76話 愛の定義
――ヴィザの街。せっかく来たので何日か滞在することにした。
街の名物である闘技場は、どっかの狂戦士たちが壊した様子で、修理完了まで無期限の休業状態だ。
「つーかさ。お前らいつまでC級とかってごっこ遊びしてんの?」
暇つぶしの話し相手と言う究極にくだらない理由で呼ばれたギルマス室。頬杖を付いてネアルコスさんの入れた紅茶を飲みながら、暴君セレスティアは俺たちに問う。
「……ごっこ遊びって。トップがそんな事言っていいのかよ」
「いいんだよ。トップなんだから」
「へぇ。じゃあもうS級にして」
一切の遠慮なくシーラが切り込み、セレスティアは楽しそうに笑う。
「お前ら元々がSだろ。勝手に下がって今度は上げろって、それは勝手が過ぎんだろ。自分で上がってこい。準備ができたら俎上には上げてやる」
まぁ、それは確かに一理ある。
と、お茶を飲みながら一つ思いつく。アミナの時には試せなかった、この世で十人くらいにしか試せないこと。
「あ、セレスティア。ちょっとシーラにお茶淹れてみてくんねぇ?」
思い付きのまま口にして、その不躾さに気が付くが後の祭り。
「はぁ?敗者は茶くらい入れろって?いい度胸だな、お前」
「いや、違う。そう言う意味じゃない!ちゃんと聞いてくれ」
一応シーラの許可を取ってセレスティアに事情を話す。俺の不老不死の祝福の事。シーラは生まれつき味がしない事。なぜか俺の手の加えたものだけ味がすると言う事。
「……【不老不死】って、お前マジか。どおりでお前もあんまり歳とってないと思ったよ」
「おっさんおっさん言われてるけどな」
「それは雰囲気が老け込んでるからだよ」
互いに軽く会話を一往復すると、セレスティアは申し訳なさそうに顔をゆがめる。
「すまない。……もっと早く知っていれば、12年もお前を苦しませなくて済んだかもしれないのに」
傲慢で横柄だが、根は面倒見のいいやつだ。『殺すぞ』が口癖だけど。
「わはは、気にすんな。一応、ほかのやつには秘密な。そんなことより、シーラの『味』の話だよ」
もう済んだ俺の話なんかより、現在進行形のシーラの話だろ。話を戻すと、セレスティアは顎に手を当てて少し考える。
「味、ねぇ」
復唱するセレスティアには何か思うところがあるようだった。治癒魔法しか扱えず、自分で使えない事もあって人並み程度の魔法知識しか持たない俺と比べたら、古代魔法を含めて全属性を扱えるセレスティアは比較にもならないくらい深い知識と見識を持っている事だろう。
「そう。もしかして、俺が【祝福】を持ってるからかもって思ってさ。どちらにせよ、セレスティアが作って味がしないなら一つ条件が消えるだろ?頼むよ」
「まぁ、そう言う事なら協力してやらんこともない。ちょっと待ってな」
「あ、お茶淹れられんの?」
立ち上がったセレスティアに軽口を叩くと、笑顔で『殺すぞ』と宣告された。ほら、挨拶代わりだ。
茶葉を取り出したセレスティアは、風魔法でポットを作り、シーラの即席風呂のようにそこに水魔法と炎魔法でお湯を沸かす。
「なにその横着!?逆にめんどくさくねぇ!?」
「治癒しか使えないやつの僻みは聞こえないねぇ」
シーラはセレスティアの複合魔法を興味深げに眺めている。俺みたいな凡人と違って、シーラはこんな何気ない観察からも何かを見つけるんだろうな。
「ねぇ、リューズ」
はい、来た。と少しワクワクした様子で返事をする。
「なんだ?」
――だが、その質問は全く明後日の方向のものだった。
「赤ちゃんってどうやって作るの?」
「ぶっ」
思わず紅茶を噴いてしまう。
「んん?何かおかしい?」
真面目な顔で首を傾げるシルヴァリアさん。
「い、いや。おかしくはない、かな。でも俺結婚してないからわかんねぇや。そのあたりどうなんですかねぇ、セレスティアさん」
「はぁ!?調子良すぎんだろ、てめぇ」
さて、どう答えたものかと言葉に詰まるセレスティア。キラキラと期待に輝くシーラの視線を受けて、セレスティアは照れ臭そうに視線を泳がせながら、ぎこちなく口を開く。
「あっ、愛してる人と一緒にいれば、自然とできるもんなんだよ」
「へぇ」
半分納得、と言った表情のシーラの質問は続く。
「じゃあ、愛してるは?どんな気持ち?」
「今日は質問の難易度が高いっ」
すっかり乙女スイッチの入ってしまった様子のセレスティア。お湯をかき混ぜながら質問に答える。
「……きっ、君の為なら、死ねる。……みたいな?」
「そっか」
何を考えたか、今度はシーラは俺に問いかけてくる。
「リューズは私の為に死ねる?」
「俺不老不死だからなぁ」
即座に答えをはぐらかすと、シーラは眉を寄せてセレスティアに報告する。
「リューズは私の為に死ねないって」
「最低だな、お前」
白い目を向けてくるセレスティアをかわすように、魔導ポットを指差して話題を変える。
「あ、そろそろお茶沸いたんじゃないっすかね。実験いいか?」
「……沸いてんのはお前の頭だよ」
意外に手慣れた手付きでセレスティアは紅茶を淹れる。もしかすると家では結構ネアルコスさんにお茶を淹れたりしているのかもしれない。
「ほら、シルヴァリア。飲んでみな」
「ん」
淹れたて熱々の紅茶を構わずごくりと喉を通すシーラ。
「ど、どうだ?」
恐る恐る問いかけると、シーラはふるふると首を横に振る。
「しないよ、味」
「そうかぁ……」
俺は大きく息を吐く。実験は失敗。とは言え、原因が祝福では無い事が分かったのは収穫だ。
気付くと、セレスティアはニヤニヤと意味ありげな含み笑いで俺を見ていた。
「嬉しそうだな、なんとなく」
「なんで俺が」
と、眉を寄せて答える。だけど、言われて自分で気が付いた。俺の吐いた息はため息なんかではなく、安堵の息だったのだ。
俺は、シーラが味を感じる相手が俺だけな事に安心してしまったのだ。なんと小さく、醜く、自分勝手な感情よ。
お茶を終えるとセレスティアの案内で街を観光する。内陸なので珍しい食材とかは無かったけど、ヴィザは活気のある賑やかな良い街だ。
◇◇◇
――その夜。
セレスティアの家に泊まるリューズとシーラ。当然シーラの望みもあり、二人は同じ部屋。もちろんベッドは別だ。
規則的な寝息から、リューズが深い睡眠に落ちた事を確認してシーラはパチリと目を開ける。そして、音もなくリューズのベッドに近づくと、傍らにしゃがみ込んで目線を合わせる。規則的に動く胸部、鼻から漏れる息が顔に当たる様な距離。
カーテンの隙間から、微かに月明かりが漏れ入る中で、リューズの寝顔を眺めてシーラは思う――。
――リューズはマリステラを守ろうとして死んだ。リューズはマリステラの事を愛しているから。そして、リューズは私の為には死ねないと言った。リューズは不老不死だから。
私もリューズの為には死ねない。
私が死んだら、リューズが一人ぼっちになってしまうから。
『君の為に死ねる』のが『愛してる』だとセレスティアは言った。
私はリューズの為に死ねない。リューズの為に生きなければと思う。
それならば、この気持ちは『愛してる』では無いのかもしれない。私は、マリステラにはなれなかったのだ。
胸の辺りがモヤモヤして、手で触れてみる。けれど、モヤモヤは消えない。
「……そうだと思ったんだけどなぁ」
――困り顔のシーラの呟きは、誰が聞くこともなく所在なさげに月明かりに溶けて消えた。




