90話 対話
――【全属性同時解放展開】。
セレスティアが古代魔法と称したシーラの必殺とも言える魔法術。ダンジョンの壁面に大きな穴を開け、ヴィザの闘技場を消し飛ばした超火力だ。
魔物と民衆、そして闇ギルドの冒険者が入り乱れる戦場で、シーラの頭上と背中には術の象徴たる光輪が輝く。
「……ま、まさか」
ヴィザの戦いを知っている闇ギルドの男の頰を冷たい汗が伝う。
「こけおどしだ!撃てるわけねぇ!みんな死ぬぞ!?ガキも、ババァも!」
シーラの脳裏にはあるビジョンがあった。そして、それはできるとの根拠のない確信もあった。
「……どう?できそ?」
嵐の様な魔法攻撃を受けながら、シーラは誰かと会話をするかの様に呟く。
「おーら、とか。そんな。あ、多分それ」
納得した様に頷き、両掌を前に出して魔法を受ける――、と同時に唱える。
「【XCIX】」
唱えると、光輪から弾ける様に、色とりどりの無数の小さな光の玉が生まれる。その数は十や二十ではきかない。百に少し欠ける数。
「難しいことはいい。魔法だけ消して。おーら、あじる、いぇすと、なんとか」
それは闘技場でセレスティアが唱えた古代魔法。
すると、色鮮やかな光の玉は自我を持つ様に不規則に飛び回り、そのいくつかはシーラの身体を覆う。
「構うな!殺るぞ!」
男は炎魔法を放つ。だが、それを狙ってシーラの意思とは別に光の玉が一直線に煌めく。その光は氷結魔法。
ぱしゅっと星の様に煌めいて、二つの魔法は相殺される。炎は氷と、光は闇と、雷は地と、全ての魔力は相反する属性で相殺される。
「……なっ」
唖然とする男の前に、超高速でシーラが現れる。身体にまとった光の玉で普段より更なる高速移動を可能としている。
「ふふ、花火みたい」
「うっ……ああああ!」
伸ばした両手で、至近距離で、相打ち覚悟で男は魔法を放つ。
乾坤一擲を込めたその魔法は、ぽしゅっと緑色の光に変わり、手錠を乞う罪人の様に伸びたその両手は、彼が気付くよりも速く無情にも両断されて地に落ちた。
「次っ」
人間離れした急速転回でシーラは次の標的へと向かう。残りは三人。魔導士一人と近接二人。骨の魔物は取るに足らず。
魔導士はもはやシーラを狙う事もせず、民衆に向けて魔法を放つ。放とうとする。何度魔法を放っても、色とりどりの光に変わり、いたずらに魔力だけが消費された。
「ちっ……くしょおおおおおお!」
「うるさっ」
断末魔の声を止める様に短刀が喉を裂く。
残りは近接二人のみ。もう民衆を巻き込めもせず、二人だけの連携ではどう足掻いてもシーラを殺す事など出来はしない。
それは彼ら自身がよく分かっている。もはや一瞬の猶予もない。次の瞬間にも自身の心臓を純白の短刀が貫いているかもしれない。
「くっ!」
男は人混みへと駆け出す。逃げようとする子供の手を無造作に引き、その首元に剣を突きつける。
「ぅう……、動くな、化け物!動くとこのガキを殺すぞ!?」
使い古された陳腐な、だが堅実な脅し文句。その言葉にシーラはピクリと反応する。
「殺す?」
怯えて声も出ずに震える子供。地面を蹴る音も無く風が吹いたと思う間も無く、男の両手はするりと落ちる。
「それはダメ」
身をひるがえして子供を保護する。
「ああああああああっ!?手っ!?手がァ!?」
「ひっ……ひぃいいいいいいっ!」
残る一人は悲鳴を上げて逃走を図る。
「危ないよ」
子を親の元へと促しつつ、シーラは再び急速方向転換を行い、残る一人を追う。
はず、だった。
「あれ?」
宙を舞ったシーラの身体は、そのまま力なく地に落ちる。
魔力切れ。あれだけの出力で古代魔法を扱えば当然といえば当然。例外は【魔王】くらいのものだ。
「やば」
収納魔石を開いて魔石を取り出そうとする。手元が急に影で暗くなる。
「どうしたぁ?」
左手を蹴り上げられ、収納魔石が音を立てて石畳の上を滑りゆく。
「……は?どうもしないけど」
地を這いながら強がるが、身体を起こす事すらままならない。光輪も消え、男から見れば原因はわからないが明らかに異常に弱っているのが見て取れる。
躊躇なく、男は横たわるシーラの腹を蹴り上げる。背の割に細身のシーラの身体は屈強な男の蹴りを受けると、一度宙を舞い、石畳を転がる。
「げほっ。ざ、ざーこっ……。よわっ」
男は一応反撃を警戒していたものの、今の一撃でシーラの余力がない事を確信する。確信すると、ニィっと下卑た笑みを浮かべ、剣を持ち悠然とシーラに近づいてくる。
「ぶははは、二億げぇ~っと。独り占めだぜぇ」
「くさっ。近寄んな」
男はシーラの髪を無造作に掴み、首を上げる。憎まれ口を叩くが、もはやそれ以外できる事は無い。
左手で髪を掴み、右手に持った剣が首に向けられる。その瞬間、シーラの口は大きく開いて男の右手に噛みつく。
「ぐあっ!?あだだだだだっ!?放せっ!」
剣の柄で頬をゴッっと殴打すると、口は手から離れる。だが、弱っているとは言え魔石を容易にかみ砕く吻合力を持つシーラ。男の手は綺麗に歯の形に欠けている。
「まずっ」
シーラはプッと赤い何かを吐き出し、文字通り吐き捨てるように言い放つ。
絶対的優位な状況にも関わらず、思わぬ反撃を受けて、男は痛みも忘れて怒りに身を震わす。
「……くっそガキがぁ」
トッ、と男の背中に何かが当たる。
「あぁ!?」
シーラから視線を外さずに横目で見ると、そこには涙目で震える子供の姿。先刻シーラに救われた女の子だ。
「おねえちゃんからはなれろぉ!」
涙目で、両親の静止も振り切って男に石を投げる。
男は一瞬呆気に取られるが、すぐにその表情は嘲笑に変わる。
「よぅし、次はお前だ」
女児は、それでも石を投げる。声を上げ、石を投げる。
その姿を見て、シーラはクスリと笑う。
「つよすぎ」
女児の投げた石は石畳に落ちる。それは石では無かった。今、ここ王都の通りに数多落ちる石――魔石だ。
シーラは大きく口を開けて地面に落ちた魔石に首を伸ばす。石も、魔石も、草も、全部一緒くたに頬張る。
ガリ、ゴリ、と岩を食む音がする。
ほんのわずかな小さな魔石。だが、それだけで十分だ。
「よし」
反動を付けてピョンと飛び起きる。わざと目立ち、男の意識が自分に向く様に。
「逃すか二億っ!」
剣は躊躇無くシーラの首元へと振り下ろされる。シーラはじっと集中して息を吐く。そう長くは動けない。チャンスは一度。集中力を極限まで高めた意識は、周囲の時間を歪めた様に緩やかに映す。否、シーラ自身の動きも水中の様にゆっくりだ。
明確な殺意のこもった剣が振り下ろされ、シーラはギリギリまでそれを引きつける。殴る?一撃で?倒せなかったら?無数に広がる思考の分岐は、最早シーラの行動を制限するものでは無かった。
剣は振り下ろされる。だが、シーラとの距離は縮まらない。後ろに倒れ込んだシーラと剣の距離は縮まらない。
男が驚いた顔をしたその背後から、視界の外から大きく回したシーラの足が頭部を狙う。
倒れる様に身体を沈ませ、その勢いを使い身体を回して、全体重に遠心力を乗せた一撃は男の意識を一撃で刈り取り、吹き飛ばし、昏倒させた。
本能で紡いだ一撃。その技に名前がある事をシーラは知らない。
「私の勝ち」
疲労感のある顔で得意げに呟くと、少し考えて首を横に振り、振り返る。
「違った。私たちの勝ち、か」
少女ににっと笑いかけると、手のひらを向ける。
パン、と小気味のいい音が混沌とした青空の下に響いた。




