27 ノンナのお留守番(2)
ノンナのお留守番二日目。
夕方、男に面会に行き、牢番が去って二人になったらすぐに中に入って鉄格子を切り始めた。
窓が高い位置にあるから肩車をしてもらって私が切る。分厚い革で糸鋸を覆うようにして音を消しながら切る。やりにくいけど、この革を被せないと『ザリザリザリザリ』と普段ここではしない音が響いてしまう。
道具は金属切断専用の糸鋸だ。両端の輪に指を入れて使う型。これは秘密の隠し場所に忍ばせてきた。鍵開け用の道具も同じく。
面会時間の長さと外の巡回の頻度を考えると、切れるのは全力で頑張っても一日に一箇所。鉄格子の上下どちらか片方を切るのが限界だった。鉄格子は五本ある。正確な処刑の日時を調べようかと思ったけど、それはそれで時間を取られるし、城務めの文官は優秀だから余計な警戒心を持たれたくない。
糸鋸を使いながら男の妹の居場所を聞いた。
「妹は家にいる。俺が居なくなって食べ物をどうしているのか心配だ。人前に出られなくなっているんだよ。心の病なんだ」
なるほど。妹さんは生きてることを願うしかない。
上下を切断した鉄格子には小さな黒い革を挟み込んで固定しておく。一見したぐらいでは切断されているとはわからない。
男は何度も
「なぜ見ず知らずのあんたが助けてくれるのか。妹が何か頼んだのか」
と尋ねる。私は変装してるし、夜会の時は暗い中ですぐ気絶させてしまったから私のことには気づいていない。
「私のためにやってることだから。気にしないで」
とだけ答えた。男にはわけがわからないだろうけど、それでいい。
少し早めに牢獄を出て、元通りに鍵をかけた。牢番の詰め所に声をかける。
「ありがとうございました。明日も来ます」
「明日も身体検査はするぞ」
牢番がそう言うと他の牢番たちが下品な感じに笑った。好きなだけ笑えばいいさ。
お城を出た後、荷車を売っている店を訪ねた。
荷車を買って馬を繋いだ。貸し馬屋から借りた馬は大人しいだけではなく賢くて、ちゃんと私の言うことを聞いて荷車を引いてくれた。
馬を操って王都の南区の外門の近くにある農家を探して訪問した。
「すみません、こんにちは!」
声を張り上げると恰幅のいい奥さんが対応に出てくれた。
「手間賃をお支払いしますので数日間、荷車を預かってもらえませんか?あとからこの馬も届けます。馬の世話代は別にこの金額でお願いできると助かります。前払いしますので」
「なんで荷馬車を預けるの?」
農家の奥さんが訝しげに尋ねる。
「弟の結婚を父が許さなくて。弟は家に連れ戻されるのを恐れて王都を出るって言うんです。しかも父に見つからないように遠くまで二人で歩いて行くって。それを聞いたら私、せめて荷馬車くらい結婚祝いに贈ってやりたくて」
目を潤ませて話をしたら奥さんが納得してくれた。
「いいよ、わかった。預かるよ。馬の世話もちゃんとしておく。心配いらないよ」
「ありがとうございます!あと何日かで弟たちが来るはずです。弟の婚約者が先に来るので納屋で待たせておいてください」
「わかったよ。あんたも頑固な父親を持って苦労するね」
「奥さん、ありがとうございます。一生恩に着ます!」
「なんだい、大げさだね」
貸し馬屋に馬を返して大急ぎで家に帰った。
「ただいま!」
「ビッキーおかえり!」
「さあ、夕飯にしよう。ありあわせで作っちゃうね」
今日の留守番は四時間。昨日も今日もちゃんと帰ってきたのでノンナは安心したらしい。
その日の夜中、ノンナが眠っているのを確認して家を出た。ここからは走った。
男に教わった家を訪れてドアをノックすると、怯えた若い女性の声がした。
「誰?こんな時間に何の用?」
「静かに。あなたのお兄さんからの伝言よ」
良かった、妹さんはちゃんと生きてた。
ドアを開けてもらい、彼女の兄からの伝言と私からの用件を伝える。伝えたことを理解したか復唱してもらう。
「いい?絶対に紙に書いたり人にしゃべったりしないで」
「もちろんです。あの、あなたのお名前は?」
「ケイト」
「ケイトさん、なんでこんなことしてくれるんですか?もしかして、マリアたちがあなたに頼んだんですか?」
「……それ、誰?」
「私の前に侯爵様に同じことをされた人たちです。マリア、ルナ、エリザの三人が同じ目に遭ったって、後から聞かされました。あの人たちとは関係ないんですか?」
「関係ないわ」
妹さんが怪訝そうな顔になる。
「ここから先はあなたに体力がないと何もかも台無しになるの。人の目があろうがなかろうが、食べ物を手に入れてしっかり食べて。お金はある?」
「あります」
妹さんの目が少し泳いだ。無いのか。
「これ、少しだけど遠慮しないで使い切るつもりで食べ物を買いなさい。食べて眠って体を動かす。わかった?あなたが足を引っ張って捕まったりしないようにしてね」
コクコクとうなずく妹さんを後にしてまた走って家に戻った。さっさと二人の身分証を作らないと。
三日目。
案内の牢番がいなくなったらすぐに鍵を開けて中に入り、男に肩車をしてもらう。高窓の鉄格子を切ることに専念した。鉄格子は五本あるのだ。そんな日を数日続けた。
後日。
鉄格子が残り二本になったところで再びヘクターのところへ。
「日時を指定したいんです。この日のこの時間で」
「今になって日時の指定かよ。少し割り増しだな」
「ええ?どんどん料金を上乗せするじゃないの。もう……わかったわよ。じゃあ、アタシはこれしかお金がないのに!」
「ああ、まあ、それでいいや。三日後のその時間に迎えを送り込んで、行き先は南区の外門の手前までだな?」
「ええ。お願いしますね」
私は今、最後の一箇所を切っている。
連日の不自然な姿勢での作業で腕がプルプル震える。だけど腕の悲鳴は無視してひたすら鉄格子を切る。
男が肩車をしながら話しかけてきた。
「ねえケイトさん、なんで俺を助けてくれるんですか?妹は本当に無事なんですか?」
「妹さんは無事。あなたたちを助けるのは私のため。それ以上は言えない。……よし、全部切れた。今日はこれで帰るわ。下ろして」
鉄格子を切るのもだいぶ手早くなっていた。
翌日は逃げるだけだった。
面会してすぐ、黒い革の小さな切れ端を挟んで固定してある鉄格子を取り外した。
私が手を貸してまず男に高窓を抜け出させる。自分は窓に飛びついて抜け出した。窓は横長で縦に短い。男が痩せていて本当に良かった。
事前に植え込みの中に隠しておいた出入り業者の服に二人で着替えた。笑顔で会話しながら巡回の兵士の近くをのんびり歩いて馬車置き場で待っている制服業者の荷馬車に乗った。
屋根付きの荷台には軍人の鍛錬服や侍女のお仕着せを入れて来た大きな空箱が置いてある。私たちはそれぞれ素早く箱の中に入った。
御者はヘクターの指示に従っていて、ただの駆け落ちの手伝いだと思っているだろう。そのせいか城門を出る時も門番に話しかけたりして実に堂々としたものだった。
面会開始から一時間以上過ぎて脱獄が発覚したであろう時刻には、私たちを乗せた制服業者の荷馬車は、とっくに王都の南区にある外門の近くまで来ていた。
外門の手前で荷馬車から降り、馬と荷車を預けておいた農家が見える場所まで男を案内した。
「あそこの農家に声をかけて。妹さんの婚約者のふりをするのを忘れないで。妹さんは納屋で待ってるはずだから」
「何から何まで本当にありがとうございました。ご恩は一生忘れません!」
「いい、忘れていい。これ、途中の宿代と新生活のためのお金。盗まれないよう小分けして持つのよ」
「ケイトさん……」
「泣いてないで早く行って。生きることを楽しんでね。それと、馬を可愛がってあげて」
男の背中を押して見送った。
離れた場所から様子を見守っていると、農民の服に着替えた二人が荷馬車で外門を出て行った。
十日間続いたノンナのお留守番は、この日で終わった。
貸し馬屋に行って馬を買い取る手続きをした。
「いい馬だったのであの馬を買うことにしました」
途中で買い物をして家路を急いだ。
「ただいま!」
「ビッキー!おなか空いたよ!」
「私もよ。帰りにいいお肉を買ってきたからバターで焼いちゃおうかなー」
「やったー!お肉だー!」
無事に終わって良かった。
この話、明日も続きます。






