96話 魔王降臨
――国王即位50周年記念式典から数日後。
街中に散らばっていた骨や魔石は全て回収されて、王立魔術機関で調査をするらしい。そこから犯人が洗い出せるわけではないが、今後の対策に繋がれば、とのことだ。
俺とシーラは家を出るといつも通り街外れの丘に向かい、新居予定の神樹の成長促進を行う。
「かなり育ってきた」
樹を見上げて嬉しそうにシーラは笑う。
「そろそろいいかもな。もうちょいだ」
「ふふ、もうちょいか」
樹が育ったら、部屋を作り、露天風呂を作り、畑を作る。まだまだスタートラインにも立っていない俺たちの家。
「……つーかさ。お前闇ギルドとも戦ってたんだってな」
セイランに言われるまで知らなかった。ボーンドラゴンはともかく、そっちは確実にベラドンナの差金だろう。
「ん?まぁ普通に。ピエロみたいな化粧してたけど」
「……ま、無事でよかったよ」
「当たり前」
と、得意げに胸を張った後でシーラは何やら左手を握っては開き、何か気にするそぶりを見せる。
「どうかしたか?」
「んー、別に。なんでもないけど」
「ならいいんだけどよ。疲れてるなら言えよな?無茶したばっかなんだから。つーか、こないだお前空飛んでたよな!?明確に!」
「あれはあの鳥人間の真似。できそうだと思ったらできた」
ヴィザからの帰り道で出会った、【飛翔】の祝福を持つ【翼人】アクティカ。一度出会って一度見ただけで、『できそう』で『できた』、と。
今更ながら、シーラのすごいところは学習能力と模倣能力なんだろうと思う。セイランの動きを見て学んだ時もそうだし、料理だってそうだ。見れば見ただけ、真綿に水が染み込む様に吸収していく。
「相変わらず人間離れしてるよなぁ」
俺が苦笑いで呟くと、シーラは『人間だけど』と真顔で返してくるお決まりのやり取り。
ギルドに向かう道すがら、大通りの一部はいまだ復旧しない大陥没。まるで災害のあとのようなそれを一瞥もせず涼しい顔ですぐ隣を歩くシーラ。
警備にあたる憲兵たちはシーラが通るのを敬礼を以て見送る。当然ながら、シーラはそれに気づきもしない。
「……なぁ、あいつ声掛けないと気が付かないからさ。声掛けてやってよ」
小声で憲兵さんに伝える。
「おっ……、お疲れ様です!シルヴァリア様!」
気後れしながらも、直立敬礼で声を張り上げる憲兵さん。シーラは訝し気に視線をやり、首を傾げる。
「は?なに急に。別に疲れてないけど」
「それはなによりでございます!」
「え、こわっ。リューズ、行こ」
まるで不審者を見るような視線を憲兵さんに向けつつ、シーラは俺の服の袖を引く。憲兵さんはどこか嬉しそうにシーラを見送る。
前夜祭から式典を経て、明らかに王都の人々のシーラを見る目が変わった。今までは『黒姫』と言う異物として、畏怖と奇異と憧れの入り混じった複雑な感情だったものが、今ではもう当たり前に『英雄』として人々に受け入れられている。シーラ自身は何も変わっているつもりはないので、周囲の変化に困惑している様子だ。
隣を歩く俺の顔を見てシーラは眉を寄せる。
「なんで笑ってる?」
おっと、いつの間にか口元が緩んでいたようだ。
「いや、別に」
そして、ギルドに到着。重い扉をギィと開いて中に入る。薄暗い室内はバーが併設されていて、いつだって酒とたばこの匂いと冒険者たちの喧騒で満ちている――はずだった。
いつも通り、多くの人で賑わう王都の冒険者ギルド。にもかかわらず室内はシィン……と静まり返って咳払い一つも聞こえてこない。
「え、なんだよこれ」
俺の独り言は壁に反響して僅かに響く。そのレベルの静けさだ。
冒険者が座るテーブルに置かれたビールは、泡も消えて気も抜けている。まるで、時が止まったかのような異様な空間。
そうだ、イズイは――!?と思って、視線を向けてようやく原因に至る。
王都のギルドに三つある受付カウンター。その真ん中に腕を組んで偉そうにふんぞり返って座っている見覚えのある人物。真っ白な波打つ髪にたれ目気味の真紅の瞳。
「よう、リューズ。シルヴァリア。元気か?」
全国のギルドを統べる頂点、『魔王』の二つ名を持つギルドマスター・セレスティアが受付カウンターの向こうに鎮座している。そりゃあこんな空気にもなるよ。はた迷惑な。
「ん。普通」
「わはは、そっか。普通が一番だよなぁ」
セレスティアとシーラが笑いあう中でもギルドの沈黙が続いていて、セレスティアは足を組んで椅子に座りながらギルド中を見渡してみる。
「しっかし、お通夜みたいな空気のギルドだな。誰か死んだのか?」
「さぁ?いつも通りじゃない?」
背中に冒険者たちの期待に満ちた視線をひしひしと感じたので、愛想笑いを浮かべて軽口を叩く。
「あのー、多分セレスティアが怖いからじゃないっすかね?」
「あぁ!?私のどこが怖いんだよ!?適当な事言ってるとぶっ殺すぞ!?」
ダン、と受付台を叩きながらあいさつ代わりの殺人予告をかましてくるギルドマスター・セレスティア様。
「そこそこ。そういうとこだぞ」
セレスティアはチラリと、冒険者たちに視線を送る。すると、注目していた冒険者たちはいっせいに目をそらす。
「……コ、コワクナイヨ?」
「手遅れだろ」
大きくため息をついたセレスティアは、無造作に頭をかくと開き直って椅子にふんぞり返る。
「べっつにぃ?冒険者に仲良しこよしなんざ必要ないだろ。知らね。勝手に震えてろ」
「……ひでぇ言いざまだな。何しに来たんすか?」
「ん。手ェ出せ」
シーラが言われるままに右手を差し出す。ほとんどの冒険者は利き手の反対にギルド証の腕輪をつけている。シーラの右手首にはC級を表す鉄製の腕輪。セレスティアがそれに触れると、鈍く輝くその腕輪はたちまち煌めく金色の腕輪へと姿を変える。金色の腕輪、それはA級冒険者の証。
「おぉ」
短く感嘆の声を上げるシーラにクスリをしながら、今度は俺へと手を伸ばす。
「リューズ。お前もだ」
「え、あ。あぁ」
感動とか、感慨とか、感傷とか。自分で思ったよりも様々な感情が渦巻き混ざって一つになろうとする。
次の瞬間、俺の左手首に巻かれた鉄の腕輪は……、燦然と輝く黄金の腕輪となる。
「『三食おやつ付き』、王族推挙の特例を以て……本日よりA級パーティに認定する。これは貴族階級で言えば伯爵級に匹敵する栄誉だ。ひとまず『おめでとう』、と言っておこうか」
俺とシーラの手を持って、セレスティアは優しく微笑んだ。
嬉しそうに微笑んだシーラは、チラリと俺の顔を覗く。
「泣く?」
「……泣くっ」
ズッと鼻をすすりながら俺は堂々と宣言する。ギルドの中はいつしかいつもと同じ賑やかな空気に変わっていて、さっきまでのお返しとばかりに大きな大きな喧騒と拍手が室内に鳴り響いた。




