98話 S級昇格の条件
――ウィンストリア、冒険者ギルド。
「くあ~、つっかれたぁ~」
ギルドマスター【魔王】・セレスティアは黒い礼服の胸元を緩めながら再び冒険者ギルドへと帰還する。我が物顔でギルドの奥へと進み、また真ん中の受付の椅子にドカっと腰を掛ける。受付左はイズイの、右はネイの定位置。真ん中が定位置の受付嬢・三人の中で一番年下のアイシャはイズイのカウンターへと避難する。
「セ、セレスティア様、おビールでございます」
冒険者の一人がセレスティアの着席と同時にキンキンに冷えたビールを差し出す。
「おっ、気が利くなぁ。く~、うまいっ」
「ほら。セレスティアはビール飲んどけば機嫌いい」
隅のテーブルでやり取りを眺めるシーラが得意げにリューズに胸を張り、ビールを提供した冒険者もまだ緊張の面持ちながらシーラに感謝を示す。
「いやぁ……、さすが黒姫様だ」
「セレスティアはお腹蹴らなきゃ割と平気」
「シルヴァリア!聞こえてんぞ!」
「つーかあんたそこ座るなよ。仕事の邪魔だろ」
「あぁ?万全の状態でしか仕事しない気か?甘ちゃんが」
文句を言いながら、ビールジョッキ片手にセレスティアは俺たちのテーブルに移動してくる。
「随分ちゃんとした服着てるけど、城にでも行ってた感じか?」
「まぁね。爺どもと話すと疲れるよ、まったく。あ、ビールお替り」
「二つね」
「すいませーん、ビール一つくださーい」
指を二本立てるシーラを無視して注文すると、テーブルの下で俺の足が蹴られる。
しばらくして、セレスティアの前にビールが届く。セレスティアは、少し考えると受付にいるイズイ達を手招きする。
「あー、ネイ。イズイ。アイシャ。お前たちもこっち来い」
「うえぇ……、私なにかやっちゃいましたぁ?」
引きつり笑いでネイの陰に隠れて近づいてくるイズイを見てセレスティアは意地悪そうに笑う。
「そうだな。……まったく、よくやってくれたよ」
頭の中で己の悪事を反芻するように宙を見て考えたかと思うと、ハッと何かにたどり着き、イズイは俺をにらむ。
「リューズさぁん!?言いましたね!?私の目の秘密をぉ!?」
「居眠り?言ってないが?」
「ほぉら!今言ったぁ!」
「あはは」
俺とイズイのやり取りを見てシーラはケラケラと楽しそうに笑い、それを見たセレスティアは満足げな表情を見せる。
「シルヴァリア、お前は何飲む?ビール以外な」
「ケチくさ。じゃあ今日はコーヒー牛乳。そういう気分」
「ははは、そういう気分か。ほかに未成年いるか?いねぇよな?お前ら全員ビールでいいよな?全員にビール。私のおごりだ」
唐突に始まる大盤振る舞いにギルド中はどよめく。厨房のお姉さんは『グラス足りるかなぁ……』と不安げにこぼす。
当然グラスは足りなくて、湯飲みやカップも総動員で全員にビールが行きわたる。
「んー、まぁ。とりあえず、乾杯」
セレスティアがジョッキを掲げると、冒険者たちは意味も分からずビールを掲げて『乾杯!』と声を上げる。
「あとは自由にやれ。何杯飲んでもいいぞ、今日は私のおごりだ」
「ウオォォォォォ!」「魔王様ァ!」「ごちそうさまです!」
荒くれものたちの怒号がギルドに響く。
「うっせぇな。黙って飲め」
テーブルに頬杖を突きながら、照れくさそうにしっしっと手を払う。
そして、俺たちのテーブルには俺とシーラとセレスティア、あとは受付嬢が三人座る。
「……何かあったのか?」
「ん?そう見えるか?」
俺の問いにセレスティアは含み笑いで問い返す。
「こう見えて私も迷ってたんだよ。本当にこれでよかったのか。むしろ邪魔したほうがよかったんじゃないかってな」
「意味わかんないんだけど」
コーヒー牛乳を飲みながらシーラが呟く。チラリとイズイを見ると、イズイも俺を見ていた。その表情はきっと、セレスティアの真意を読み取っている。
ふーっと天井に息を吐いて、まじめな顔でセレスティアは口を開く。
「今日、城でザカリウスとベルミールに会ってきた」
「三頭……会議!?」
ネイが驚き目を丸くする。ザカリウス教皇とベルミール宰相、それにギルドマスター・セレスティア。三つの権力のトップの会談。それを俺に報告する理由なんて一つしかない。
「リューズ、シルヴァリア。条件付きではあるが、お前たち『三食おやつ付き』のS級パーティ昇級が承認された」
どよめく室内。この建物の全員が、今このテーブルの会話に耳をそばだてる。
「S級……」
「すごい……です」
イズイ以外の二人の受付嬢は感嘆の声を漏らし、シーラはあきれ顔で『やっとか』と呟く。
セレスティアは俺の表情を見て、『嬉しくないか?』と問う。嬉しいといえばそりゃ嬉しい。だが、S級に上がるのは目標や目的ではない。『神殺しの魔窟』に挑み、『神戟』を終わらせる為、シーラの父と戦う権威を得る為の手段だ。
「条件、ってのは?」
わざわざ言うからには相当無理難題が課せられたはずだ。セレスティアは一呼吸間をおいて、ニコリとほほ笑む。
「神殺しの魔窟の踏破。これが、お前たちのS級昇級の条件だ」
かつて神戟が挑み敗れ、数か月前に挑戦したと言うS級パーティ『魔断』も消息を絶った。『深淵の七獄』と呼ばれる踏破不能の超々高難度ダンジョンであり、本来は許可なく挑戦することすらままならない。
俺は思わずぶるりと身震いしてしまい、気が付けば口元が弛んでいた。
「……最っ高の条件じゃねぇか」
本来であればS級ですら挑戦もままならない魔窟。俺とシーラの、初めて決めた目的の地。そこを条件にしてくれるとは、なんとも粋なことをしてくれる。
セレスティアはテーブルの上に地図を広げ、その一点を指差す。
「北方の僻地ユルニルドから程近い断崖の孤島。そこに、『神殺しの魔窟』はある。多くの冒険者の命を飲みこんだ魔境であり、……『神戟』最期の場所だ」
シーラは、まるでこれから祭りにでも行くかの様なワクワクした表情で、勢いよく立ち上がる。そして、キラキラと輝く漆黒の瞳で俺を見て手を伸ばす。
「リューズ。行こう」
――『神殺しの魔窟』。その名を耳にするだけで、あの日の地獄が鮮明に脳裏に蘇る。心臓の音は速くなり、じんわりと手のひらには汗がにじみ、足は無意識に震える。
俺は手を伸ばしてシーラの手を取る。俺を暗闇から引き摺り出してくれたこいつだけは、絶対に死なせない。
「あぁ、行こう」
――ついに俺たちは『神殺しの魔窟』に挑む。
あの日を終わらせ、あの日を超える為に。




