25 お芝居と事件の結末
「ビクトリア、この前のお休みにクラークがあなたの自宅までお邪魔したそうね。今朝になってこの子からそれを聞いて驚いたの。本当に悪かったわ」
エバ様が眉を下げて申し訳なさそうにおっしゃる。
「エバ様、私とノンナも楽しかったんです。また来ていただきたいと思ってますので、クラーク様を叱らないでください」
私の言葉を聞いてしゅんとしていたクラーク様がパァッと明るい顔になった。
「楽しかったですよね?クラーク様」
「はい!とっても!」
「もう、仕方ないわね。この子は男の子にしてはおとなしすぎて心配だったのだけど、急にこんな活発になって、夫も私も戸惑ってるのよ」
「物静かな時も活発な時もいつもすてきなクラーク様ですわ」
「あら、ありがとう」
エバ様は次の話題に移られた。
相槌を打ちながら聞く私。その私を崇めるような目でクラーク様が見ているので、それには気が付かないふりをすることにした。
その日はお芝居の形で語学の授業をした。
この国で有名な童話『白き姫と青いトカゲ』を演じながらの授業にした。
白い髪の姫が森で迷子になり、大蜘蛛の巣に囚われていた青いトカゲを助ける。トカゲは人の言葉をしゃべり『魔女を倒すのを助けてくれ』と頼む。白き姫とトカゲが協力して悪い魔女を倒すと、青いトカゲが人間の姿を取り戻すお話だ。青いトカゲはその昔に魔女を倒そうとしてトカゲに変えられていたのだ。最後はトカゲだった青年が白き姫に結婚を申し込んで終わる。
「じゃあ、トカゲをやりたい人?」
「はい!」
「ではクラーク様がトカゲで。お姫様をやりたい人?」
「……」
「え?ノンナはやらないの?」
「魔女がいい。ビッキーがお姫様」
「魔女は最後にやっつけられちゃうよ?泣かないでよ?」
「泣かないよ」
「じゃあ、私がお姫様か。仕方ない。ノンナのお姫様を見てみたかったのに」
そこからはもう、抱腹絶倒だった。
普段無表情なノンナが私の声色を完璧に真似て悪い魔女になりきる。
(うちのノンナは六歳にして芝居の才能があるわ)と感心してしまう。
憎々しげに青いトカゲに向かってしゃべるところも姫と闘いながら『この小娘め!』と罵倒する口調も、ノンナが演じると実に可愛い。
全員の台詞をアシュベリー語に続けてランダル語で繰り返すのでモタつくのだけど、可愛いノンナの少女らしい細く高い声とクラーク少年の声変わり前の清く高い声を堪能できた。何度も何度もセリフを覚えるまで繰り返した。
『姫、どうか私と結婚してくれませんか?』
「そこの『くれませんか』はもう少し舌を引っ込めて発音してください。『くれませんか』、そうそう、それです」
発音を注意して何度も『結婚してくれませんか』をクラーク様に発音させていたらクラーク様が顔だけでなく耳も首も赤い。
あっ。まずかったか。貴族の少年に何度も結婚を申し込ませる年増の平民語学教師。これはいじめになっちゃうのか。
「うっかりしました。少年のクラーク様がこんなおばさんに結婚を申し込む場面を何度もさせて申し訳ありませんでした」
「いえ!そんな!ビクトリア先生はおばさんじゃありません!とっても素敵です!」
なぜかそこでノンナが「キッ!」という目つきになり私とクラーク様の間に入ってクラーク様を睨みながら両手を広げて叫んだ。
「だめ!ビッキーはノンナのだから!」
思わず「ふへへ」とだらしなく笑ってしまう。「ノンナのだから」って。
こんなことを可愛子ちゃんに言われる幸せを想像したことがあったろうか。ないない。一度もない。
「先生?」
私のニヤけた顔が不審だったらしい。クラーク様に心配されてしまった。
「ごめんなさい。ノンナに言われた言葉が嬉しくって。さ、出会いの部分を通してやってみましょうか。私が全部アシュベリー語で台詞を言いますからランダル語で台詞を返してくださいね」
ランダル語で進む『白き姫と青いトカゲ』は最高だった。
上手くいくところは教師として嬉しく、言い間違えても二人が可愛らしくてほのぼのする至福の時間だった。これで賃金が貰えるなんてバチが当たらないかしらと心配になるくらい楽しかった。
ワーキャー騒いでいる間は誰も入って来なかったが、私たちが休憩に入ったらエバ様と侍女さんたちがいらっしゃった。
「あんまり楽しそうだったので来ちゃった」
「お母様やめてください。僕、ちゃんと勉強してますから」
「騒ぎすぎましたね。申し訳ございませんエバ様」
「違うのよ、どんな授業か見たいだけなの。侍女たちもクラークのあんな楽しそうな声を聞くのは珍しいから驚いてしまって」
「坊っちゃん、ぜひわたくしたちにも見学させていただけませんか?」
「ええー。いやだよ」
双方の間にいる私が困っていると、突然ノンナがランダル語で魔女の台詞を言った。
『生意気なトカゲめ!』
「まあ!こんな小さいのにすごく上手だわ!クラークと一緒にランダル語を始めたんでしょう?すごいわね!」
エバ様の本気の称賛にノンナは晴れ晴れとした顔になり、クラーク様は悔しそうなお顔になる。
「ノンナ、もう一度言ってよ。僕が続けるから」
「うん」
『生意気なトカゲめ!』
『姫は私が守る!傷つけることは許さない!』
エバ様と三人の侍女さんが立ち上がって拍手する。
「クラークもノンナもすごいわ。発音も完璧じゃないの!ねえ、ビクトリア、伯父様の怪我が治っても授業を続けてくれないかしら。短期間でこれだけやる気を引き出せるなんて、あなた教師に向いているわよ」
「先生、だめですか?僕はずっと先生に教わりたいです」
「まずはバーナード様にご相談させてくださいな」
私もこんな楽しい仕事は辞めたくないけど、バーナード様は最初に仕事をくださった恩人だ。了承いただく前に勝手な返事はできない。
バーナード様の許可はあっさり下りた。
全快したら週六日勤務の助手の仕事はそのままで勤務時間を週三回短くしてもらって語学の授業という掛け持ち仕事になった。
「大丈夫?大変じゃない?」
「エバ様、このくらいどうってことはありませんよ。ノンナを授業に参加させていただいてる分、私は助かります」
私にしてみれば着々と生活の基盤がしっかりしてきて嬉しいのだ。語学の授業は楽しくてたまらないし。
その日、団長さんが夜に我が家を訪問した。
約束がなかったのでどうしたのかと思ったら夜会の襲撃事件が思いがけない形で解決したらしい。
「君が最初に僕に知らせてくれたおかげで捕まえることができたからね。報告すべきと思ったんだ。ただ……」
男は侯爵に妹を凌辱された恨みで有り金をほぼ全部裏社会の人間に払って城の使用人になり、一年かけて復讐を企てたのだそうだ。
「侯爵が『身に覚えが全くない。態度の悪い下女を首にしたことへの逆恨みではないか』と言ってると聞かされて、男が全てを話したよ。今までは妹の名誉を重んじて口を閉じていたそうだ」
「凌辱って……」
「下女が結婚間近と耳にして急に興味を持ったらしい。凌辱された妹は結局破談になっている。凌辱されたショックと破談の悲しみで寝込んでしまって、今は全く外に出られなくなってしまったそうだ」
「鬼畜の所業だわ。侯爵に罰は与えられるんですか?」
「表向きは夜会であのような事態を引き起こした責任を問われた形だ。爵位を息子に譲って隠居させられた。侯爵は財務部の役職をこなしていたが陛下のご判断で息子には引き継がれなかった」
まあ、そんなものなのだろう。
「そうですか。男はどうなるんですか?」
「王族がいる場所で毒を塗った刃物を持っていた上に侯爵を殺そうとしたからね。死罪だろうな」
「そうですか。どこの国でも似たようなものですが、平民と貴族では命の重さが違うのでしょうね……」
二人でしんみりして、団長さんは帰って行った。
その夜、私は長い時間一人で考え込んだ。






