表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手札が多めのビクトリア1〜元工作員は人生をやり直し中〜【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/56

16 ジェフリーの過去

 二人の王子は金髪碧眼で顔立ちもよく似ているが、性格はかなり違う。


 第一王子コンラッドは二十五歳。思慮深く温厚。臣下たちの評価は高い。お妃様を迎えて御子にも恵まれている。

 第二王子セドリックは二十歳。陽気で活発。幼い頃に決められた婚約者がいたがお相手の令嬢がかなり病弱だったため、話し合いの上で五年前に婚約は穏便に解消された。その後はまだ婚約をしていない。

 その第二王子セドリックが兄に詰め寄っていた。


「兄上、このまま例の女性を自由にしておいていいのですか?」

「ジェフリーの話ではその女性はおそらく白だろう。だが男を倒した理由が不明だな。ジェフリーのために彼女に監視を付けておくよ。ジェフリーが十年も足踏みしているのは私のせいでもある。嫌われ役を引き受けるのは私の役目だよ。お前は心配しなくていい」



 十年前、西の民族が「奪われた我らの聖地を取り返す」と宣言してアシュベリー王国の西端を攻めてきた。


 昔、その土地は国境が曖昧なままの深い森だった。のちに話し合いの上で国境が定められた。国境近くの土地を開拓し農作物の育つ耕地に変えたのはアシュベリー王国が派遣した開拓団だった。その開拓地はやがて森林資源を活用する人々の拠点になった。


 西の国はそこが豊かな収穫を得られる土地になってから惜しくなったのだろう。その周辺に住んでいる民族の「あの森は古来から我らの聖なる土地だった」という言い分を利用することにした。そんな西の国を相手にアシュベリー王国は一歩も引かなかった。


 攻め入ろうとする西の国の民族と軍人たちに対してアシュベリー側も王国軍を派遣した。

 その戦いはかなりの確率で勝てる見通しだったので初陣の第一王子が参戦した。近衛騎士と呼ばれる第一騎士団だったジェフリーも王子を守るために参戦していた。


 戦いは初っ端から敵を圧倒して「これはもう勝つだろう」という時、この先の作戦について意見が分かれた。


『敵が援軍を得て立て直す前に夜襲をかけ、一気に殲滅すべき』という案と『相手がこの土地に詳しいから夜間は危険。日の出を待って総攻撃すべき』という案の二つだった。

 どちらも一長一短でなかなか意見がまとまらず、大隊長が初戦の王子に気を遣って判断を仰いだ。


 第一王子はしばらく考えて、敵の援軍が来る前に夜襲をかける案を支持した。しかしその王子の判断に反対したのが中隊長のカイゼルである。


「殿下、相手が夜襲を想定していれば我が軍に大きな被害が出るだけでなく、初動で(つまづ)けば敵味方の区別がつきにくく、同士討ちの危険もあります。どうかお考え直しください」


 カイゼルはそう意見を述べたがコンラッド王子は思案の末にやはり夜襲案を選んだ。

 その夜、夜襲を想定していた敵の弓矢が移動中のアシュベリー軍に向けて、高台から雨のように降り注ぎ、アシュベリーの兵に相当数の被害を出した。


 コンラッド第一王子は無傷だったが、彼を庇って上から覆い被さったカイゼルの背中には何本もの矢が深く突き刺さった。

 軍の被害は少なくはなかったが、戦いはアシュベリー側の猛反撃で勝利に終わり、開拓地は守られた。


 中隊長カイゼルの遺族は双子の妹カトリーヌのみだった。カトリーヌの父親と母親は相次いで病死したばかりで、彼女は一年の間に家族全員を失ってしまった。


 だがカトリーヌはカイゼルの悲報を聞いても全く取り乱さず冷静に振る舞っていたので「さすがは代々騎士を輩出する家のご令嬢だ」と多くの者が感心していた。


 しかしそれまでの看病による疲労と両親を立て続けに失った心労の最中(さなか)に双子の兄も失うという悲劇は、十八歳のカトリーヌの心を密かに(むしば)み始めた。


 そのカトリーヌの婚約者が当時二十二歳の第一騎士団員、ジェフリー・アッシャーである。

 双子の兄妹は親子よりも強い絆で結ばれていたから、ジェフリーは凱旋後ずっと婚約者を心配していた。



 ジェフリーは第一王子のすぐ近くで戦い続けていて、カイゼルの最期を目撃していた。

 カイゼルは移動中に矢を受け、口から血を吐いた。自分がもう助からないのを自覚してから王子に覆いかぶさったのだ。


 ジェフリーはその壮絶な最後を伝えるのは、もっと時間を置いてカトリーヌが精神的に落ち着いてからにしようと思っていた。

 しかし戦地での様子は弔問客の口から密かに彼女に漏れ伝わった。それも不正確な内容で。


「初戦の勝利を焦った王子が無理な夜襲を押し通した」

「中隊長のカイゼルは最初から王子の作戦には反対していた」

「その王子を守って覆いかぶさり中隊長は戦死した」


 憶測混じりの内緒話の存在も、カトリーヌがそれらを真実として受け取ったことも、ジェフリーは知らずにいた。


 葬儀を終えて十日ほど過ぎたある日、第一王子コンラッドがカトリーヌとジェフリーを王城に呼んだ。理由は「カイゼルの妹に直接会って謝罪をしたい」ということだった。


 コンラッド第一王子は人払いをして立ち上がり、カトリーヌに頭を下げた。

「申し訳なかった」


 それを見たジェフリーはなんとも言えない気持ちになった。

 カイゼルの戦死は王子の責任ではなかったし、王子に頭を下げられれば内心はどうあれカトリーヌは許しますとしか言えない立場だ。


 (謝る必要は無いし、この場を設けるのも彼女の心の傷が癒えるまで待ってほしかった)と思った。

 だが王子はその当時まだ十五歳。その辺の配慮に疎いのは仕方ないと思った。おそらく陛下はこの顔合わせをご存知ないのだろう、とも。


 カトリーヌは急いで立ち上がり「殿下、どうか頭をお上げください」と一歩二歩近寄った。そして穏やかに微笑んだまま殿下に手を伸ばそうとしたのを見たジェフリーが(殿下に触れるのは無礼だ)と止めようとして、彼女の手に何かが隠されているのに気づいた。


 無言で婚約者に飛びついて押さえ込み、無理矢理に手を開かせてみると研ぎ澄まされた小さなナイフがそこにあった。王子の招待だから身体検査を受けずに通されたのが災いしたのだ。


 ジェフリーがテーブルにぶつかってカップや皿がガチャン!と鳴り、その音を聞きつけた騎士たちが飛び込んできた。ジェフリーは取り上げたナイフを素早く隠し「彼女の具合が悪くなった」とだけ告げて、有無を言わせずにカトリーヌを医務室へと運び込んだ。


 運び込んだ医務室のソファーに座ったカトリーヌは泣きもせず怒りもしない。ただ静かに座っていて、そのガラス玉のような目は自分を見ているようで見ておらず、ジェフリーは彼女が壊れていることに気づいた。彼女はジェフリーが思っていた以上に双子の兄の死を受け入れられず、王子を許せなかったのだ。


 ジェフリーは当日まで彼女が繰り返していた「兄は殿下をお守りして戦死したのですから本望でしょう」という言葉と健気な笑顔を信じてしまったことを激しく後悔した。


 王族に刃物を向けた事実はコンラッド王子とジェフリーしか知らないことだが、飛び込んできた四名の騎士は何かを感じ取ったかもしれない。公にされればカトリーヌは確実に死罪になる。


 幸い、事件を内密に済ませようとしてくれたコンラッド第一王子の判断で、カトリーヌはそのまま自宅に戻された。ジェフリーは屋敷の者たちに『軟禁するくらいの注意と監視が必要だ。医者も呼んでくれ』と伝え、数日は仕事を休んで彼女の屋敷に泊まり込んだ。


「カイゼルの死は殿下のせいではない」


 何度も真相を説明したがカトリーヌは虚な顔をしているだけだった。

 そのカトリーヌはジェフリーが仕事に戻った翌日、命を絶った。「カトリーヌが自害した」と聞いた時の絶望は今も鮮明に記憶に焼き付いている。

 走り書きの遺書には『家族のところへ行きます』とだけ書いてあった。


 ジェフリーはカトリーヌの死後、一身上の都合として騎士団の辞職を願い出た。彼女の凶行を予測できずに同席した責任を取るつもりだった。

 しかし国王の判断と第一王子の希望で辞職願いは受理されず、王都の警備を主とする第二騎士団に配属され、今に至っている。


(彼女の苦しみに気づいてやれず、頼られる存在にもなれなかった)という後悔と自責の念は十年を経ても彼の心の底に硬く黒い塊として居座って消えない。


 そんなジェフリーの人生にある日、『人を頼らない女』ビクトリアがノンナを背負って登場したのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『コミック版手札が多めのビクトリア』
4ybume189vyokvypf0gzbpi5k05x_1e8j_nf_b6_3wg8.jpg.580.jpg
書籍『手札が多めのビクトリア』
4l1leil4lp419ia3if8w9oo7ls0r_oxs_16m_1op_1jijf.jpg.580.jpg
 
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ