金魚と飴と妖精
「金魚ってオーロラ……」
そこで言葉を一旦止めて翠ちゃんの方をチラリとみる。彼女は焼きそばに夢中になっており、こちらの話には気づいていないようだ。俺は声量を少し落とし翠ちゃんに聞こえないように止めた言葉を続けた。これから出す名前は、あまり人の耳には入れない方がいいからな。
「ウチには親分がいるでしょうが」
「オヤブンはペットじゃないよ?」
ついノリで親分を引き合いに出してしまったが、確かに親分マンドラゴラをペットと言い張るにしては、子分であるマンドラゴラを育てて提供したりと家計に貢献しているな。うん、アイツはペットではないな。言うならば居候か。
まぁ、反射的に犬を飼いたがる子供を嗜める親の様な事を言ってしまったが、別段金魚を飼うことに反対はしていない。ただ我が家に金魚を泳がせるための水槽は無かったはずだ。流石にそんな状況で金魚を迎え入れるのはいささか可哀想では無いだろうか。どうしたものかとオーロラと共に唸っていると、こちらの様子に気付いた翠ちゃんがやって来た。
「どうしたの?」
「いやぁ、オーロラが金魚飼いたいみたいなんだけど、うちに水槽無くてなぁ」
「水槽?確かおじいちゃん達の家に使っていたのがあったはずだよ?」
「――え?マジ?」
「マジっていうか、覚えてない?昔おじいちゃんたちの家の玄関にあったじゃない」
その言葉に記憶を手繰り寄せてみると、そういえば子供の頃巣守さんちに遊びに行った時に玄関に熱帯魚とかいたような……それだけじゃなく透明なエビもいた……よな?そうだそうだ!あったわ水槽!あれ、でも今は飾ってなかったな。
「おじいちゃん達のことだからまだ家のどこかにあるはずだし聞いてみるよ。電話してくるからちょっと待ってて!」
「ホントウ!?スイちゃんアリガトウ!」
まさかの助け舟にオーロラは喜色満面な笑みを浮かべて翠ちゃんの周りを飛ぶ。翠ちゃんは翠ちゃんで、オーロラにいいところを見せて照れくさそうに笑うとスマホを持って外に出ていった。
結論から言うと、水槽は既に別の人に譲ったそうだが、それとは別に金魚鉢ならあったそうなので、それを譲ってくれることになった。おまけに使っていたヒーターや照明器具、砂利といった残しておいたものも付けてくれるという太っ腹振り。これは――後日アカオオダイショウ酒をおすそ分けしなければいけない案件だな。
よし、それじゃあ後は俺の仕事だ。オーロラのためにイキのいい金魚を掬ってやろうじゃねぇか!
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「嬢ちゃん取りすぎ取りすぎ!うちの屋台は持ち帰り一匹だって決まってんの!限界まで行きすぎだろ!」
「すいません、興が乗っちゃって……」
はい、掬い過ぎました。やってみると意外と面白くて、気づいたころには1枚のポイで容器が金魚で一杯になるほど掬ってしまっていた。しかしそうか、昨今の金魚すくいには持ち帰りに制限があるのか。ただ、戴く予定の金魚鉢を事前に写真で見せてもらったが、そこまで大きいものじゃないようだし、1匹で丁度いいか。
さて、数多の金魚の中から一匹を選ぶことになるのだが、こんな人の目線がある中で選んでもらうためにオーロラを出す訳にはいかない。俺が選ばなくちゃいけないのか……ううむ。よし、決めた。掬い上げた金魚の中で特に尾びれがひらひらとして大きいものを選んだ。こいつ、赤と白のコントラストが綺麗だな。オーロラも満足してくれることだろう。
「あぁ、こいつか。……んん?こんな奴いたっけか?まぁいいか。ほら、大切に育ててくれよ」
「ありがとう、おじさん」
「私のポイ、金魚に故意的に貫かれてる気がするんだけどぉ!?」
何か気になることを言っていたが、これだけの金魚を育てているんだ。寧ろ一匹一匹見分けがつく方がすごいだろう。選んだ金魚をビニール袋に入れてもらったものを受け取り、1匹も獲れずに項垂れている翠ちゃんを引っ張り起こしてその場を後にする。ちなみに翠ちゃんはゲームとして掬いたかっただけで、金魚はいらないとのことだった。
祭りの中心に建てられた立派な櫓。そこで大太鼓が心臓を震わせるほどの音を響かせる。櫓の周りを囲むように人々が円を描き、これまた大音量で流れる音楽にノッて盆踊りを踊る。俺達はそれを遠くで眺めていた。踊らない理由は単純なもので、気恥ずかしいというだけだ。それでも見ているだけで楽しくなってくるってんだから不思議なものだ。
こうして、エルフになってから初めての夏祭りは終わった。……しかし、仕方ないこととはいえ、オーロラを外に出す時、隠し続けなければいけないのはオーロラにとってストレスかもしれない。装備モールの時に武道さんに聞いた話だと滅多に出回らないと言っていたが、少し探してみるか。
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盆踊り大会を見届けた後の帰路、ようやく人目に付かなくなったところで巾着袋からオーロラが飛び出した。早速俺が持つビニール袋の中で優雅に泳ぐ金魚とご対面だ。金魚の方もオーロラに気付いたのか、その視線をオーロラに向けてまるで会話をするかのようにパクパクと口を開閉させる。
「ワァ!キンギョ!」
「オーロラの好みが分からんかったけど、この子でよかったか?」
「ウン!この子選ぶなんてジョージ凄い!」
「ハハハ、そうだろうそうだろう。俺の審美眼は確かだからな!――っと、そうだ。オーロラ、はいこれ」
「ナニコレ!綺麗!」
オーロラに差し出したのは、祭り会場から出る時に見つけたりんご飴だ。それもただのりんご飴じゃない。りんごの中でも特に小さい品種を使った姫りんご飴だ。普通のりんご飴そのままならオーロラには少々食べにくいだろうが、ガチャガチャのカプセルほどの大きさのこれならば、問題なく食べることが出来るだろう。
月光に照らされてまるで宝石のように光り輝くりんご飴にオーロラ大興奮だ。すぐにでも噛り付くかと思いきや、予想外にも食べずにじっと見つめ、りんご飴に負けないくらい羽に月光を反射させながら華麗に辺りを舞う。
「食べないのか?」
「モウチョット!お祭りを味わってから食べる!」
「――そうか」
ずっと巾着袋の中にいて不満だったかと思ったが、それでもオーロラは祭りを楽しんでくれたらしい。来年は大手を振って行ければいいな。俺は秘かにそう願った。……そろそろ夏も終わるな。




