話が変わったことに戸惑いながらも、義父が答えてくれる。
後はコンラートと私がどうするかだ。すると、コンラートが口を開いた。
「私とユーリもこちらに引っ越します。二人で客室を使わせていただいても構いませんか?」
「コンラート、いいの?」
「ああ。毎日本邸と離れを往復するよりは、同じ家にいる方がいいし、僕に何かあった時に父上たちがいたらユーリも安心できるだろう?」
「コンラートまで……そんなことは言わないで、と言いたいけど、私に何かあった時もその方が安心するからいいわ」
私が笑うと、二人は苦笑した。その顔がそっくりでやっぱり親子なのだと思う。
「それじゃあ、私はアイリーンの様子を見てくるよ。ついでにベッドを運んでもらうように言ってくる」
義父はそう言って立ち上がった。続いてコンラートと私も立ち上がる。
「それじゃあ私は離れに行ってオスカーに説明してきます。荷物もまとめないといけないので。ユーリ、君はどうする?」
「私も離れに行って荷物をまとめるわ」
本邸には一時的に来ただけで、ほとんどの荷物は離れにある。
私とコンラートは二人で離れに向かった。
◇
「勝手に決めてごめん」
「え?」
義父と別れて離れに向かっているとコンラートが謝ってきた。彼が謝るようなことが思いつかず、私は首を傾げる。
「急に引っ越すなんて、君に同意も取らず、僕はまた勝手に突っ走ってしまったから。ごめん」
コンラートはまたやってしまったと反省しているようだ。だけど、人の性格なんてそう簡単に変わるものではないと私はわかっている。それに、コンラートの言葉は私の言葉を代弁してくれているようで嬉しかった。私は笑って首を振る。
「いいえ。私の気持ちが伝わったのかと思ってすごく嬉しかったの。お二人は私にとっても大切な方々だから」
「どうして君が? 君には直接関わりのない人たちなのに」
「そんな寂しいことを言わないで。最初はお義母様もお義父様もとっつきにくい方なのかと思って敬遠してたけど、お二人を知って、やっぱりコンラートのご両親だと思ったのよ。不器用で、優しくて、良かれと思って突っ走ってしまうところとか」
「……それは褒めてないだろう……」
私が指折り数えて挙げていくと、コンラートは呻いた。私は小さく笑って続ける。
「そういうところも含めてあなたを愛しているのよ」
「ユーリ……」
「あなたがこの言葉を嫌いなのはわかってる。だけど、私にはこの気持ちを表現する言葉が他に見つからないの。だから言わせて? もう、すれ違って後悔したくないの」
コンラートは急に立ち止まった。私も一緒に立ち止まる。嫌だったのかと恐る恐るコンラートを見ると、嬉しそうに笑っていた。
「……嫌い、だったはずなんだけど、君が嘘を吐いてないって今ならわかるからかな。その気持ちがすごく嬉しいんだ。本当にありがとう、ユーリ」
「お礼なんて……」
いらない、とは口にできなかった。
彼の口に私の口が塞がれてしまったから。
目をぱちくりとさせると、コンラートは笑う。
「言葉の代わりに行動で示してみたよ。伝わったかい?」
「……それだけじゃわからないって言ったら?」
「……どうすればいいんだろう」
コンラートは困っている。
本当は言葉でも示して欲しい。だけど、コンラートはまだその言葉を言えないのかもしれない。コンラートの心的外傷はそのくらい根深いのだろう。
「時間はかかってもいいから、いつか言ってくれる? 愛してるって」
「……努力する」
真剣な表情でコンラートは頷いた。
言葉では何とでも言えると言うけれど、気持ちを伴った言葉は特別なのだ。
それに、思っているだけでは伝わらない。そのために言葉があるということもコンラートにはわかって欲しかった。
少しずつ色々なことが変わり始めたけど、いい方に変わり始めていると信じて、私は未来に想いを馳せるのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




