89話 刺客
大通りを埋め尽くすのは数えきれない群衆と、アンデッドの群れ。どちらの数も到底数える事などできはしない。
入り乱れる生者と死者。この状況では魔法を始めとした大規模な攻撃は使うわけにはいかない。
敵襲、と声を上げたはいいが、現場の指揮を執るA級の冒険者としてもここまで切迫して、自分たちの命以外がかかった状況はほとんど経験が無い。
「シーラ!」
リューズが振り向くと、すでにそこにシーラの姿は無く、両手に漆黒の手甲を装備した状態で宙を舞っていた。
「ん。敵は任せて。リューズはそっち」
シーラの指が示すのは混乱して狭い通路に殺到する群衆。逃げ惑う群衆が、さらに逃げ場を少なくする悪循環だ。
「……全く、便りになる相棒だぜ。任せた!」
互いに手を伸ばして空中でハイタッチ。そのタイミングでリューズはシーラに【再生】を掛ける。もはやルーティンのようになっている淡い光を見てシーラは嬉しそうに微笑み、魔物の群れへと消えていく。
「おっさん!」
リューズたちの班を統括するA級冒険者のレイドが血相を変えてリューズを呼ぶ。その表情でリューズは察してコクリと頷く。
「あぁ。まずは避難誘導。人がいるとまともに戦えないだろ」
そう言って肩をポンとたたくと、レイドは不敵さを取り戻してニッと笑う。
「わかってんだよ。……大丈夫だ!安全な場所はねぇ!だが、どこから逃げてもオレたちが守る!落ち着いて、ゆっくり逃げろ!ケガしたら『神戟』が治してやる!慌てんな!転ぶぞ、ババア!」
レイドの言葉にリューズはグッと一度口を結ぶ。――自分はもう『神戟』のリューズでは無い。けれど、その名前で人々が少しでも安心するのなら。
手を水で濡らして髪をかき上げる。かつての英雄『神戟』時代と同じ髪型。
「けが人!こっちに来てくれ!元!『神戟』のリューズ・レッドウッドだ!大丈夫、ここに俺がいる限り……誰一人死なせない!」
今この場に至っては『三食おやつ付き』を封印する。端的に、わかりやすいアイコンが必要。それが『元・神戟』。
リューズとレイドは連携して指揮を執り、民間人の避難誘導を行う。街中では【超速即時治癒魔法】は使えない。付近の生命力を用いる強すぎる術を、これだけ人が入り乱れる場所で使えば、何が起こるかわからない。
範囲を絞った【治癒結界】。切り傷や擦過傷程度であれば通行した瞬間治癒される。少しでも人々の不安を軽減するように、ストックしておいた花の種で門を象る。
「ザコ共!絶対通すなよ!……って言ってるそばからコラァ!」
配属されているC級以下の冒険者に喝を入れる彼に飛び掛かってくるのはオオカミ型の死霊兵。だが、それはレイドの眼前で強固な結界に跳ね返される。
シャヤルで会った時はチンピラ然とした柄シャツを着て帯剣していた彼の、見た目によらず器用な結界術にリューズは意外と驚いた顔をする。
「戦士、とかじゃないんだな」
「あぁ?悪いかよ、結界術士だ。魔物捕まえんのに便利だろうが」
「頼りになる班長だなぁ」
あきれ笑いを浮かべつつ、リューズは足元に転がる魔石を手に取る。
(……このアンデッドの群れは魔石から再生した、って事か?まさかこれがベラドンナの?いや、ここまでやるか?規模の割に俺たちに対しては直接的な被害じゃあないし……)
今考えても答えはでない。今はやるべき事をやるだけだ。
「このあたりはもう平気だな!?任せていいか!」
「おう!おっさん、あんがとな!」
「まいどっ」
――通りに停まる馬車の隊列にも混乱は広がる。
ウィンストリア国王と妃の乗る馬車は『アークライト』の四人が鉄壁の連携で守る。どれだけの死霊が襲いこようとも、彼らの純白の装備には汚れ一つ付けられない。
「先頭四両!死守だ!」
「おう!」
数無数に襲い来る魔物の群れから、四人で四つの馬車を守る。王と妃、ドラッケンフェルド家、ザカリウス教皇、そして隣国バリルライオ王。彼らの任務はこの四両を守る事だ。以降の馬車は距離が離れている為、騎士団が守護に当たっている。
「……さすが、S級の『アークライト』でございますな」
「ふむ」
即位して50年、数々の修羅場を潜り抜けた国王は、この事態に及んでも動揺する様子は見られず馬車の中で情勢の把握に努める。
「街の被害は?他の馬車にも被害は出ていないな?」
王からの問いに、伝達の兵はビシッと敬礼を行い返答をする。
「ハッ!ダリウス第一王子、エリアス第二王子両殿下の車列はご無事との事です!」
その報告を聞いてウィンストリア王の眉がむっと寄る。
「セイラムは?」
そう問われ、伝達兵は言葉に詰まる。
「……せっ、セイラム第三王子は――」
「構わん。言え」
「脱走致しましたっ!」
予想していた答えに王は大きくため息をつく。
「あの馬鹿……、こんな時にいったい何を」
隣に座る妃はその様子を見てクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ、あなた。セイラムは優しい子ですから」
「むぅ……」
――大通り、南側。
魔物を狩り続けてシーラはここまで移動してきた。両手にはいつもの双剣よりもさらに小回りの利く真っ白な短刀を逆手に持つ。
「骨は食べてもおいしくないけど……」
それでも、人がケガをするとご飯がおいしくない。なにより、リューズが悲しい顔をするのは嫌だ。
全部倒せばきっとまた褒めてもらえる。そんな事を考えながら半ば自動的に骨で作られた魔物を駆逐する。
避難は進んできたとは言え、いまだ魔物と人は混在する。
魔物から群衆を庇いながらの戦いになる為、どの冒険者も魔法は使えず近接武器に限られる。
現状円滑に避難が進んでいるのはリューズとレイドがいた箇所のみ。それ以外はまだ混乱と混沌の只中だ。
シーラが短刀で何十体目かの魔物の首を落とす。その瞬間、およそこの場で使うにふさわしく無い火力の火炎魔法が、逃げ惑う人々がいるにも関わらず魔物へと放たれる。
「危なっ」
シーラは咄嗟に手を伸ばして火炎魔法を手で止める。威力としてはなかなかの物。受け止めたシーラの右手の衣服は燃え、微かに出来た火傷はリューズから貰った【再生】で癒される。
「ねぇ!危ないんだけど!まだ人いるでしょ」
魔法の飛んできた方を向いて声を上げる。だが、返事の代わりに飛んできたのは複数の攻撃魔法だった。
「は?」
シャヤルの時と同じく、避ければ民衆に被害が出る。
一切の躊躇いなく、シーラは身を盾にして魔法を受ける。
「はははっ!話に聞いた通りのバカだぜ、このガキ」
「黒姫だかなんだかしらねぇが、これで二億とは楽な仕事だぜ」
記念式典を祝う様に、顔に道化のペイントをした大柄な男達は下卑た笑いを浮かべながら、再度シーラに向けて魔法を放つ。四人とも、頬には目印の様に黒い涙のペイントがされていた。
四人組。二人が遠距離から魔法を放ち、残る二人が近接攻撃を仕掛ける。
「うざっ」
魔法は当然の様に民間人を巻き込む位置と規模で放たれ、見事な連携でシーラの隙を突いて刃が襲う。B級としても上位クラス、下手したらA級相当の手練れだ。
――リューズと分断させ、超火力を使わせない。
そんな闇ギルドの考えた策は見事にハマり、状況は整った。
躱し、受け止め、斬られ、逃す。対人戦の経験の浅いシーラは、常に無数の判断を迫られるその戦いに翻弄される。
それは魔物を倒すための動きでは無い。シーラとは真逆な、人を殺すことに特化した動きだ。
無詠唱の【再生】。その効果時間は切れて、シーラの傷も治らなくなる。
シーラはふーっと一度息を吐く。
シャヤルではリューズが状況を打破するきっかけをくれた。だが、リューズは今は離れたどこかで人を助けているのだろう。
――だから、私を助けには来ない。
それが嬉しく、戦闘中にも関わらずシーラに笑みが漏れる。
「私は任されちゃったからね」
そう呟くと、左手を横に伸ばしてまた呟く。
「【全属性同時解放展開】」
シーラの頭上と背中に光の輪が輝いた――。




