92話 討伐・ボーンドラゴン
――突如として王都の中心に現れたのは、無数の骨が折り重なって出来上がった巨大な竜。――ボーンドラゴンだ。
数百体のアンデッドの骨を使って出来上がったそれは家の屋根よりもさらに大きく、高く、骨だけでできている真っ白な身体の中で、その瞳だけはまるでマグマの様に熱く、赤く燃えていた。
「……う、噓でしょ」
「これは……」
歴戦のS級パーティたる『アークライト』。その一員たるメリッサとルークも、あまりに現実感の無い光景を見上げて呟く。
だが、彼らを現実に引き戻すようにノアが声を上げる。
「目標――、仮称・ボーンドラゴン!陛下のお命が最優先だ!行くぞ!」
真っ白な剣を抜いて、声を張り上げるノアを見て、他の三人の表情も引き締まる。
『おうっ!』
前衛のノアとビーツが一直線に前に跳ぶ。まずは国王の乗る馬車の安全確保。今のままでは竜の気まぐれ一つで明日にも追悼式典を行うことになる。
互いの動きを見て、後衛二人も術の詠唱に入る。
「罪科を拘せよ聖光よ……、【聖光鎖縛】!」
神聖術士のメリッサが詠唱をして杖を向けると、ボーンドラゴンの足元に魔法陣が光り、そこから無数の光の鎖が現れる。ギシっと骨が軋む音が聞こえ、ボーンドラゴンはその場に拘束される。だが、メリッサは険しい顔で次の術の準備に入る。
「あんまり長い時間拘束できなそう……!」
「そりゃこれだけの大きさだからね。でも十分」
踊る様に両手で複雑な所作を終えた魔導士・ルークが勢いよく両手を合わせる。『パン!』と乾いた音に続けて、彼は唱える。
「空亡律令」
合わせた手を引き剝がすように大きく開くとボーンドラゴンの周囲を無数の立方体が取り囲む。殆どが透明なそれの中に、いくつか色の付いたものが混じっている。
その立方体を足場替わりに、前衛二人はボーンドラゴンの頭上へと駆け上がる。
「エクスっ――」
立方体を蹴って大きく飛び上がり、真っ白な剣を振りかぶる。振りかぶった刀身に魔力が集まり、やがてそれは耳鳴りのような耳障りな高周波を周囲にまき散らす。魔力は超高速で刀身を駆け巡り、その振動は輝きを生み出す。光の刀身は振動しながら、さらに大きくなる。
「――カリヴァァ!」
振り下ろされた巨大な光の剣は、ボーンドラゴンを頭から両断する。
――はずだった。事実、した。
タッと、ノアが地を踏む。そして、白い巨体を見上げる。そして、自嘲的な引きつり笑いを見せる。
「ビーツ。陛下の馬車運んで。一人で行けるだろ?」
ノアの言葉の意味が分からずに、ビーツも彼の視線を追う。そして、苦笑いで二つ返事。
「り、了解」
両断されたボーンドラゴンはカチャカチャと乾いた音を立てて再び一つに戻ろうとしていた。元々が無数の骨の集合体。斬って死ぬ道理はない。
「空いてるやつ手ェ貸せ!陛下を救え!」
ビーツは声を上げて馬車へと走る。
後衛二人も次の動作に移る。再生を終えたボーンドラゴンは、大きく口を開くと、長く、長く息を吸い込む。
ピタリ、と止む。
「ヴォオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲオオオオオッ!」
大気をビリビリと揺るがす咆哮がその巨体から放たれ、重厚な装飾のなされた王族特別仕様の馬車はなすすべなく横転して、そのまま街道沿いの建造物へと吹き飛ぶ。
「陛下っ!」
ビーツは血相を変えて横転してひしゃげた馬車へと駆け寄る。駆け寄ると王のうめき声が耳に入り、彼の生存にビーツはひとまずほっと胸をなでおろす。
馬車はひしゃげて変形して、檻の様に建物へと食い込んでいる。その中には王と王妃、二人の姿があった。
「……あっ、あなた!」
王は横転の際に妃に覆いかぶさり、頭部から出血がみられる。
「あぁ、無事か。よかった」
ニコリと妃に微笑む国王の足はしっかりと馬車の車輪に食い込んでいた。一目で容易に取れない事はわかる。
「君、メイジーを頼むよ」
国王は手近にいたビーツに笑顔でそう言った。メイジー・イル・ウィンストリア。長年連れ添った妻の名前。
「へっ……陛下!それは……」
「問答の余地は無い。私はいいから、妻を頼むよ。そら、早くしないと次が来るぞ」
ビーツは数秒間の葛藤、その末にコクリと頷き、王に敬礼をする。
「ご命令、しかと承りました」
「よろしくね」
ビーツと数名の兵士はメイジー妃を馬車から救い出し、そのまま沿道へと足早に避難させる。それでもなお、多くの兵士は国王の元に残る。
すぐそばで、ノアがボーンドラゴンと戦闘を行っている。どれだけ斬ってもすぐに再生してしまう。ノアはチラリ、と横目に馬車の状態を確認する。
ボーンドラゴンは再び口を大きく開く。今度は息を吸うわけではない。口の奥には、彼の瞳と同じく真っ赤な熱い何かが渦巻いている。
「来るぞっ……!ブレスだ!」
国王の馬車を背に、ノアは剣を構えて防御態勢を取る。ルークも、メリッサ防御魔法を展開するが、ノアと馬車は距離があり、双方は守れない。だが、二つの標的はブレスの車線上だ。ただの咆哮で建物を吹き飛ばすような威力。口元からすでに滾る炎が漏れ出るこのブレス、どれだけの威力があろうことか。
二人の判断はノアの正面に多重障壁。少しでも、後ろへの被害を減らし、ノアを、国王を守る。
感じる魔力の量は絶望と直結する。あとは、神に祈るしかできない。
「まったく、バカばっかりだなぁ。壊せばいいのに」
国王の馬車の上からあきれた様な声がした。同時に、薄緑色に光る透明な刃を持つ巨大な鎌が振り下ろされる。
死神の鎌を思わせるそれは、一振りで建物を、馬車を両断する。まるで透視でもしているかのように、王の真横を通ってひしゃげた馬車を両断する。
地獄の戦場に似つかわしくない涼しげな声と笑顔が地面に降り立つ。それを見て国王はあきれ笑いを浮かべる。
「どこほっつき歩いてたんだ、放蕩息子め」
国王と同じ礼服に身を纏うセイランは大鎌を構えて、クスリと笑う。
「ん?ちょっと人助け。あはは、親孝行間に合ってよかったよ。父さん」
「軽口はいい。早く逃げんと次の攻撃が――」
「平気でしょ」
セイランは国王の言葉を遮って空を指す。
「もう着くから」
その言葉通り、ボーンドラゴンの上空に日の光をわずかに遮る影。
人目のつかない上空で、遠慮会釈なしに魔石を頬張りながらシーラが落下してくる。
その左手にパリっと雷が迸る。同時に現れたのは神々しい純白の大槌。
「トールハンマー」
大きく口を開いたボーンドラゴンの頭部に、まるで神の怒りに触れたかのような眩い雷が稲光と共に振り下ろされる。灼熱の炎を湛えたその口は強制的に閉じられ、口の中で弾ける。
一秒遅れて、耳をつんざく轟音と、ボーンドラゴンの咆哮に匹敵するような風が吹く。
「また骨かぁ」
重たいハンマーを肩に乗せ、頭部の消し飛んだボーンドラゴンを眺めてシーラはつまらなそうに呟く。その身体はぽうっとほのかな光を帯びる。
それに気づいたシーラは嬉しそうに辺りを見渡す。
「おそっ」
視線の先には、汗だくで、オールバックにした髪もぼさぼさに乱れたリューズの姿。
「……はっ、早いほうだろ」
「リューズ。骨はどうやったら食べられる?」
ゼェゼェ、と肩で息をするリューズにシーラは問いかける。
「そ、そうだなぁ。骨せんべいとか、どうだ?」
「骨せんべい」
聞いたことのない単語にシーラはワクワクを隠し切れないと言った様子で復唱する。
そして、目の前でまた再生するボーンドラゴンに大槌を向ける。
「決まり。お前は骨せんべい」
「……えぇ、これ食うのぉ?」




