94話 エクストラバトル
――ウィンストリア王都、市民街のはずれ。
まったく手入れのされていない廃教会はかつてブラドライト正教が国教に認定される前まで、主に一般市民に信仰されていた『アニマ・ソフィア星教会』と言う教会だった。
ブラドライト正教が国教に認定された後は、一方的に邪教と謗られて迫害され、今は朽ちた教会をかろうじて残すだけとなる。
明かりもない、薄暗い聖堂内には二人の人影。汚れたグラスに炭酸水の瓶を傾け、注ぐ。
「あれでよかったのか?せっかくあそこまで大掛かりな仕掛けをして、うまくすれば両方の首も取れたろうに」
光の届かぬ聖堂の中、そう問いかけたのはS級パーティ『アークライト』の前衛を務めるビーツ。
ビーツは二つのグラスに炭酸水を注ぎ終わると、そのうち一つを目の前に座る男に差し出す。
真っ白な衣服に身を包む彼は、グラスを受け取るとチンとビーツのグラスと重ねて音を立て、炭酸水で喉を潤す。
「別に大した話じゃない。国王に教皇……、殺すのだけが目的なら今までだって幾らでも機会はあったさ」
少し間を置いて、彼は言葉を続ける。
「今回は、魔石の脅威を少しでも世に植え付けられれば及第点だろ?あいつらは、ただ殺すだけじゃあダメなんだ。……父さんの汚名を雪いでから、きっちりと苦しんで死んでもらわなきゃならない」
雲が切れ、ほんの僅かに月明かりが漏れ入る。月明かりが照らす彼は『アークライト』のリーダーであるノア・アークライト。
汚れたグラスを月明りに照らし、しゅわしゅわと泡を立てる炭酸水を眺めて、自らを嘲る様に笑う。
「その為にこんな道化を演じてるんだから」
おどけた様に両手を広げて、真っ白な衣服を見せつけると、それを聞いてビーツも笑う。
「大した役者だな、勇者サマは」
「ま、それはお互いに」
ビーツはグラスをグイっと一気に傾け、炭酸水を一口で飲み干す。
「さて、そろそろ城のパーティ行かないとな」
「あー、うん。僕は遅れて行くから先行って」
ノアは困り顔で微笑む。
「苦手なんだよ、明るいところと人が多いところ」
「……りょーっかい」
◇◇◇
――同じ頃、ウィンストリア城では盛大なパーティが行われていた。
本来は王侯貴族のみの後夜祭的なものを予定していたが、城の広間と中庭全てを開放して、王都の危機を救った冒険者や、兵士達も招いた盛大な宴が催されている。
「リューズ」
立食形式のパーティ会場。皿を片手にシーラは不満げにリューズを呼び、皿を指差して呟く。
「これは何?」
「ん?イワシの骨せんべいだが?」
「は?約束が違う。私はあのおっきい骨がよかった」
文句を言いながらシーラは骨せんべいを手で掴み口に入れ、ポリポリと小気味良い音を立てて咀嚼する。
「おいしっ。骨までおいしいとは」
「だろ?」
「でも、それとこれとは話が別。もう一度言うね。私は、おっきい骨が、よかった」
強調するように一単語ずつ短く区切って、ゆっくりとシーラはリューズに告げる。
「……うえぇ。消し飛ばしたのお前だろぉ」
そんなやり取りをしているとセイランが二人に近づいてくる。
「あはは、こんなところでわざわざそんな物食べなくても良いじゃない」
「よう、第三王子どの。『セイラム』ってのが本名なのか?どっちで呼んだらいい?」
セイランは手に持ったワインを一口飲み、上機嫌にか答える。
「どっちでも。あなたの呼びたい方で」
「じゃ、セイランでいいな。まったく、物好きな王子もいたもんだ」
セイランはグラスに入ったワインをリューズに差し出す。この一杯でE級冒険者なら一年は暮らせる様な高級ワイン。
「本当はまだバラすつもり無かったんだけどねぇ。ちょっと着替える暇が無くって」
本来であれば式典を抜け出して冒険者の服に着替える予定だったのだが、火急の事態にそうも言ってられず、礼服のままの参戦となったセイラン。結果、身分が露見することになった訳だが、さほど気にしている様子でもない。
「でもいいんだ。もう目的は達成してるので」
そう言ってセイランは満足げな笑みを見せる。
――すべてのダンジョンを消す。その為に協力者を探している、とかつて彼は言った。実力があり、身分や等級で人の扱いを変えず、地位や名誉に縛られない人を。
どうやら、第一の目的は達成できたようだ。
「リューズ。私もそれ飲む」
ワイングラスを指差してシーラはそう告げるが、リューズは苦々しい顔でグラスを遠ざける。
「だから酒は三年早いんだよ」
リューズの小言にぷいっとそっぽ向きで返し、標的をセイランに変える。
「ねぇ、それちょうだい」
「僕を名前を呼んだらあげるよ」
「やるなよ」
「は?くれたら呼んでもいい」
「いやいや。呼んだらあげるよ」
セイランは涼しげな笑みでグラスをシーラから遠ざける。忌々しく顔をしかめてシーラはセイランを睨むと、チッと威圧的に舌打ちをする。
「リューズ。こいつ全然ダメ。まるで話が通じない」
「シーラ、不敬罪で捕まるぞ?」
彼らが普段通りのやり取りをしているその時、不意に会場の空気が重く、冷たくなった様な感覚を得る。
勝利の美酒に酔い、賑やかに歓談していた中庭は瞬時にシンとして、その場の全員が城へと続く階段に目をやる。
誰が来るのかはまだ見えない。けれど、誰が来るのかは皆が分かっていた。
「あぁ、どうしたんだい?めでたい席だ。続けて」
カツ、カツと靴音を鳴らし、穏やかな笑みと声で皆に呼びかける男――、ヴァンデント・ダル・ドラッケンフェルド公爵だ。その一歩後ろをタイトなドレスを身に纏ったベラドンナが付き添っている。
「あっ。お父さん。久しぶり」
骨せんべいをポリポリと食べながらの、呑気なシーラの声が重い空気を一瞬で切り裂く。
それと共に、中庭は別の驚きでどよめきが生まれる。
「……お父さん?てことは黒姫は、ドラッケンフェルド卿の!?」
「公爵令嬢かよ!」
登録名はミドルネームで止めているので、当然の驚きだ。
「やぁ、シルヴァリア。君の活躍は遠方から届いていたよ。きっとシルフィーナも喜んでいるだろう」
シルフィーナ。それはシーラの亡き母の名前。
「でしょ。お墓、綺麗になってる?」
嬉しそうに問いかけるシーラに、ヴァンデントは柔和な笑顔で頷く。
「勿論だよ」
最早中庭の視線はこの二人にのみ注がれる。
――いや、三人だ。
「あのなぁ」
不快感を露わにしたリューズが割って入る。怒りに震える拳を握りしめて、真っ直ぐにヴァンデントを見据える。
「墓なんて……、活躍しなくても綺麗であるべきだろうが!」
「そうなの?」
首を傾げて頓狂な問いかけをするシーラの言葉は怒るリューズの耳には入らない。
だが、ヴァンデントはそんな怒りもどこ吹く風とばかりに笑みを絶やさずに言葉を返す。
「やれやれ、唐突に随分とお怒りの様だねリューズくん。……恐らくは何か誤解やすれ違いがあるのだろう。でもね、我が娘の事でそこまで怒ってくれると言う事実。私はとても嬉しく思うよ。そこで――」
ヴァンデントは大きく両手を広げる。
「お詫びに一発殴らせてあげよう。どうだい?それで君の気が済むのなら安いものさ」
衆人環視のこの状況で、国家の柱石たるヴァンデントに、まともな神経を持っていたらその様な蛮行を働けるはずがない。
――そう、まともな神経を持っていたなら。
ゴッ、と鈍い音が広場の静寂を打ち破り、さらなる静寂を生む。
リューズの拳はヴァンデントの頬を打つ。
広場ではすっかり酔いの冷めてしまった冒険者や兵士たちが事の顛末を見守る。シーラは何を考えてか無言でじっと二人を見て、さすがのセイランでさえも苦笑いだ。
「あれ?ダメでした?」
リューズは真顔でヴァンデントに問いかける。
「面白い男だね、君は」
そう呟いてニィッと笑うヴァンデントの目は鈍色に輝いて見えた。




