78話 私たちは『三食おやつ付き』だから
ヴィザの踏破済みダンジョン、その中層に位置する大空洞を後にする。――ダンジョンは、墓所なのかもしれない。そんな突拍子も無いイメージを俺とシーラは持つ。それがセレスティアの意図したものなのか真実なのかは今はわからない。
仮に墓所なのだとして、そこには誰が眠っているのだろう?じゃあ魔物とは?魔石とは?そして、祝福とは何なのだろう。
「なぁ、シーラ。【祝福】ってなに?」
こんな時はひらめき製造機シーラさんの出番。
「ん?邪魔すぎるやつ」
「わはは、率直すぎる」
シーラの答えにセレスティアも満足げに笑う。
俺とシーラは来た時と同様上層に通じる縦穴をはしごで上る。これを一時間はきつい。作った人もそう思ってくれたようで、ところどころに休憩用の横穴があるのは助かる。
セレスティアだけは梯子を使わずにふわふわと浮遊したままで上に上る。
「便利っすなぁ」
「便利だぞ。お前も覚えたらどうだ、古代魔法。おっと、失礼。治癒魔法しか使えないんだったねぇ。あはは」
「……本当に腹の立つ野郎だ」
「素敵な僻みありがとう」
俺たちが休憩している間もセレスティアは向きを変えながらふわふわと回る。
よく考えたら降りるのに一時間かかってるんだから、上りはもっときついんじゃないのか?と考えてピンと閃く。
「そうだ、馬鹿正直に上んなくてもいいのか。シーラ」
その一言でシーラも俺の意図を察した様子で、『ん』と短く答えて俺とセレスティアに触れる。
俺たち三人は瞬時にダンジョンの外、固く閉ざされた扉の外に至る。
「これは?」
確認するように自分の両手を眺めながら、驚き目を丸くするセレスティアが問う。
「祝福。便利」
「さっきは邪魔すぎるとか言ってたくせに。シーラの祝福だよ。【帰還】。一瞬でダンジョンの外に出られる」
言葉を補足してやると、セレスティアは納得したように頷く。
「……なるほど。ダンジョン探索で一番危険なのは帰り道。体力も魔力も食料も、折り返しを考えて先に進まなければならないからな。それを一切気にしなくていいのは冒険者としてはかなりの優位性だね。だから一人で三つも――」
と、言いかけて顎に手を当てたセレスティアはハッとシーラを見る。
「あとの二つは?いや、そもそもこの【帰還】には何かデメリットはないのか?」
その言葉に違和感を感じる。デメリット?確かに、俺も、アミナも、セレスティアも、【祝福】によって人生を大きく縛られてしまった。だけど、それはたまたま状況がかみ合ってしまっただけで、祝福は本来的には有用で有益な達成報酬なはずなんじゃないのか?
俺の表情を見て考えを察したセレスティアは、見透かす様な涼しげな笑顔を向けてくる。
「細かい男は嫌われるぞ?」
ダンジョンから出たにも関わらず、気に入ったのかセレスティアは胡坐をかきながら宙を浮かんで移動している。古代魔法だかなんだか知らないが、なかなか面白そうな魔法である。
「なぁ、シーラも教えてもらえばそれ使えんの?」
俺は治癒魔法しか使えないから無理として、セレスティアと同様に全属性の魔法を使えるシーラであれば可能性はあるだろう。そう思い問いかけると、シーラより先にセレスティアが答える。
「そいつは魔法は使えないぞ」
「はぁ?何言ってんだよ。使ってんじゃん」
セレスティアは珍しくまじめな顔で、腕を組んだまま、諫めるような口調で唇を動かす。
「シルヴァリア。お前に言っても止めないだろうから、敢えてリューズのいる今言っておくぞ」
「リューズ。聞かなくていい。セレスティアの言うのは全部嘘」
次に言われる言葉を察したシーラが強い口調でセレスティアの言葉を遮る。その反応で、これから続くセレスティアの話の信ぴょう性が増してしまう。
「古来より、黒髪は魔力を持たない忌み子とされている」
「は?うっさ。別にされてないし」
まるで子供のような反論につい笑いそうになってしまうが、そんな空気では無い。セレスティアは眉一つ動かさずに言葉を続ける。
「当然、魔力を持たなければ魔法は使えない。シルヴァリアが使っているのは魔法ではない。――魔石の力だ」
「違う。全然違う。頭悪すぎ」
「ちょっ……、この空気で笑わせにくるのやめてくれません?」
俺の言葉は空気のごとく無視される。ゴブリンの森で『詮索しない』と言った手前、直接シーラには聞かなかったが、……セレスティアとの闘いでシーラは間違いなく魔石を食べていた。まるで何かを補給するかのように、戦闘中にもかかわらず、魔石を口に流し込み、かみ砕いた。
何かって?考えるまでもない、――魔力だ。
セレスティアは困った様な、心配する様な顔でシーラを見る。
「魔石を食うのはもうやめろ。あれは禁術の類だ」
「絶対違う。嘘すぎる。リューズ。もう帰ろう。イズイが待ってる」
「シルヴァリア」
「あー、もう!うるさい!なんでそんな事言うの!関係ないでしょ!?」
「関係ない?」
シーラの言葉を復唱すると、セレスティアは意外にも微笑んだ。それは、どこか悲しそうに見える微笑み。
「子供が産まれたら見に来てくれるんだろ?だから心配して言ってるんだ」
「う……」
シーラは困り顔で俺を見る。
「リ、リューズも……そう思う?」
どう答えるべきか。恥ずかしい事なのだが迷ってしまう。禁術、とセレスティアは言った。それを差し引いても魔石を食べるという行動はどう考えても異常であり、常軌を逸している。『すぐに止めろ。止めるべきだ』、年長者として、二人でパーティを組む相棒としてそう言うべきなんだろう。
「それが、お母さんとの秘密か?」
俺はどんな顔をしてそれを問うたのだろう?お金や名誉に興味のないシーラが魔石だけは熱心に集める。亡き母と二人だけの秘密。魔石を食べて力に変える。黒髪は魔力を持たない忌み子。点は、線で繋がる。
シーラは、泣きそうな顔でコクリと頷く。
「二人だけの、秘密……だった」
シーラがお母さんをどれだけ大切に思っているのかは少しはわかっているつもりだ。そのシーラが、秘密を破ってまであれだけ多くの人が見ている中で魔石を食べた。それにはどれだけの意味が込められているのか、俺にはわからない。
その想いを、『べき』だなんて誰にでも言える一般論で簡単に否定していいはずがない。
俺はポンとシーラの頭に手を置く。俯いていたシーラは驚いた顔で俺を見る。
「俺がどう思うかじゃない。シーラが決めていいんだ」
大人は子供が間違っていたら道を正さなければならない。だから、これはきっと大人としては間違った判断であり、選択だ。あぁ、俺は本当にダメな大人だよ。
俺の手を頭に乗せたまま、シーラはコクリと頷く。
「じゃ……じゃあ。『神殺しの魔窟』をクリアするまで。そしたら止める。だって、『神戟』をちゃんと終わらせるって。私とリューズが、初めて決めた目標だから。私たちは、……『三食おやつ付き』だから!」
シーラの姿が急にぼやけたと思ったら、両目からぼたぼたと涙がとめどなく流れていた。
「わ、急になに。泣くとこあった!?」
「泣くとこしかねぇよ!」
袖で無造作に目元を擦ると、シーラは珍しく『しょうがないなぁ』と言った風なあきれ顔でよしよしと俺の頭を撫でた。
――12年前、伝説のS級パーティ『神戟』の4人が挑み、そして敗れた『神殺しの魔窟』。リューズとシーラはそこにたった二人で挑むと言う。心配そうに、不安そうに二人を見守るセレスティア。彼女はハッと思いつく。
「そうだ。私も一緒に行こう。それなら勝算は格段――」
シーラはセレスティアに手のひらを向けて彼女の言葉を遮る。
「それはダメ。クリアするのは私たち二人でだから。だって私たちは……『三食おやつ付き』だから」
再びそう言うと、シーラはチラリと俺の表情を覗き見る。
「泣いた?」
「泣かねぇよ。今のはあざとすぎる」
白い眼を向ける俺にシーラはあきれ顔でため息をつき、不満げに足元の石ころを蹴飛ばす。
「全然意味わかんない」




