食の好み
「日光に弱いってのは?」
「あぁ、それは本当だ。何の対策もせずに日光を浴びると火傷してね。おかげで日中外に出ることになれば日焼け止めクリームや日傘は手放せない」
聞いておいてなんだが、この吸血鬼弱点めちゃくちゃ話してくれるな。もちろん手を出すつもりはないが……信頼してくれているということだろうか。会って一時間も経過していないはずなんだけどな。
それにしても日光を浴びて火傷か。日焼けは皮膚の火傷とは聞いたことがあるが、吸血鬼はそれの酷いバージョンなのだろうか。それはなんとも厄介な体質――え?あぁ、配信者としての活動にはあんまり支障をきたさないのね。それもそうか。
おっと、そんな話をしているうちに次の料理が来たようだ。今回運ばれてきたのは先ほどまでの居酒屋定番メニューの無難なチョイスとは異なり、それぞれがそれぞれの好みで注文した料理が並べられていく。それには当然オーロラも含まれている。――料理が来たときは認識阻害アイテムで隠れてるけど。
「あ、やっぱりそういうの好きなんだ」
「そうだな、吸血鬼は生肉を好むものが比較的多い。これにおろしにんにくをつけて食べてワインを飲むのが最高なんだ」
「一切れもらっていいですか?」
「構わないとも」
エンケスは馬レバ刺し。結構な量のおろしにんにくをトッピングして生肉を食べる様は中々に絵になる。にんにくが無ければエンケスが吸血鬼という情報を知らない人でも吸血鬼を連想させるようなピッタリさがそこにあった。
ちなみに俺も一切れもらった。こりこりプリプリとした食感でさっぱりとした味わいで素晴らしい。聞けばもう少しお高い焼肉店とかだとダンジョン産の牛系モンスターの生レバーを提供することもあるのだとか。
「須藤さんは相変わらずワイルドに食べるなぁ?」
「それは誉め言葉として受け取っておきますね、座長?ドラゴニュートになってからこうして食べるのが一番美味しく感じるようになったんですよ」
「そういうところにも影響出るのか……」
須藤さんは雛鳥の半身揚げ。面白いのが普通は半身揚げといえば、色んな部位に解体してからそれぞれ食べていくというものだが、須藤さんはすべて繋がった状態で齧りついた。しかし、その食べ方にはワイルドさは感じられても汚さは一切感じなかった。どんな技術だよ。だが、彼女のその食べる様はとても絵になった。
「オーロラちゃんは……そういえばわさび好きでしたね?」
「それ、ツーンとならないのかい?」
「ナルけどオイシイよ?」
「オーロラ、一つもらってもいい?」
「イイヨ!ミンナも食べてもイイヨ!」
オーロラは涙巻き。うん、この妖精女王様、ブラウンシチューも好きだけどわさびも好きだからこういう渋いものもチョイスしちゃうんだよね。すりおろしわさび、刻みわさび、花芽わさび、葉ワサビとあらゆるわさびに加え、細切りにした山芋を入れた一品。――イカン、わさびがゲシュタルト崩壊起こしそうだ。
オーロラ様からありがたくもおすそ分けいただいたので、一切れいただく。んんっ!わさびのツーンとした風味が鼻にきて思わずその名前通り瞳に涙がたまってしまう。他の連中は……須藤さんはおいしそうに舌鼓を打っている。エンケスは――あ、すごい勢いで咳き込んでる。ほら息を鼻から吸って口から吐くといいらしいぞ?
「それだけの天ぷら盛り合わせは初めて見るな」
「緑しかないですね……ハッ!一面のクソミドリ……!?」
「家で作ればヨクナイ?」
「甘いなオーロラ。お店で食べる天ぷらもいいものなのだよ」
俺は天ぷらの盛り合わせ――厳密にいうのであれば大葉のみの天ぷらの盛り合わせだ。いやだってタッチパネルで盛り合わせの内容選べる仕様になってたんだからそうするでしょう!
では一口。ポテトチップスよりも軽い食感に大葉の風味――ムムッ!この天ぷらの衣自体にも味がついているな!?出汁か?出汁を入れているのか?ほら、みんなも食べてみなよ美味しいから。
それぞれの料理を食べながら、時にはおすそ分けをしながらも話は続いていく。
「もしかしてエンケスって須藤さんがドラゴニュートになるの分かってた?」
「そんな訳はない。彼女が亜人になったのは全くの偶然だ」
「にしては対応早かったですよね?私的にはありがたかったですけど」
「亜人が社長を務めている事務所なんだ。亜人がライバーになるためのマニュアルは作成していたさ。ゆえに驚いたさ、まさか所属の人間ライバーが亜人に変異するとはね」
なるほどねぇ、そういうこと。……あれ?その口ぶりだと須藤さんとエンケスの他にも亜人がいるとも取れるような……あっ、すごいエンケスさん営業スマイル。聞くな、と。そうだね、プライベートな話になっちゃうもんね。
「まぁそんな訳で須藤さんの活動自体は問題なかったんだが……俺の受難はその後なんだ」
「というと?」
「ドラゴニュートになってからの須藤さんの活動が安定し、日本全土を巡った謎の地震の数日後。社長室で仕事をしていた時にやってこられてな。その――厄介ファンが」
「あっ」
その時期の厄介ファンといえば、容易に察しがついてしまう。ヤツだ。ヤツがエンケスの前に現れたのだ。
「分かるかい、譲二?面倒な案件をようやく片づけ切り、一息ついたと体を伸ばそうとしたところにやってきたバケmn――上位存在が目の前に現れた時の俺の気持ちが!――っとぉなんか寒気が!」
「"なんか不敬な気配を察したのじゃが"だそうです。誤魔化しておきますね?」
「須藤さんサラッととんでもないことしてない?」
「巫女ですから」
巫女ってスゲー。




