死中に活を求めるエルフ
宝箱の中身を凝視する。中には矢が一本。矢尻に蔦のような文様が描かれたそれ以外は至って普通な矢が一本だけだ。宝箱を両手で持ち上げ逆さにし、数度振ってみる。中から一本の矢が落ちる。それだけだ。え?空になった宝箱の底を触れてみる。……うん!そこにあるのは底だけだな!仕掛けがあるとかじゃないのかよ!
マジでか?中に入っているのが矢が一本だけ?弓は?そこは弓とセットで入ってるものじゃないの?ここはもっとこう、窮地を逆転できるようなアイテムが入ってるんじゃないの!?宝箱にハズレなんてあったっけ!?
「ジュアアアアアア!!」
アッカン!振り返ると、キレたアカオオダイショウが俺に気付いちゃったみたいでこちらに相貌を向け、怒りに満ちた鳴き声を上げて空気を震わせる。蛇なのに鳴き声とはこれ如何にと思うのはどこか俺の心の中に余裕があるのだろうか。それでも絶体絶命なのは変わらないけど。
「オーロラ!」
「――!」
無駄だと分かっていても、オーロラに氷魔法の発動を頼む。が、それは不発に終わることとなる。発動は出来ていたように見える。が、氷塊が出来る上がる前に溶けてしまったのだ。これにはオーロラも悔しそうに歯噛みをする。
「クソがっ!」
やぶれかぶれで残された最後のトラバサミを投げつける。これで少しでも時間稼ぎが出来れば――なんて都合のいい話でしかなかった。アカオオダイショウも馬鹿ではない。再三喰らってきたトラバサミを今更正面から喰らうなんてあり得ない。奴の顔に届く前に尻尾で叩き落とされてしまった。幸いというべきか、壊れてはいなかったが……拾いに行こうとすれば即座に叩き潰されるね。
判断間違えたかな。あそこで冒険者2人を助けようとしなければ……知らぬ存ぜぬを通せば或いは生きていられたかもしれない。少しばかり、エルフになって得た身体能力を過信し過ぎたのかもしれない。
「オーロラ、やっぱりお前だけでも――」
「――!」
駄目ですか、そうですか。とは言え……奴さんもオーロラを逃がすつもりはないようだ。怒りに染まろうとも極めて冷静に即座に俺達をバクンと一呑みできるように顔を近づけている。死ぬかな?……死ぬかもね。が、ただで死んでやるつもりはない。最期の賭けだ、俺の右手に握り締められたこの矢!
「せめて俺達よりも先にこれを喰らえやああああああああ!!」
これでも小学生の頃、少年野球チームに所属していたんだ――セカンドだったけどな。バックホームの要領で矢をスローイング!まぁ、ね。こんな矢一つ……弓でもあれば別なんだろうけど、投げたところでアカオオダイショウに避けられるなり叩き落とされるのがオチだよ。あぁ、ごめんなオーロラ。せめてお前を隠しエリアにおいて来ればよかった。
ドチュンと鈍い音が聞こえた。俺が喰われた音?いや違う。その音は俺の前――アカオオダイショウの方から聞こえた。思いっきり投げたから下がっていた視線を奴の元に戻すと、信じられない光景が広がっていた。
「ジュ、ジュア……」
「はい?」
「――?」
円があった。そして、その円の先に首の半分ほど消し飛んだアカオオダイショウが見えた。最初に見えた円もただの円ではない。奴の太い尻尾の中心がまるで書類に穴をあけるパンチで開けられたように綺麗な円で繰り抜かれていた。
え、まさか今投げた矢のおかげかこれ!?嘘だろ、だとしても仕留めきれてないじゃん!確かに大ダメージは与えられただろうけど奴はまだ生きている。この間に逃げる?今ならば逃げきれ――ん?いつの間にか右手が何かを握り締めてる。視線を右手に落とすと……今しがた投げたはずの矢があった。……どゆこと?いや、そんなこと考えるよりも!
「オルァ!」
今度はしっかりと、狙いを定めて投げつけた。矢は投げたにも関わらず、弓で射るかのように真っ直ぐと尻尾に繰り抜かれた円の中心を通り過ぎ、そこに当たれと願った通り、アカオオダイショウのど頭をぶち抜き、消し飛ばしてしまった。
「…………」
アカオオダイショウは残された首から何やら断末魔のような空気が放出される音を立てながら、倒れた。ピクピクと死体が痙攣しているようだが、意思をもって俺達を襲ってくるようには見えない。
つまり、これは……?
「勝った、のか?」
「――!!」
茫然とする俺の頬にオーロラがしがみ付き、頬ずりをする。そこから感じる温もりが俺を現実に引き戻し、同時に力が抜けていくのを感じた。
あー、やっばい、脚に力が入らない。ヘロヘロと腰が重力に逆らえず地面に尻もちをついてしまう。
「あは、あははは。生きてる。生きてるなぁ……!死んだかと思ったぁ!」
目からボロボロと涙がこぼれる。止めようと思っても止まらない。あぁ、良かった。まだ生きていられる。まだオーロラと一緒に配信できる。
気付けばオーロラも涙を流していた。初めてだな、オーロラが泣くところを見るのは初め……いや待て、刺身盛り合わせの時わさびで泣いてたな。
あ、アカオオダイショウのそばに装飾が豪華な宝箱が現れてる。モンスターから出てくる宝箱はそのモンスターを絶命させて初めて出現する。本当に倒せたんだな……よし、中身を確認してアカオオダイショウの死体を片付けたら受付の方に連絡しなきゃね。今頃冒険者たちが俺達を探し回って――
「おおおおおおおおおおい!!譲二さぁあああああああああん!!!生きとるんかぁあああああああああああ!!」
……何か、聞きなれた関西弁が聞こえてきますね。何か、1つじゃない足音がこちらに向かってきてますね!あっヤバい!まだ足に力はいらない!
ジョージはこの場からにげられない!▼




