97話 三頭会議
◇◇◇
全国におよそ二万いる冒険者の頂点、【ギルドマスター】セレスティア・アズライール。
金色で縁取られた黒い礼服を身にまとった彼女は堂々と王城に至る。
「アズライール様、ようこそお越しくださいました」
「あぁ、今日はよろしく頼むよ」
ギルドでの傍若無人なふるまいはなりを潜め、品のいい外向きの表情で彼女は微笑む。真っ白な髪、深紅の瞳が金縁の黒衣に映える。
侍従の先導に従いセレスティアは城を進む。渡り廊下を渡り、塔を上る。その頂上にあるのは全周囲に壁のない会議室。貴族街も市民街も、ウィンストリアの全てが見渡せる。視界の先、市街から離れた丘の上にひときわ目立つ大樹を見つけてセレスティアはクスリを笑う。
(あれがあいつらの家か。……ふふ、まったくガキじゃあるまいし)
風に黒衣の裾を揺らし、セレスティアが頂上に至る。円卓が置かれ、すでにそこには二人の男が席についていた。
「【ギルドマスター】セレスティア・アズライール、ただいま参りました」
微笑とともに緩やかな動きで頭を下げ、席に着く。
セレスティアの他に席に着く二人。純白の祭服に身を包むのは、ブラドライト正教【教皇】ザカリウス。そしてもう一名、眼鏡をかけ群青の貴族服を着た中年男性は【宰相】ベルミール。国の実務を取り仕切る国王の懐刀と言われる男である。
「定刻となりました。始めましょうか」
懐中時計を開いてベルミールが呟くと、セレスティアとザカリウスが頷き、セレスティアが口を開く。
「まずは、本日は急な申し出にも関わらず『三頭会議』の招集に応じていただき、誠に感謝いたします」
「お気になさらず。先日の式典を襲った蛮行、セレスティア殿が仰られなくとも私が声を掛けていたと思いますよ。目的、犯人、手段……未だ何もわかっておりませんですからねぇ。一歩間違えれば陛下の身に万一があったと思うと……、気が気ではありませんな」
ザカリウスが応じると、ベルミールもコクリと頷く。
二人の返答を待ち、セレスティアは言葉を続ける。
「どうやら闇ギルドの連中も関わっている様子。もちろん、その話も後ほど致しましょう」
「後ほど?」
ザカリウスは彼女の言葉に引っ掛かりを感じる。当然、そういう風に言ったつもりだ。セレスティアは、自信に満ちた笑みで、堂々と告げる。
「はい。今日お集まりいただいたのは、A級パーティ――『三食おやつ付き』のS級昇格についてのご相談です」
「三食……、おやつ付き……?」
およそこの場にそぐわない単語にザカリウスとベルミールの頭の上に疑問符が浮かぶ。表情こそ変えないものの、内心セレスティアも苦笑いだ。
(馬鹿が。もっとちゃんとした名前にしろよなぁ……、恥ずかしいだろ)
王都を見下ろす天空の会議室。晴天の下で戦いが始まる。『三食おやつ付き』のS級昇格を懸けた三頭会議の幕開けだ――。
◇◇◇
――ウィンストリア、冒険者ギルド。
セレスティアがいなくなった事で、ギルドはいつも通りの活気を取り戻している。
「つーかさ、セレスティアってなんでわざわざ王都まで来たんだ?」
俺の問いかけにイズイが一歩距離を置く。
「うわっ、人でなしっ。お二人の昇格を祝いに来たに決まってるじゃないですかぁ」
「人で、無し。リューズは人間ではない?」
「人間だ……っ」
併設されたバーのテーブルで、休憩中のイズイを含めて三人でティータイム。
「あいつはわざわざそんな程度で動くやつじゃないだろ。なんか別の目的のついでだろ」
「ついでだとしても!超……よかったじゃないですか!私感動しちゃいましたよぉ!」
両こぶしを握り、興奮した様子で振るイズイに白い眼を向ける。
「そうかぁ?」
「そう。リューズは泣いてた」
「……言わなくていいよ?」
チラリと左手に視線を落とすと、金色に輝くA級冒険者の証。数多いる冒険者のほとんど頂点とも言える等級。その輝きは、遠い記憶を思い起こす。さかのぼること19年前、当時俺たちは18歳だった――。
俺たちは全員18歳。平均年齢18歳のA級昇格は当時最年少だと聞いた。俺たち四人はしばらくの間、受け取った腕輪を魔導灯にかざし、その輝きに頬を緩めた。
「きれいだね」
かざした腕輪を見上げて微笑むマリステラの横顔を見て、俺が何を思ったのかは想像にお任せする。
「次は何色だっけ?」
昇格した瞬間に、レオンはもう『次』の話をした。国家クラスの英雄『S級』。
「透明じゃなかった?」
「まぁなればわかるだろ」
「ふふ、だね」
俺も、レオンも、バルドも、マリステラも、自分たちがS級になれることに何の疑いも持っていなかった。歳を取って振り返ると、滑稽で根拠のない自信に映るやり取りだけど、俺たちはそれを事実に変えた。俺の誇るべき仲間たち。
「リューズ」
シーラの言葉でハッと感傷から引き戻される。
「っと、なんだ?腹減りか?」
「違う」
俺の言葉にムッとした様子のシーラは、俺の腕輪を指さす。
「次。S級。すぐなろ」
シーラは17歳。あの時の俺たちよりも年下か。そう考えると、本当にこいつはすごいやつだよな。
「あぁ、なろうぜ。すぐな」
◇◇◇
――再び舞台は天空の会議室へと戻る。
セレスティアから差し出された『三食おやつ付き』の資料を見てザカリウスは眉を寄せる。
「……昨日までC級パーティではないですか。セレスティア殿、あなたS級の重みをどう考えているのですか?」
ザカリウス教皇はもっともらしい言葉で苦言を呈する。だが、彼が気に入らないのは実は等級などではない。『リューズ』の存在だ。かつての『神戟』のように、多く国民に愛される冒険者の象徴として彼が作ったのがノア・アークライト率いるS級パーティ『アークライト』だ。
孤児院出身の四人の幼馴染、ノアの端正なルックス、そして確かな実力を以てようやく今の地位を得た。それはブラドライト正教の信仰と立場にも直結する。
それを今さら『神戟』の亡霊に出てきて荒らされたくはないのだ。
「S級はA級までとは一線を画する存在です。国民には憧憬と安心、悪人には恐怖と畏怖を与える規格外の象徴。私もザカリウス教皇のご意見に賛同致します」
ベルミール宰相は眼鏡を指で上げて、言葉を続ける。
「それに、このリューズ・レッドウッド。彼は先日の饗宴でドラッケンフェルド卿とひと悶着起こした人物でしょう?それが卿の令嬢と組んだパーティをS級に上げる?たちの悪い煽り行為と見なされてもおかしくありませんよ?」
国の実務を取り仕切るベルミールとしては、『国家の柱石』ドラッケンフェルドの不興を買う事最大限回避したい。迅速円滑な国家運営を是とする彼にとっては当然の希望だ。
「ただでさえC級から特例でA級に上げたばかりでしょう?もう少し実績を積んで市井に名を浸透させてからでも遅くはないと思いますがね」
ベルミールの賛同を得られてザカリウスも内心安堵の息を漏らす。
「では!その件はいったん保留と言うことで、先日の式典襲撃の――」
「お二人のご心配もごもっとも」
ザカリウスの言葉を柔らかく遮り、セレスティアは言葉を続ける。
「そこで、……条件付きでの彼らのS級昇格をご提案させていただきたく、この場を設けていただきました」
その言葉に二人は身構える。
「条件……とは?」
王都を見下ろす天空の会議所、そこでセレスティアは口を開く。ザカリウスの目論見も、ベルミールの算段も、すべて織り込み済みの条件を――。
セレスティアの出した条件を受けて、二人は目を丸くする。
「セレスティア殿……、それは正気で?」
「はい、もちろんです」
ニッコリ、と満面の笑顔でセレスティアは答える。
ベルミールはこめかみのあたりをペンの背で掻きながら眉を寄せる。
「それならドラッケンフェルド卿もご納得を……、いや、でも、それではシルヴァリア嬢は……」
「問題ありません。彼女には【祝福】があります。だから、彼女だけは大丈夫です」
笑顔で、力強く、セレスティアは言い切る。もちろんそれは半分嘘。けれど、そんなものはどうでもいい。
二人が損得を算盤勘定する。こうなればもう答えは決まっている。
二人が首を縦に振ったのは、それから七分後の事だった。
「ありがとうございます。それでは、その条件で彼らのS級昇格とさせていただきます。さて、それでは本題と行きましょうか。式典襲撃の件、でしたね」
セレスティアは涼しげな顔で会議を進める。
(……お膳立ては整えたぞ。頑張れよ、リューズ、シルヴァリア)




