飲んで話すだけ
「あぁ、気にしないでください。どうにも気がしただけで実際に聞こえたわけじゃないみたいですから」
「本当?あの方、君にはいい顔しいだから……まぁいいか。」
額に冷や汗を浮かべたエンケスが疲れたようにため息をつくと、寒気のせいで酔いが冷めてしまったのかグラスに半分ほど注がれていたワインをグイっと一気に呷った。そうして気を取り直すと話の続きをし始めた。
「あの方からそこにいる推しの話を小一時間されたかと思うと、『演者は宝じゃからしっかりと護れ』と言われてね。無論、これまでも護っているつもりではあったが――さらに強化したよね」
「あ、だからいきなりTwitterで誹謗中傷行為に対するすんごい詳細な声明だしたんですね」
うん、その声明は俺も見てた。確かヤマダと出会った東荒ダンジョンでの依頼を終えた翌日に発表されていたな。その時はタイムリーだなーなんてのほほんと考えていたんだが、まさか裏でそんなやり取りが行われていたなんて。
実際にその声明によって完全に誹謗中傷が消えた――訳ではないが目に見えて数は減っていたようだった。
ってかヤマダそこは「わえがりゅーたんを誹謗中傷する輩を片っ端から潰す」とかじゃないんだな。そこら辺の分別はあるんだ、俺から酒をせびることはあるくせに――む、少し冷えたか?温度耐性のスキルを付与する赤大蛇の帯皮を付けているはずなのにな……?
「平気そうですね?」
「なにが?」
「いえ、流石だなと」
変なことを聞いてきた須藤さんに聞き返したが、よく分からない答えが返ってきた。寒気がしただけで流石とはこれ如何に。あ、でもちょっと涼しくなったから次は熱燗頼んじゃいましょうかね。食べ物も減ってきたし――おっ、白子ポン酢あんじゃん。オーロラは次何食べたい?あ、板わさね。
早速運ばれてきた鱈の白子ポン酢に舌鼓を打つ。斑タラの白子を食べたことある身からするとこの白子――も十分に美味しいな。熱燗に非常に合って最高です。ほら、2人も食べてみなよな。
「誹謗中傷ということであれば譲二、君の方こそ大丈夫なのか?個人勢だろう?」
「ん?あぁ、問題はないな。そりゃ無いとは言わないけどなんて言えばいいかな……見てもあんまり響かないというかどうでもよくてな。それこそ個人勢だからかもしれんけど」
白子ポン酢を頬張りながらも俺を本当に心配するようにエンケスがそう言ってくれる。しかし、強がりでもなく本当に平気なのだ。そういうコメントを見たとしても「HAHAHA抜かしおる」くらいにしか思ってない。あ、もちろん配信上のコメントで荒らすようなやつがいたらNGにぶち込んだりするようにしている。
「そうか?……分かった。当の本人が言うのであればそうなのだろう。ただ、いつでも相談してくれて構わないからな?弁護士を紹介することもできるからな」
「おーありがとう、そん時は頼らせてもらうわ」
「ワタシも凍らせてるからね!」
「ん?おう?」
なんかオーロラがエンケスに対抗するかのように胸を張って宣言してきたが、凍らせてるって何を。いや、お得意の氷魔法でモンスターを凍らせてくれているのは非常に助かっていますけども。ほら、板わさお食べよ。
「しかし何だ、須藤さんはヤマダ様とは仲良くやれているのだな」
「え、なんですか突然?座長にもそういう人?方?いるんですか?」
「あぁ、いるとも。どこかで聞いたことはあるだろうが――"真祖ドラキュラ"。言ってしまえば御爺様さ、高祖父以上のだがね」
「本当にビッグネームじゃん」
吸血鬼といえばもしかしてと思っていたら案の定ドラキュラ伯爵ですか。昨今、ドラキュラを吸血鬼自体を指す言葉としても用いられているが、確固たる一存在としてちゃんといるんだな、ドラキュラ伯爵。しかも真祖だし。
「仲自体は悪くはないのだが……幼少期の時に色々スパルタ教育されてね。今でも苦手意識があるんだよ。そのおかげで今こうして社長として活動できているし、戦えてはいるのだが」
「へぇ……ってエンケス、あんた戦えるのか?」
「無論だ。事務所設立の資金は俺がダンジョンで稼いだからな。今でもダンジョン企画の補助で演者やスタッフたちと潜る時がある」
「え?座長あれ行ってたんですか?」
ExStremerにはアイドル路線やゲーマー路線など数々のグループが存在する。その中でもこの時代に即して冒険者グループというのも存在している。活動内容としてはそのまんまダンジョンでの探索をメインにしているものみたいだが、その中に演血影雅はいなかったはずだ。
「スタッフを含めいくら彼らが実績のある冒険者でも万が一があるからな。俺も同行すれば心配もいくらか減るという訳だ。カメラに映らないのは――演血影雅は戦闘とかするキャラではないだろう?」
「黒幕ですもんね?」
「黒幕ではないが?清廉潔白な座長だが?」
じゃあなんであんなに演血影雅の基本立ち絵、ちょっとダークな雰囲気あるんだよ。え?その方が受けがいいからって秘書が言っていた?まぁ、実際に人気があるわけだしその秘書さんの判断は間違えてないのだろうな。
「上位存在といえば譲二、君はユグドラシルにもう会っているのか?純粋なエルフがこの世界から消えてから確か今はハーフエルフたちが傍に仕えているのだろう?」
「あれ、ユグドラシルのこと知ってたのか。ちゃんと会ってるから大丈夫だぞ?」
一瞬須藤さんが話してしまったのかと思ったが、彼女も驚いたように目をパチクリとさせていたからこれは白かな。そもそもユグドラシルの素材を使って料理したことを話していたら「会っているのか?」なんて聞かないか。
「なんならユグドラシルの素材食べてるし」
「ハハハッ!いやいや、流石に酒の席でもそんな冗談には騙されないぞ?」
本当なんですが?
とまぁそんな感じで割と重要そうだがとりとめのない会話を繰り広げながらも今日の酒宴は終わりを迎えた。特に世界の危機とかそんな話はなかったな……まぁ平和が一番ということで。オーロラ、帰ったらお茶漬け食べようぜ、禁忌のお茶漬けの素2袋入れをしてな!
本当に世界の危機とか重大事件に巻き込まれてるとか、ないです。平和です。




