77話 ダンジョンに対する考察
――毎日多くの冒険者たちで賑わうヴィザの冒険者ギルド本部。
ギルドの半分を占める飲食エリア。いつでもほぼ満席のテーブルの中に、いつ見ても空いている幅の広いテーブルがある事に気が付く。
「あの席いつ見ても空いてるけど、なんかあんの?」
昼間からビールをかっ食らうセレスティアに問い掛ける。
「ねぇ、リューズ。ビールっておいしい?」
「……お前17だろ。ウィンストリアではお酒は20になってから」
「関係ない」
「無いわけねーだろ」
シーラは納得いかない様子でバンバンとテーブルを叩く。
「黒姫様!ビール大ジョッキで御座いますッ!」
シーラの取り巻きの冒険者が恭しく大ジョッキをシーラに献上する。
「ん」
さも当然のように受け取ったシーラはそれをそのまま俺の眼前にずいっと差し出す。
「リューズ。味するようにして」
「するか。三年早いんだよ」
「じゃあそのおビールちゃんは私がもらおうか」
シーラはムッとしながらセレスティアの前にダン!とジョッキを置く。
「わはは、ごちそーさん~」
セレスティアは上機嫌にジョッキを口元に運ぼうとするが、シーラの周囲を囲む冒険者たちを見て眉を寄せると犬を追い払う様にシッシっと手を払う。
「何見てんだよ。酒がまずくなんだろうが、仕事しろ」
「その酒誰から貰ったか知ってて言ってる?」
当然ギルドマスターの言葉に逆らうやつが居るわけもなく、シーラの子分たちは名残惜しそうに遠巻きに距離を置く。
「真面目な話さぁ」
ジョッキを片手にソファにふんぞり返りつつ、仄かに酒で頬を上気させて、どう考えても不真面目な雰囲気でセレスティアは話を続ける。
「【祝福】を消す方法なんて物が本当にあるもんかね」
皿に盛られたウィンナーに切れ目を入れてタコさんにしながら俺は答える。
「アミナの言い換えからすると無い訳じゃなさそうなんだよ。明確に無理な事は無理って言ってくれたから。言えない理由があるのか、規則があるのか」
「そりゃ規則は雁字搦めに決まってんだろ。これだから組織に所属したことないやつは」
シーラの為に作ったタコさんウィンナーをひょいと一つ手づかみで取って憎まれ口を叩く。
「あっ、取んな」
ムッとしながら皿をセレスティアから離すシルヴァリアさん。
「まぁ私の方でも調べてみるわ。古代文字の文献とか漁ればそれっぽいのあるかもしれんしね」
「そりゃ助かる」
「いひひ、学が無いのは辛いねぇ」
「うっせぇ」
老いず死なない【不老不死】、朽ちず変わらぬ【不壊】、視た全てがわかる【解析】、ダンジョンから一瞬で外に出る事ができる【帰還】。本当ならどれも垂涎の異能、わざわざ消そうなどと考え、研究したような人はいたのだろうか?と、考えて思う。
「……【祝福】って、なんなんだろうな」
一般的にはダンジョンと言う試練を乗り越えた人々への神からの報酬と言う扱いになっている。
俺の独り言を聞いたセレスティアは、馬鹿にしたようにふっと笑うと、ジョッキを飲み干してゆらりと立ち上がる。
「馬鹿が。それを言うならまず『ダンジョンって、なんなんだろうな』だろうが。行くぞ」
「は?まだ食べてる」
手づかみでウィンナーを頬張るシーラは足のほうから食べるの主義のようだ。
「行くってどこに?」
「決まってんだろ。……ダンジョンだよ」
――30分後、俺たち三人はダンジョンの中にいた。
街と隣接しているヴィザのダンジョンには魔物はいない。セレスティアはカツ、カツ、と靴音を鳴らしながら整備された石畳を進む。
ヴィザのダンジョンは64年前に踏破済みだ。踏破されたダンジョンは魔物を生み出さなくなる。だから、ダンジョン内に生息する魔物を全て倒すと、そのダンジョンに魔物はいなくなる。
ここ、ヴィザのダンジョンのように。
踏破済みのダンジョンの入り口は固く閉ざされ、教会・国家・ギルドの上層部及びそれらの許可を得た者のみ立ち入りを許される。
ひんやりと冷えた空気が奥から流れ込み、整備された魔導灯の光が仄かに揺れる。
未踏破のダンジョンと違い、ショートカット用の縦穴が掘られていて、下層への移動が最短距離で行える。
「最初に言っておくけど、私は別に『これがダンジョンの真実だ!』とかってドヤりたい訳じゃないからな」
梯子を伝って下層へ降りる俺の横で、おそらくは古代魔法を使って宙に浮いた状態でゆっくりと降下するセレスティアが呟く。現存する魔導士の中で、世界で一番古代魔法に精通しているのは、間違いなくセレスティアだろう。
通常、ダンジョンは複雑に枝分かれして分岐していて、明確な階段もなく緩やかに下に降りていく。だから、マップがあっても探索には時間がかかるし踏破には数か月単位の時間を要する。そもそも踏破済みのダンジョンは17個しかない。
そんなダンジョンをまっすぐ縦に降りる事で、僅か一時間もしないうちに俺たち三人は中層付近と言う大空洞へと至る。
ダンガロのダンジョンでシーラが巨大な石像と戦った場所のような、ダンジョンの中とは思えないほど天井の高く広い空洞。壁面はほのかな光を発しており神聖さすら感じさせる。
最奥部には神殿を思わせる古びた構造物と、それを囲む柱。
「シルヴァリアの聖遺物もこんな場所にあったんじゃないか?」
「うん。よくわかるね」
シーラのトールハンマー。ダンガロのダンジョンにもそれっぽい杖が飾るように置かれていた。
セレスティアがピン、と指を弾くと神殿らしい構造物を囲む柱のてっぺんに火が灯る。構造物を守るように囲む柱に灯る火は、篝火のようにその中心を照らし、揺らす。
「私はこう見えて人に答えや考えを押し付ける程傲慢じゃないから、だからあとは自分で考えるんだな。……ダンジョンって、いったい何なんだろうな?」
構造物を囲み左右対称に立つ柱の上に炎が揺れる。
どこか静謐で、厳かなこの空間には魔物なんて到底不釣り合いに見える。
バルハードの町の外れで、仲間たちが眠るとされる場所で感じたような空気感。魔物がいないだけで、こんなにも穏やかな空間に感じてしまう。
「シーラはどう思う?」
俺はシーラに問う。思い込みや先入観で凝り固まった俺が考えるよりも、はるかにまっすぐ直感的な言葉を期待して。
「ん?お墓みたい」
きっと望んだその言葉を聞いて俺は空洞を見上げる。
「だよなぁ」
静謐で、荘厳で、穏やかなこの空間は、まるで壮大な墓所のように思えてしまう。それが気のせいなのか、思い込みなのか、真実なのか。――答えはきっと、ここに眠っている。




