79話 祝福・【飛翔】
――色々あったヴィザの街を離れて、竜馬にてウィンストリアへと帰路を辿る。
「ヴィザから北西に行けばエルラディールだけど、本当に帰らなくていいのか?」
馬車で十日、竜馬なら二日程かかりはするが、国境沿いの要衝・エルラディールはドラッケンフェルド公爵家の領地。つまり、シーラの実家だ。
「帰る?今帰ってる」
当たり前の問いをまるで初耳とばかりにシーラは首を捻る。
「王都にはな。じゃなくて、エルラディール。お前の家に帰らなくていいのか?って聞いたの」
「あぁ、うちに行くかどうか、ね。最初からそう言って」
会話がかみ合わずにシーラは不機嫌そうに口を尖らせる。
「最初から言っただろ。『帰らなくていいのか?』って」
竜馬は風切って進み、シーラの黒い髪が風に揺れる。
「リューズ。『帰る』って言うのは、自分の家に帰る時に使う言葉。私の家は今王都で作ってるところ。あそこはお父さんとかベラドンナの家」
「……なるほど。そう言う認識ね」
そこまでシーラに言わせなければ察せられない己の頭の悪さを嘆く。要するに、お母さんもいない今、シーラの頭の中ではそこは自分の家と言う認識ではないのだ。父や義母、弟などが住んでいる、いわば『知り合いの家』くらいの認識なのだろうか。
考えてみれば皮肉なもんだ。【帰還】の祝福を持っているシーラが、帰る家がないだなんてな。
「帰ったら早く家できるように頑張ろうぜ」
俺がそう言うと、シーラは「ん」と短く答えて頷いた。
祝福、と言えば。シーラの魔石食いは【暴食】の祝福という事にしてセレスティアが喧伝してくれる事になった。魔石に限らずなんでも食べて力に変える異能、という設定。
『真似する馬鹿が出ると困るしな』
腕を組んであきれ顔でセレスティアはそう言ったが、そもそも魔石は高価で絵硬い。例えば宝石を食べたら強くなる、と言われて食べる人がどのくらいいるのかは甚だ疑問である。
ここ数日の天気は良好で、空は今日も青く澄み渡っている。日の光が街道沿いの木々の影を伸ばす。
びゅうと風が一陣吹き、影が俺たちを覆う。雲など視界のどこにもない。――じゃあなぜ?
「いやぁ、まだこんなとこにいたんすか『神戟』の旦那。遅すぎて一旦追い越しちゃいましたよ」
上空から声がして、顔を上げると深緑色の髪をした青年が軽薄そうな笑顔で宙に浮かんでいた。ただし、それはセレスティアのような浮遊魔法ではない。彼の背中には焦げ茶色の羽根で覆われた巨大な翼が生えていた。
「え、えーっと。どちらさん?」
向こうは俺を知っている様子だが、あいにく俺に羽の生えた知り合いはいない。
「あっはっは!冗談きついっすね、旦那。オレっすよ、オレオレ!」
「リューズ。これは人?魔物?」
シーラは翼の彼を指さして俺に問う。
「人っすよ!?」
「あー、シーラ。一つだけ約束してくれ。……人の言葉を話す生き物は食べちゃダメだ」
「食われる寸前でした!?」
「ん。しょうがない」
シーラはきちんと納得してこくりと頷く。
「じゃあインコもダメ?」
「なぜギリギリを攻める。まぁ、あれは鳴き声を真似しているのと同じ感覚だから、セーフだな」
「そっか。インコはセーフで、これはアウト」
「これ呼ばわりもうやめません!?」
話していて敵意は感じないし、そもそも攻撃の意図があったのなら声をかけずに上空から攻撃していただろう。
「で、君は何者なの?」
翼の青年は『待ってました』とばかりにニッと笑い、一度俺たちに背を向ける。その背には焦げ茶色の巨大な翼。そして、上半身を振り返りわざとらしくさわやかな笑顔で親指を立てる。
「オレはアクティカ。【飛翔】の祝福を持つ男、人呼んで【翼人】アクティカっす!以後お見知りおきを」
「……やば」
一瞬無言になった後、短く感想を述べてからシーラは心配そうに俺を見る。
「リューズ。やばくない?寝るときどうすんの、あれ。邪魔すぎない?」
「俺に聞くなよ、目の前の彼に聞け」
「あれ?『すげー!』とかない感じすか?」
ロングコートに、首からはゴーグルを提げる深緑色の髪をした青年は、頭の後ろで手を組みながら俺たちの竜馬についてくる。
「いやぁ、びっくりしましたよ。セレスティア姐さんが負けたって風の噂で聞いたんでね、どんな化け物が相手なのかってミールオープの街から飛んできたんです。あ、これ例えじゃなくて言葉通りの意味っす。あっはっは!」
一人で話して一人で笑い、一人で笑いながら膝を叩く。軽く笑うがミールオープって竜馬で二日はかかる距離だぞ?
「ねぇ、リューズ。こいつうるさい」
「それがまさかこんなかわいらしいお嬢さんとは。飛んできた甲斐があったってもんっすねぇ」
「ん?かわいい?」
予想外にシーラが食いついたので、話のとっかかりを得たアクティカは嬉しそうに笑いながら頷く。
「えぇ、そりゃもう!」
「じゃあ書いて。鑑定証」
「なんすか、それ!?」
驚くアクティカにシーラは深いため息で返す。
「書かないならいい。あっちいって。うるさいだけ」
ふと手首を見るが、どちらの腕にも冒険者の証である腕輪が付いていない事に気が付く。
「君は冒険者じゃないのか?」
ダンジョンに入るには冒険者登録が必要。【祝福】を得ていると言うことはダンジョンをクリアしているほどの実力者である事は間違いない。
「あぁ、辞めたんす」
あっけらかんと軽い口調でアクティカは言い、誇らしげに翼を広げて笑う。
「だってこのでかい翼っすよ?ダンジョンなんて入れないじゃないっすか?……本っ当に大変だったんすよ、帰り道」
「あ、あー……、そうなるか」
「それに、前々から思ってたんすよ。俺は日の当たらない所で、誰も見ていないところで仕事するなんて性に合わないって」
アクティカは首に提げたゴーグルを目につけると、びゅうと飛び去る。大きな翼の生えたその身体は一瞬で俺たちの視界から消え去る。そして、次の瞬間背後から特徴的な笑い方が聞こえてくる。どこをどう飛んだのか、瞬時に俺たちの背後に彼はいた。
「だから、今はこの大空の下が俺の仕事場っす。今は運び屋やってます。収納魔石にしまえるものなら、なんでも速攻でお届けしますぜ」
ゴーグルを外しながら、明るく笑うアクティカ。次の瞬間、お金を示すように指で円を作った彼の笑いは下卑た笑顔に変わる。
「まぁ代金もそれなりにはもらいますがね、あっはっは」
『お二人さん、それじゃまた』
そう言い残すと、また風が吹き、アクティカは風よりも速くどこかへと飛んでいき、すぐに見えなくなった。
シーラは不思議そうに彼の飛んで行った先を見つめ、困惑した顔で俺を見る。
「変なの。あいつは【祝福】あるのに楽しそう」
「だなぁ」
不便な事も多いだろうが、それ以上に楽しさが勝る……って事なのか。食堂とかもどう考えても席に収まらないよなぁ、と考えると、もしかするとヴィザのギルドで常に空いていたテーブルってあいつ用なんじゃないのか?って勝手な想像が浮かぶ。
「あいつの【祝福】は消さなくていいか」
一人納得したように頷くシーラの身体が竜馬のリズムで揺れる。
ダンジョンをクリアすることで得られる異能・【祝福】。もし仮に、ダンジョンが何かの墓なんだとして、それじゃあやっぱり【祝福】ってなんなんだろうな――。




