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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
聖都・ブラドライト

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74話 伝説

 シーラを見下ろして、セレスティアは無表情に死刑宣告を告げる。


 その表情と雰囲気からして、これは脅しや冗談の類で無い事は会場中の全員がわかっていた。


 気が付けばリューズは控室を飛び出そうとしていた。場内に駆け行ってなりふり構わずシーラの命を懇願すれば、勝負には負けるがセレスティアの殺意を削げる可能性はある。そうすればシーラの命は助かる。だが、きっと失われた尊厳は二度と戻らない。命か、尊厳か。果たしてそれは天秤にかけるものなのだろうか?


 リューズは唯一の武器であるナイフを抜く。そして、躊躇いなくそれを自身の右足に突き立てる。ここから動かない。その意思の表れだ。


 シーラの限界を決めるのは自分では無い。


 リューズは、今にも泣きそうな顔でシーラの戦いを、その結末を見届ける――。


 セレスティアは収納魔石を開くと禍々しい大振りの杖を取り出す。先端が魔物の鉤爪の様に三つに分かれ、その中心に真っ赤な魔石が浮かんでいる。


 シーラの眼前に歩み寄った彼女は、その杖の柄を地につくシーラの手のひらに向けて振り下ろす。


「ぐぅっ」


 杖は手のひらを貫いて深く地面に突き刺さる。もはや逃げようもない。


 そして、セレスティアは身動きの取れない獲物の前で、ゆったりとした動作で両掌を合わせる。その動きと共鳴するように、杖の魔石が輝く。


「アルマード・エイマード・ゲルグ・ヴァング・デダリオン」


 またも行われる意味不明な……おそらくは古代言語を用いた詠唱術。


「えっ……、ちょ、ちょっと。セレスティア様?マジですか?」


 解説嬢が問いかけるが、先刻までと違い返事は返ってこない。セレスティアはなおも古代言語での詠唱を続ける。解説嬢の顔からさぁっと血の気が引いて、口が震え、歯がカチカチと音を立てる。


「誰か、すぐギルドに行って!ネアルコスさん呼んできて!早く!あの人しか止められないから!」


 もう解説も実況も忘れた悲痛な叫びが拡声魔導具を通して会場中に響き渡る。



 シーラはリューズを見て、その心配そうな表情を見てクスリと笑う。そして、かしずく様な体勢でセレスティアを見上げる。


「あのさ。私はまだ死ねない」


 命の懇願にも聞こえるそんな言葉にもセレスティアは何も答えない。ただ粛々と詠唱を続ける。たった一単語で高位魔法の詠唱一つ分と称される古代言語をこれでもかと重ね並べてくる。


 死んでいなければリューズは治せる。そんな言葉すらもお守り替わりにならないくらいの絶望的な死刑宣告。


 その死刑へのカウントダウンの中で、シーラはセレスティアに向けて柔らかな笑みを向ける。


「私が死んだらリューズが一人になるから。だから、私はリューズが死ぬまで死なない」



 そして、収納魔石を開いて申し訳なさそうに呟く。


「お母さん、ごめん。約束、破るね」


 

 ――生まれつき魔力を持たない黒髪の忌み子として生まれたシーラに魔力を持たせる為、亡き母が古の文献から見つけた『魔石喰い』。



『シルヴァリア。魔石を食べると、魔法が使えるようになるんだって。だから、お母さんと二人だけの秘密よ?』


 大好きな母との約束を、大事な人と生きる為に破る。



 シーラには一切の躊躇いは無かった。衆人環視の中、収納魔石から無造作に魔石を口に流し込む。


「なっ……」


 その異様な光景にさすがのセレスティアもピクリと反応する。


 多量に魔石を摂取したシーラの身体からは湯気のように魔力が視認できるほどに迸る。


「手はあげる。どうせリューズが治してくれる」



 短くそう告げると、串刺しにされた右手のひらを切り落として地面を蹴り、空高く舞い上がる。


「【全属性同時解放展開(オーリオン)】」


 再びシーラの背と頭に浮かぶ光輪。空に浮かぶその姿はまるで天の使いの様にどこか神々しく見える。青い空に黒い髪がなびく。


 左手を地表にいるセレスティアに向ける。右手の手首から先は無く、赤い血液が雨のように青空から地表に落ちる。セレスティアの視線もシーラに向いている。


(ワン)


「デルズヴァンガリズマ」


 宙へ、地へ、二つの極大魔法が放たれる。観客席は障壁で守られている。それでもなお熱気と熱波と背筋を凍らせる何かが客席を吹き抜ける。


 おそらく自作であろう極大複合古代魔法を放ったセレスティアは小さく息を吐く。それをシーラは見逃さない。


「【全属性同時解放展開(オーリオン)】!【(ワン)】!【(ワン)】!……【(ワン)】!」


 何度も、何度も、何発も、何発も、自らの最高火力である魔法を重ねて地表へと送る。魔石を喰らいながら、涙目になりながら、何度でも、何度でも。無造作に、力任せに魔石をかみ砕くと、疲弊して防御の弱った口腔は破片で切れて血で満ちる。


 死んだらリューズが寂しがる。そんな事を想像したら自然と目に涙が浮かんできてしまった。


「【わぁあああああああん(ワン)っ】!」


 まるで子供が泣き叫ぶ様な叫び声を上げて、シーラは泣きながら魔法を放つ。


 やがて、二つの……いやそれ以上の数の極大魔法のぶつかり合いは臨界に至り、一瞬空気を吸い込んだかと思うとこの世の終わりの様な爆発と閃光を生み出す。



 熱を帯びた風と土埃が観客席を襲う。それでも、障壁は保たれていて、魔力は外には漏れなかった。



 シーラが見下ろすと、客席に囲まれた闘技場はすでに無かった。あるのは、ただの大きく抉れた地面と、その中心に立つセレスティア。


 人的被害こそないものの、現実感の無いその光景。過去にも闘技場の床を壊して夫・ネアルコスの叱責を受けた事があるが、これはその時の比ではない。


 それを思うとサァッと一瞬で頭に上った血が下がり、セレスティアはようやく我を取り戻す。


「……てめぇ。これどうしてくれんだよ。お、お前が怒られろよ?」


「どうでもいい」


 腕を組み、引きつり笑いを浮かべるセレスティア。疲労感のある表情でふわりと宙から降りてきたシーラはその足元を指し示す。



「あ、ねぇ。そこもう闘技場無くない?」


「は?」


 きょとんとした顔で間の抜けた声を上げるセレスティア。


 場外は負け。確かにそれは戦前に決めたルールの一つ。

「は、じゃなくて。そこもう地面だけど。私はまだついてない」


 言い終えると同時にシーラの足もタッと地に着く。


 ――場外は負け。石畳が全て消し飛び境界線が無くなったのなら、すべてが地面であると言う強引な論理。


「どっちの勝ち?まだやる?」


 疲労の色をにじませながら、シーラの瞳は明確な戦意を帯びてセレスティアの目をまっすぐと見る。


 あれだけの絶望的な状況を経てもなお自身にその目を向けてくるシーラに、セレスティアは思わず苦笑する。

「この状況で勝ちを主張したら、その時点でもう私の負けだろ」


「は?意味わかんない。どういう事?」


 意図せず追い打ちをかけるシーラ。セレスティアは小さくため息をつく。怒りに我を忘れ、明確な殺意を向けた己を恥じながら。


「お前の勝ち、って事だよ」



 その言葉を聞いた瞬間、シーラは勢いよくリューズを振り返ると、満面の笑顔を向けて指でピースサインを作った。


「へへ、リューズ!聞いた!?私の、勝ちっ」




 リューズは声も出せず、握りしめた拳には真っ赤な血に染まる投票券が握りつぶされていた。きっと、もう文字の判別もできない。




 怒声も、歓声も起こらず、たださざ波のように拍手が広がった。




 この日、闘技場の歴史にもう一つの伝説が刻まれることになった――。

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