99話 帰る場所
――ウィンストリア市街から離れた高台にそびえる神樹ガルガンテ。
「そろそろこいつも家にするか」
「やっとか」
樹を見上げながら呟くと、シーラは待ちくたびれたとばかりに相槌を打つ。
「お前らマジでこの樹に住むつもりなの?リスじゃねぇんだからさ。部屋とかどうすんだよ」
腕を組みながらセレスティアが苦言を呈してくる。シーラは勝ち誇った様にセレスティアを見て笑う。
「それはリューズに考えがある」
「本当かよ」
「まぁ、やってみてな感じもあるが……、何事も挑戦だろ」
先に登ったシーラが枝の上から垂らしてくれた縄梯子を伝って樹の上へと移動する。
「原始人かよ。滑車くらい使えよ。作ってやろうか?」
「セレスティア。うるさい」
浮遊魔法でゆらゆらと俺の横を浮かびながら入れたセレスティアの横やりは、バッサリとシーラに両断される。セレスティアにこんな口の利き方ができるのは世界でこいつくらいのもんだよ、本当。
「そう言うなって。作ってくれるなら助かる。毎度これ上るのは後衛の中年にはきついからなぁ」
そうこう言っているうちに縄梯子を上って目的地である樹の中腹辺り。
「んん?もっと上じゃなくていいの?」
「あぁ。先端に近い方はまだ成長が早いから部屋の場所が安定しないかもしれないからな。ま、大丈夫。すぐ場所変えられるから」
幹と枝がいい具合に伸びた場所。そして、俺は収納魔石を開いて魔石を一つ取り出す。純白に輝くその魔石は闘技場でシーラに賭けて勝った金で買った高級品だ。
「まず、クイズ。今俺が開いた収納魔石。一般的な冒険者も使うような廉価品で、小さいリュック位の大きさだよな?」
「見ればわかる」
「手入れてみて」
「ん」
シーラは俺が開いた収納魔石に手を入れる。中には純白の魔石以外に普段使いの日用品が入っており、シーラは的確に作り置きの干し肉を持っていく。
「こら、ごはん前だろ」
「関係ない」
懐かしのワードをつぶやき、干し肉を咥えたシーラはプイっとそっぽを向く。
俺とシーラのやり取りを微笑ましそうに眺めながら、セレスティアが助け舟を出す。
「それで?今のは?」
「……一応シーラにわかりやすく伝わるようにって考えたんだけどなぁ。じゃあ続けるな?収納魔石。手、入れたよな?」
「入れた、な」
――収納魔石には人や生き物は入れる事が出来ない。その理由をまだ俺は知らない。
けれど、物を取るのに手を入れることはできる。入れる事ができない、と言うのは『魔石を閉じて収納する事ができない』と言う事だ。察しのいいセレスティアは、それだけで俺の言いたいことが分かったようで、にやりと笑う。
「わはは、正気かよ。そんなサイズの収納魔石なんて千万二千万じゃきかないぞ?」
セレスティアの言葉に俺も笑みを返す。
「ちょうどヴィザで臨時収入があったんでね」
「てめぇ」
収納魔石に手を入れても、魔石の奥行は変わらない。
ちょうど寸法の合いそうな枝の隙間。俺は収納魔石を展開する。シーラがセレスティアに勝った賭け金で買った、純白の、高級な収納魔石。
大きく四角く広がる間口がギッと神樹の枝に噛む。並の木なら折れる心配もあろうが、この樹は神樹ガルガンテ。斧でも切れず、燃やしても燃えないと称される耐久性を誇る。
収納魔石の値段は収納できる範囲に比例する。俺の買った純白の魔石は、ダンガロの安宿くらいの広さ。それでも二千万ジェンもした。
「あとは扉を付ければ、とりあえず完成……じゃないか?」
「おぉ……」
シーラは目を輝かせて興味深げに入口と裏を眺める。裏から見ると魔石の中身を透過して反対側の景色が見える不思議。
「……入っていい?」
ワクワクを隠し切れないシーラ。口元の弛みを抑えつつ、手で室内を促すと、『待て』を解除された犬のようにシーラは室内へと駆け入る。収納魔石の中は、床も壁も天井も、すべてが真っ白で四角い空間。
そして、一切の躊躇いもなく大の字になり床に寝転がる。
「ふふ、ここが私たちの家か」
「床とか壁は内装が必要だけどな」
「めんどっ。セレスティア、やって」
大の字に寝転がりながら、シーラは【魔王】に無茶ぶりをする。
「好みとかないのか?」
腕を組みながらセレスティアはシーラに問う。意外にまんざらでもない様子。
「ん。別にない。あ、ギルドみたいにしたい」
「落ち着かねぇ~……」
「了解。任せとけ」
俺の苦言に耳を貸さずにセレスティアは頼もしく快諾すると、左手を真横に伸ばす。
それを合図にしたように古代魔法で扱われるような精霊の光が何体も彼女の腕の周囲を飛び回り、開いた収納魔石からはあらかじめ用意していたのか無数の木材が姿を現す。
「二、三日時間くれ。その間絶対にここに近づくなよ?来たらぶっ殺すぞ」
セレスティアから物騒な念押しを食らい、俺とシーラは街はずれの丘を後にする。
道すがらシーラは何度も後ろを振り返り、大きな樹を見て嬉しそうにクスクスと笑っていた。
――王都に戻り、シーラと二人で商店を巡り日用品を眺める。
踏破目的でダンジョンに潜るとなれば、準備はいくらあっても足りない。ましてや、俺たちの目的地は『神殺しの魔窟』。
「リュ、リューズさん!」
フライパンを手に取っていると、店主が不意に俺の名を呼ぶ。
「え、……なんすか?」
俺より少し年上な、口元にひげを蓄えた恰幅のいい店主はまるで少年のように目を輝かせて言葉を続ける。
「逃げたんじゃ……なかったんですね!?」
いきなり何を――。
「当たり前。リューズは逃げない」
いきなり何を、と思う間もなく腕を組んだシーラが得意げに宣言する。
「だよなぁ……、ですよね!『神戟』のリューズは逃げていない!また挑む時を待っていた!そうですよね!?」
あのギルドでのやり取りはすでに広く巷間に知れ渡っている様子。この店主も、俺たちが『神殺しの魔窟』に挑むことを知っていているみたいだな。俺は大きくため息をつき、ガリガリと頭をかく。期待してくれるのはありがたい。けど、違う。そうじゃないんだよ。
「『三食おやつ付き』」
「は?」
キョトンとする店主。俺はニッと笑い、シーラの頭にポンと手を置く。
「『神殺しの魔窟』をクリアするパーティの名前。覚えといて。あ、サインとかする?」
文字を書く素振りをしながらヘラヘラと提案すると、店主はバタバタと店の奥に行き、色紙とペンを持ってくる。
「是非!お願いします!」
まさかそんなノリノリで来られるとは。
「あ、じゃあ字のきれいなシルヴァリアさんから行きましょうかね。……三食おやつ付き、って書いて」
「ふふ。きれいか」
シーラは満足そうにスラスラとペンを走らせる。きれいに整った文字で、『三食おやつ付き シーラ』と記す。
その横に俺の名前を付け加える。シーラの文字と比べるとなんといびつな事よ。……字の練習でもしようかな。
『是非、うちのをダンジョンクリアのお供に!』
そう言って店主のおじさんは、俺が眺めていたフライパンを手渡してきた。そして、代金を払おうとしても彼は頑として受け取らなかった。
行く店、行く店とそんなやり取りが続き、俺はいつかイズイが言っていた言葉を思い出した。
『世界は、あなたを待ってるんですよ?』
目に涙がにじんだのは、きっと日の光が目に沁みせいだろう。




