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悲しい嘘  作者: 海星
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私の責任

よろしくお願いします。

 今日で旅行は三日目になった。だけど、残り四日のうち、一日は移動にかかるから、実質三日しかない。その間に染物を持っていた方が技術を持っているのか、それを確認して、それが商売になるかどうかの見極めをしなければいけない。


 元々一週間しか休みを取っていなかったコンラートには強行スケジュールになって悪かったと謝られてしまった。だけど、私の思いつきで伯爵領に来たことを考えると、謝らなければいけないのは私の方だ。


 そうなれば私が動くのが当然だと思う。まずはコンラートと二人でその方に会いに行くことにした。


 ◇


「引っ越したっていう話は聞いていないから、まだいらっしゃるとは思うのだけど……」


 もうじき収穫が始まりそうに実った小麦畑沿いの道を、私は周囲を見回しながら歩いていた。その隣にはのんびり景色を楽しむコンラートがいる。


 朝一番に訪ねるのは失礼だからと、昼過ぎに私たちは出発した。領主館からは少し離れているから、ゆっくり歩いてちょうどいい時間になりそうだ。


「あ、確かこの先で会ったの。その時に、この近くに住んでるって家も教えていただいたのだけど、結構忘れているものね。というよりも同じ景色が続くからわからなくなるのかしら」

「確かに見事な小麦畑が続いているから、違いが僕にもわからないよ」


 コンラートは肩を竦める。

 そうして織物を持っていた方と出会った道まで来たけど、人がいる気配がしない。


「やっぱり家を直接訪ねましょうか」

「ああ、そうだね」


 教えてもらった家へ向かうと、その家の扉が開いて中から中年くらいの女性が出てきた。女性は私を見て驚きの声を上げる。


「ユーリさん?」

「ええ、お久しぶりね」


 その人こそ、私たちが探し求めていた人だった。


 ◇


「それにしてもどうしてここに?」


 私とコンラートは女性の家へ案内され、不思議そうな表情の女性に、お茶を振舞われながら聞かれた。


「いえ、以前見せてもらった織物の染色が見事だったから、また見せてもらいたいと思って。本当なら前もって連絡しないといけないのに、不躾でごめんなさい」

「ああ、そんなのはいいんですよ。だけど、結婚したって聞いたから、どうして領地にいるのかと不思議だったんです」

「実は新婚旅行で伯爵領に来たの。こちらが夫のコンラート」

「はじめまして。妻からお話をうかがって、私にも見せていただけないかと思いまして。こうして妻と一緒に訪ねさせていただきました」

「それじゃあ、あなたが子爵家の……私などに敬語など使わないでください。そんな上品な育ちじゃないもので落ち着きません」


 女性が困ったように言うのを、コンラートは苦笑しながら頷いている。


「わかったよ。ユーリがお世話になったようでありがとう。失礼なのは重々承知しているんだけど、見せてはもらえないかな?」

「もちろん、いいですよ」


 女性はいそいそと奥へ行くと、しばらくして様々な色の織物を抱えて戻ってきた。


「結構綺麗に染められたと思うんですよ」


 机の上に並べながら話す女性の声には自信が感じられる。その数々の織物を見ながら、コンラートも感嘆の声を上げる。


「……結構どころじゃない。見事な腕前だ。あなたはどこでこの技術を?」

「亡くなった主人から教えてもらったんです。元は主人の手伝いをしていたのですが、主人が亡くなったので王都の工房を閉めて、こちらにいる親戚を頼って来たんです。ただ、親戚は農家なので、その手伝いをしながら合間に趣味で染色をしてるんですよ」

「そうか……ちょっと聞くけど、こちらで工房を開く気はないかな?」


 コンラートの言葉に私は驚いた。でも、それ以上に女性が驚いたようだ。


「えっ? そんなのは無理ですよ! 工房を開くのも維持をするのもお金がかかるんです!」

「いや、僕が投資してもいい。というより、エリオット様もこれなら投資したいと思うだろうね。とりあえずエリオット様にも話を通しておいた方がいいか」


 コンラートはぶつぶつとこれからのことを算段しているようだ。困った女性は私に助けを求めて来た。


「ユーリ様、一体どういうことですか。私には何が何やら」

「実はね、今この織物が他国で人気があるそうなの。だけど、技術を持っている人が少ないから余計に価値が高くなっているらしいわ」

「……これが、ですか?」


 女性は怪訝に自分の染めた織物をしげしげと眺めている。


「ええ、そうなの。だからあなたを訪ねたのよ。ただ、お兄様がいないから、また明日お兄様と一緒に来てもいいかしら?」

「ええ、それは構いませんが……」

「ありがとう」


 それから簡単に明日の話をして、織物のいくつかを持ち帰らせてもらった。


 ◇


「どうだった?」


 夕方。帰宅してすぐ応接室に呼ばれた私たちに、待ち構えていた兄が期待と不安が入り混じった表情で聞く。


 これには私よりも楽しそうなコンラートが織物を広げながら答える。


「想像以上です。見てください。この色が今の流行りですが、こちらの色はまだ他国では見たことがありません。こちらもきっと人気が出ると思うんです」


 赤系、青系、そして緑色。それぞれ少しずつ色合いが違うものを借りて来たのだ。同じ色でも、色合いが違うと、風味も変わってくる。

 兄は前のめりになって目を瞠った。


「……すごいな。以前見せてもらったものと寸分違わない。これはいけるぞ……!」

「そうでしょう? 僕も目を疑いましたから。こんな見事な緑は見たことがありません。僕は仕事で職人から聞いたことがあるのですが、緑の染色は難しいそうです。自然の緑の植物で染色すると、色の維持ができず、灰色がかったくすんだ色になりやすい。だから青に染めてから黄色の植物を使って染め直して色彩の調整をするそうなんです。その匙加減が難しいからできない人が多いそうで、困ってましたね」

「そうなのか。その辺りは指導することで何とかなると思うか?」

「どうでしょうね。こればかりは体で覚えるしかないのかもしれませんね」

「どのくらいでものになるんだろうな」


 二人は早速、事業計画を立て始めている。私もわからないながらも話を聞いていると、不意に兄が私を見た。


「どうしたんですか、お兄様?」

「いや、お前には本当に感謝するよ。これで立て直しもうまくいきそうだ」

「いえ、私も伯爵家の人間ですから、何かできることがあるならしたいと思っていたんです。こうして少しでも役に立てて嬉しいです」

「だが、お前はもう子爵家の人間だ。後は俺に任せろ。お前にはお前のやるべきことがあるだろう?」


 兄の言葉はもっともだけど、もう伯爵家の人間ではないと突き放されたようで寂しくなって俯いた。


「そう、ですね……」


 すると、ふと頭を撫でられて視線を上げると、兄が優しい表情で私を見ていた。


「俺は何もお前が家族じゃないと言っているわけじゃない。嫁いでも妹は妹だ。だけど、あれもこれもと責任を負う必要はないんだ。お前は次期子爵夫人としてやるべきことがある。それを履き違えるなということが言いたいんだよ」

「お兄様……」

「わかったら休め。せっかくの旅行だろう? ただ、コンラートはしばらく借りるぞ。まだ話を詰めないといけないからな」

「わかりました。お兄様、コンラートをよろしくお願いします」


 兄と私が話していると、コンラートが苦笑する。


「ユーリが僕の保護者みたいだね。だけど義兄上の言う通りだよ。君は先に休んでいてくれ」

「わかりました」


 そうして私は応接室を後にした。その後の夕食は話に夢中になった二人がなかなか来ずに、私が呼びに行く羽目になったのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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