140 風の大精霊の噂
次の日の朝ご飯の後。
昨日のように、ミナト達が訓練していると、氷竜の執事長レックスがやってきた。
「陛下! それにミナトとタロ様も聞いてくれ!」
「どしたの?」「わふ~?」
ミナトは手から氷ブレスを上手に出しながら首をかしげた。
「例の調査結果が出たのか?」
ルクスを抱っこしながら、ミナトとルクスに竜の戦い方を指導していたグラキアスが尋ねる。
「その通りです」
「例の調査結果?」「わふ?」
「ああ、大精霊や聖獣の噂を調べていただろう?」
困っている大精霊や聖獣を助けることは、ミナトとタロの大切な使命の一つだ。
だから、氷竜や至高神の神殿、リチャード王に頼んで情報を集めてもらっていた。
「さすが氷竜だ。俺達はまだ有効な手がかりを何も得られてないからな」
そう言ったのは、昨日と同様にコリンを指導していたジルベルトだ。
「うん! ありがとう! すごくたすかる!」「わふわふ」
「お礼には及ばないさ。それで肝心の情報だがな――」
ここから人族の足で二月ほど南に行った島で、風の大精霊が暴れているらしい。
人族の旅人は、一日に五十キロ程歩く。それが六十日分。
つまり、南におよそ三千キロも離れていることになる。
「とおいね!」
「ばうばう」
タロは「僕が走ればすぐにつくよ!」と元気にいって、尻尾を揺らす。
ミナトは氷ブレスを手から出すのをやめて、タロの頭を優しく撫でた。
「そだね。でも、タロが思いっきり走ったら、めだちすぎるかも」
目撃した者は、高速で走る巨大な獣を見て、何事かと思うだろう。
「俺達が現地まで送ることができれば、すぐなんだが、事情があってだな……」
「事情? 事情ってなに?」
「ああ、風の大精霊のいる島が、海竜が治める領域で近づけないんだよ」
「海竜が治める領域だとどうして、近づけないの? 喧嘩してるの?」「あぅあぅ?」
ミナトとタロが首をかしげると、グラキアスが教えてくれる。
「喧嘩はしていないぞ。だが、今近づけば、喧嘩になるやもしれぬゆえな?」
「どして?」「わふ?」
「それがだな。今から五年前に海竜王が崩御なされたのだ」
崩御、つまり王が亡くなったのだ。
「今の海竜達は、次の王の座を巡って争っているんだよ」
「それゆえ、我達はあまり近づけぬ。氷竜がやってきたってなるといらぬ刺激になるゆえな」
「そっかー」「ばう~」
今、氷竜が海竜の領域に近づけば、王を巡る争いに介入しに来たと誤解されるかもしれない。
万が一、絶大な力を持つ氷竜と海竜の間で戦いが起これば、周囲への影響が大きすぎる。
「海竜王が存命であればな。今から行くと連絡すれば良いだけなのだが、厄介なことだ」
「海竜王はどうして亡くなったのです? まさか呪神の使徒が?」
剣の素振りをいったん止めたコリンが尋ねる。
「いや、それはない。老衰だ」
「竜が老衰するのか?」
ジルベルトが驚いて目を見開いた。
「ああ、海竜王は十万歳を超えておったし。ここ千年程度はほとんど眠っておったしのう」
「俺も陛下といっしょに葬儀に参列したが、呪神の気配などは皆無だったぞ」
「そっかー。じゃあ、南に歩いて行こっか」
「ばうばう!」
タロは「ソリをひく!」と張り切っている。
氷竜王の山に登ったとき、ソリをひいたのが楽しかったらしい。
「タロ、多分雪が積もってないから、ソリは無理だよ?」
「ばう~……」
「でも、馬車、いや犬車ならいけるかも! でも目立つよね」
「ばう!」
ミナトとタロがそんなことを話していると、レックスが言う。
「いや、現地までは送れないとは言ったが、近くまでは送れるぞ?」
「大体、人族の足で一日ぐらいの距離までならば問題あるまいよ。遠慮せず送られるがよい」
「そっかー。助かる、ありがと」「ばうばう!」
馬車ならぬ、タロ車も速いが、レックス達に送ってもらった方が速いのは間違いないのだ。
それから、ミナト達は、南方に行く準備をすることにした。
準備と言っても、荷物の準備はほとんど無い。
ミナトとタロの準備は、仲良くなった者達への挨拶周りだ。
まず、ミナトとタロは、もふもふ氷竜村の皆に出立することを告げてから、鉱山に向かった。
ミナトとタロに同行するのはルクス、フルフルとピッピ、コリン、コトラ、それにレックスだ。
アニエス達は、ノースエンドの神殿や領主への挨拶などがあるので別行動である。
鉱山で挨拶するのは、地の大精霊モグモグや鉱山周辺に住まう聖獣達だ。
鉱山には、ミナト達が作った地の大精霊の祠があり、そこに行けばモグモグに会えるのだ。
「モグモグ、実は風の大精霊を助けるために南の方にいくことになったんだ」「ばうばう」
「さみしくなるです」「りゃ」
ミナト達が挨拶すると、ピッピ、フルフル、コトラは無言でモグモグに体を押しつける。
「……さみしくなります」
モグモグはピッピ達を順番に撫でて抱きしめた。
「また、戻ってくるからね」「ばうばう」「お元気で」「りゃむ」
「はい、どうぞご無事で……、大変お世話になりました」
ミナトとコリン、ルクスはぎゅっとモグモグを抱きしめる。
タロはモグモグをベロベロと舐めた。
それから、ミナト達は鉱山周囲の聖獣にも挨拶する。
鉱山周囲で契約したのはネズミ、狐、狼、熊、虎の聖獣達だ。
鉱山周囲の聖獣に挨拶した後は、森へと向かう。森にいるのは、氷の大精霊モナカと聖獣達だ。
モナカ達への挨拶を済ませると、次はレックスに乗せてもらって氷竜王の王宮へと向かう。
氷竜達はルクスとの別れを惜しんで、いつまでもルクスの匂いを嗅いでいた。





