142 南方への空の旅
次の日の早朝。ミナト達は、風の大精霊が住まう南方に向けて出発した。
まだ夜明け間もない時刻だというのに、グラキアスやコボルト達、魔猪達が見送ってくれる。
「気をつけるのだぞ!」「元気でな!」「ぶぼぼぼ!」
「みんなも元気でね!」「わふぅわふぅ!」
「これは、あんパンと竜焼きと、クリームパンと……ルクス、健やかに育つのだぞ」
涙を目にためながら、グラキアスがお土産を沢山くれた。
「ありがとう、グラキアス」「わぅ」「りゃ~」
そんなグラキアスの頭を、ルクスが優しく撫でていた。
「ミナト、タロ様、我らからはこれを……」
「あ、醤油だ! ありがとう!」
コボルト族には醤油の製法が伝わっているのだ。
ミナトが醤油を受け取っている横で、
「ジルベルトさん、お約束の品です」
「ああ、助かる!」
「こちらこそありがとうございます」
ジルベルトがコボルトから大量のレトル薬を受け取っていた。
「ジルベルト、そんなにレトル薬もらってどうするの?」
「もらったんじゃない。神殿の予算で買ったんだよ」
「どういうこと?」
ジルベルトはコボルト印のレトル薬の宣伝をかねて、南方でも売りに出そうと考えたようだ。
「評判になれば、南の方から行商人が仕入れに来るからな!」
そうなれば、もふもふ氷竜村の経済基盤はさらに強化される。
「そっか、すごい! あ、サラキアの鞄に入れとく? 魔法の鞄よりずっとたくさん入るよ?」
「助かる!」
アニエス達も魔法の鞄を持っているが、神器であるサラキアの鞄の方がずっと凄い。
容量だって、比べものにならないぐらい、サラキアの鞄の方が大きいのだ。
「すまんな、ミナト。飲み水と食料をいれてると、どうしてもいっぱいになるからな」
水と食料は、旅先でいつでも入るとは限らないのだ。
「サラキアの鞄はいくらでもはいるからね! まだまだ入るよ!」
「それでしたら、我らのパンも持っていってください」
「いいの? あ、可愛い!」
「はい、形にもこだわってみました」
コボルト達はどや顔する。
犬の肉球をかたどったクリームパンと犬の顔をかたどったあんパンだ。
「かわいいね! これだとコボルト印ってわかるね!」
「はい! これを食べて、我々のことを思い出してください」
そういって、コボルト達は微笑んだ。
いっぱいお土産をもらいつつ、ミナト達は別れの挨拶を済ませた。
そして、名残惜しいのを我慢して、ミナト達はレックスとともに空へ飛び立つ。
レックスは大きくて立派な氷竜だが、それでもタロを含めた皆を背中に乗せて飛ぶのは難しい。
そのため、ミナト達は巨大な籠に入り、その籠をレックスは手でつかんで飛んでいた。
「うわぁ、高いですねぇ! いい景色です!」「んにゃ~」
「ね、高いね。速いしきもちいい!」「わふわふ」
コリンもコトラもミナトとタロも、空からの景色と高速移動が気に入った。
「ぴぎっ」「りゃむ」
「ぴぴぃぴぃぴぃ」
興奮気味のフルフルとルクスにピッピはこのぐらいの景色はいつも見ているとどや顔していた。
「ここまで高いと、逆に恐怖を感じないな。現実感がないというか」
「そうですね、とにかく風が気持ちいいです」
「人族の身では容易に見ることのできぬ景色ですなぁ」
「この景色は、きっと鳥でもそう簡単に見れないわよ」
ジルベルト、アニエス、ヘクトル、サーニャは景色に夢中だ。
「むむ? なぜ寒くない? 風も強くない……、やはりこの籠が魔導具?」
そして、マルセルは景色よりも籠に夢中だった。
小さなミナト、ルクス、コリン、コトラにフルフル、ピッピの重さはたいしたことはない。
だが、聖女パーティの五人とその装備と荷物、そして何よりタロが重い。
「レックス、だいじょうぶ? おもくない? 休憩する?」
「おお、ミナトありがとうな。だが余裕だ」
「ほんと?」
「ああ、籠は陛下が作った特殊な魔導具だからな。頑丈なのに軽いんだよ」
「グラキアスはすごいねぇ」
「ばうばう」「りゃ~」
ミナトの言葉にタロとルクスは同意した。
「レックス、やはり魔導具でしたか! 一体どのような材料を使って――」
「あー、俺も詳しくないんだがな、確かオリハルコンと魔石を――」
マルセルとレックスが籠について話し始める中、ミナトはタロに尋ねる。
「タロは何キロあるの?」
「ばう~?」
タロは自分はそんなに重くないと考えているらしいが、そんなわけはない。
「むむ~。タロは馬ぐらいに大きいから、そのぐらい重いかな」
「わふ」
「馬って大きいから多分二百キロぐらいあるよね」
ミナトは馬の体重が何キロぐらいあるのか知らなかった。
本当は小柄な馬でも三百キロを超えるし、大きな馬なら五百キロを超える。
「籠は軽くても、きっと重いよねぇ? タロはおおきいし」
「ばうばう?」
「あ、そうだね、レックス、タロが風魔法で手伝う? だって」
「あー、気持ちだけもらっておこう。本当に重くないぞ?」
「そっかー、すごいねえ。さすがレックス」「わふ~」「りゃりゃあ~」
ミナトとタロ、ルクスはレックスへの尊敬の念を強くした。
「そ、そんなに褒めるな、照れるだろ」
レックスは、特にルクスに褒められたのがうれしかったらしい。
照れたレックスの尻尾がぶんぶんと揺れた。
レックスは快調に飛んでいく。
おやつ休憩を午前と午後に一回とり、お昼に一時間ぐらい休み、また夕方まで飛ぶのだ。
日が沈むと、夜ご飯を食べて、テントを張って一泊する。
夕食後、ミナトは、ルクスを抱っこして優しく撫でているレックスに尋ねた。
「風の大精霊さんのところまで、大体どのくらいかかるの?」
「俺の羽なら、三日だな」
「そっか、レックスはすごいねぇ」
もふもふ氷竜村から、風の大精霊の住まう島までおよそ三千キロ離れているのだ。
その距離をミナト達を運びつつ三日で飛ぶのだから、レックスは相当すごい。
「だが、あまり近づけないからな。徒歩で余計に一日かかるぞ」
風の大精霊のすむ場所は、レックス達、氷竜が近づけない海竜の領域なのだ。
送ってくれるのがグラキアスではなくレックスなのも、王が近づけばより刺激するからだ。
「あ、ルクスも竜だけど大丈夫?」「わ、わふ?」
「大丈夫だ。ルクスは子竜だからな。竜は、種族に関係なく子竜には優しいんだ」
「……りゃむ」
レックスは愛おしそうに、寝息を立てるルクスを優しくなでた。
「そっかー、なら安心だね。風の大精霊さんが住んでる島ってどんなところ?」「わふわふ?」
ミナトとタロが尋ねたことは、アニエス達は当然皆知っていることだ。
大人達は責任感が強いので、グラキアスから詳しい話をしっかり聞いて準備している。
だが、ミナトとタロは子供なので、あまり事前準備や情報収集をしていなかったのだ。
「そんなに大きな島ではないぞ。もふもふ氷竜村と大して変わらないぐらいだな」
もふもふ氷竜村は円形で直径四キロぐらいの広さである。
「え? そんなに狭いところに海竜さんたち、みんなが住んでるの?」
「違うぞ。海竜達は島と沿岸部、周辺の海一帯を支配しているんだ」
そういいながら、レックスは地面に簡単な地図を書いた。
その地図によると、大陸側にいくつかの村があり、沖の方にはいくつかの島があるらしい。
どうやら、海竜達は直径三百キロぐらいの領域を支配しているようだ。
「村には、海竜さんが住んでるの?」
「海竜もいるが、基本的には人族の村だ。税もほぼないし、魚もうまいし住みやすいようだぞ」
海竜の領域ならば、人族の国や領主の支配は及ばない。
当然、お金で支払う税も労働で支払う税もかからない。
「でも、ほぼないってことは少しはあるの?」「わふ?」
「税はないが海竜への捧げ物はある。漁獲物から少しな」
もふもふ氷竜村ができる前、レックスは魔猪達から作物を受け取っていた。
そんな感じなのだろう。
「そっかー。おいしい魚は楽しみだね」「わふ!」
ミナトとタロがおいしい魚に思いをはせていると、
「だが、今は風の大精霊が暴れているから魚はあまり捕れないらしい」
「なんと!」「ばう!」
どうやら、暴風が吹き荒れ、海が荒れに荒れており漁どころではないらしい。
「問題はそれだけじゃないぞ。船では風の大精霊の住まう島には渡れないんだ」
「そ、そっか!」「わふわふ」
もちろんレックスなら空から渡れる。だがレックスは氷竜なので近づけない。
「だから、海竜に協力をもとめるしかないんだが……」
次期海竜王を巡ってもめているので、協力を得られるかわからない。
「そっかー、でも話したら協力してくれるよ。多分」「わふわふ」
「まあ、俺もそう思う。ミナトなら大丈夫だろうさ」
そういって、レックスはミナトの頭をわしわしとなでた。





