86話 蠢く陰謀
――ウィンストリア、市民街の外れ。
平民風の装束に身を包んだ二人の人物が、街の外れにある廃教会を訪れる。二人はベラドンナの従者だ。
「……教会、ですか。ブラドライト正教では無い?」
先日、リューズたちと相対した時に剣を抜こうとした若い女剣士が教会の入り口を見上げて帯同する老紳士に問いかける。
「えぇ、40年前くらいは割と各地にあったのですがね。現国王陛下がブラドライト正教を国教と定めてからはやはり衰退の一途と言う訳です」
「なるほど……」
興味深げに建物を眺めながら、二人は蝶番のさび付いた古い扉を開いて室内へと至る。
街は夕暮れ。天窓には夜に至らぬ群青の空が映る。
教会の中には誰もおらず、女剣士は祭壇の前の座席に座る。老紳士はゆっくりと歩みを進めて聖堂の奥へと進み、人目につかぬ暗がりにひっそりと設置された告解室の前に立つ。周囲を軽く見渡して、彼は扉を開いて室内に入る。
そこは、外部の音も光も遮断した、完全な密室。
「神よ。これから犯すわが罪を、どうかお許しください」
老紳士は呟く。過去の罪を懺悔するこの場所で、大胆にも未来の罪を宣言する。
――それが符丁だ。
告解室にぼんやりと明かりが灯る。
「内容は?」
聴罪側の小部屋から問いが返り、老紳士は精巧な似顔絵の添付された書類を小窓から差し入れる。
「明後日、国王陛下の記念式典がありますよね。そこで一つお願いがあるのですよ」
書類を見て男は苦笑いを浮かべる。添付された似顔絵は二人。黒髪の美少女と、銀髪で無精ひげの中年。――シーラとリューズだ。
「『黒姫』と『神癒』じゃないか。超が付く有名人だぞ。まさか殺せとは言わないよな?」
男の反応を聞いて老紳士は失笑を漏らす。
「あぁ、無理なら結構です。『闇ギルド』……と言うのはそんな無理も聞いてくれると思っていたのですがねぇ」
その言葉は的確に男の矜持に触れる。
「早合点するな、無理とは言ってない。ただ値が張る、ってだけの話だ」
「可能、と?ヴィザでの『魔王』との戦いを知ってそう言っているのですか?」
わざと試すように老紳士が問いかけると、男は得意げに答える。
「あのバカ火力だけ使わせなければどうにでもなるさ。そんな小娘より厄介なのはこっちのおっさんだろうが。……まぁ、こいつには武力は無い。だから二人を分断して――」
男はブツブツと独り言のように呟き、それを聞いて老紳士は満足げに笑う。
「おいくらになりましょう?」
「五億。状況を作るのに経費が掛かる」
「おや、案外お安いのですな。……ではいつも通り前金で半分。お確かめ下さい」
収納魔石を五つ、小窓から男へと差し出す。取引に使いやすいように一つの魔石に五千万ジェンがしまわれている。
「……チッ、もっと吹っ掛ければよかったな」
収納魔石から取り出した札束を数えて、机に積む。積まれた札束は壁のように積みあがる。
「依頼を受ける立場で言うのもアレなんだが、あんたらくらいの権力があれば自分たちでどうこうできそうに思うがね。貴族様の考える事はわからんね」
金額を確認しながらの世間話。単純な疑問を口にした男に、老紳士は首を傾げる。
「そうですか?……虫けらを自分の手で潰したくない、と言うのは至極真っ当な発想に思えますけどねぇ」
「虫けら、ね」
男は独り言のように呟きため息をついた――。
◇◇◇
「リューズ。お祭り。行こ」
「……うえぇ、もう一週間連続で夕飯お祭り飯じゃないっすか」
「関係ない」
シーラは鼻息荒く俺の袖を引く。
別にただ祭りに行くだけなら問題は無い。問題は、祭りに行くと『俺が屋台で作らされる』事だ。初日にシーラの呼び込みでわたあめを売った事が口コミで出店の店主たちに広がって、何か買うごとに『兄ちゃん、うちでもやってくれよ』と声を掛けられる。
そして、シーラは期待に満ちた目で俺を見るのだ。それを断れるおじさんはいないだろう。おかげでかなりの屋台飯をマスターする事が出来た。
「シーラちゃん、今日はうち頼むよ!」
「ほら、一つ食っていきな!」
一週間毎日訪れた結果、シーラはもうすっかり出店側の人間になっていた。シーラはイカ焼きを一本受け取るが、そのままでは当然味がしない。必然、焼台を借りて焼く事になるのだが、その奇妙なルールは出店の皆さんも周知の事実だ。
俺が焼き台一杯に並んだイカを焼いている間、シーラは楽しそうに上げた両手を振りながら客引きを行う。
「イカ焼き。おいしい。世界一。とにかくおいしい。世界一。一本――」
と、口上の途中で眉を寄せて振り返って値段を確認する。
「一本たったの500ジェン。安い。タダ同然」
そりゃお前から見たらそうだろうよ、と焼き台の熱に汗を流しながら一人笑う。
シーラの客引きはもはやこの祭りの名物と化していて、シーラ目当てにたちまち客が並ぶ。
「がはは、兄ちゃんもありがとな!ほら、礼だ!」
3セット分のイカ焼きを焼いたところでお役御免。豪快な出店のおじさんはビールの満ちたジョッキとイカ焼きを一本俺に差しだしてくれる。
「あざーっす」
「シーラちゃん、ありがとなぁ!」
「祭り、楽しんで!」
「ん」
短く答えてシーラはヒラヒラと小さく手を振る。
「すっかり人気者だなぁ」
感慨深げにつぶやくが、右手にチョコバナナ、左手にイカ焼きを持ちご満悦のシルヴァリアさんの耳には入らない。チョコバナナとイカ焼きを交互に一口ずつ頬張り、甘いとしょっぱいの無限ループを楽しんでいる真っ最中だ。
「あはは、永遠に食べられる味」
「……それさ、口の中でイカとチョコ混ざらない?」
「ん?よくわかるね。たまに混ざる。チョコイカになる」
「だよなぁ」
両手に持つそれぞれが木の串だけになると、シーラは満足気に「ごちそうさま」と呟き、それを俺に手渡してくる。
「自分で捨てろよ」
「いやだけど」
一人手ぶらで手を揺らし、少し先を歩くシーラは思い出した様に口を開く。
「明日は何かの式典。ベラドンナも楽しみって言ってた」
言ってたけど、それは言葉通り受け取っちゃダメなやつだよ。確実に俺たちになんらかの不利益を与えようとしてるんだから。……と、思うが、そんな事シーラは知らなくていいとも思う。
「今まで気にした事無かったんだけど」
そう前置きをして振り返るシーラは眉を寄せて困り顔をしていた。
「もしかして、ベラドンナって私の事嫌い?もしかしてイジワルしてる?」
今更!?と思ってしまったが、命を狙われたのにイジワルで済ませるところがシーラらしいと内心クスリとする。
俺は振り返るシーラの頭を無造作にワシワシと撫で回す。
「気にすんな。俺もあいつ嫌いだから」
シーラは一瞬驚いて目を丸くしたが、次の瞬間乱れた髪で嬉しそうに笑う。
「そっか」
そこで終わればよかったのだが、嬉しそうに笑ったシーラは言葉を続ける。
「じゃあ殺す?」
「殺さない」
苦々しい顔で答えながら、もしかしたらシーラのお母さんも――、と怖い想像をしてしまったが、なんの確証も無いその想像は俺の中で留めて置く。願わくば、シーラもその考えに思い至りません様に、と願う。
いよいよ明日、記念式典が始まる。




