73話 殺すぞ
――シーラの劣勢は続いた。
完璧に手を抜いているとしか言えないセレスティアを相手に全く成す術が無い。距離を詰めてまた捕まる事を警戒するが、遠距離はまさに魔導士の独壇場。
「オーラ、アジル、イェスト、ウォーン」
リズミカルに歌うようにつぶやき、指揮者のように両手を振ると、幾つもの魔力の塊が現れ、それぞれが自律した生き物であるかのようにシーラの周囲に展開して、全方位から彼女に魔法を放出する。
「なっ……うざっ」
避ける先、避ける先へ、シーラでなければとっくに全弾被弾しているような高速でスキのない波状攻撃。もはやこれを一対一の戦いと呼ぶ者はいないだろう。
「解説しまっす!今魔王様の発した意味不明な言葉!あれは『古代言語』と言って、あの短い一言だけで高位魔法の詠唱と同程度の情報量が含まれているとの事です!」
「てめー、今しれっと魔王っつったろ?」
だが、多対一の戦いは11歳の頃からのほとんどをダンジョンで過ごした黒姫にとっては日常そのものだ。
手にした武器は黒い双剣。人間以外の相手なら緩急など不要、とばかりに動きのギアを上げて直線的な動きで魔力の塊を両断する。一つ、また一つ、時には二つ。見る間に宙に浮かぶ砲台は数を減らしていく。
「C級にしてはやるね。C級にしてはね、あはは」
いじわるそうにケラケラと笑うセレスティアを見て、シーラは苦々しく眉を寄せる。
「蛇女、うざすぎる」
シーラのいら立ちを見て取ったセレスティアは、わざとらしく大きくため息をつき、シーラを煽る。遠距離をチョロチョロされても客映えしない。
「それにしても、これが元S級かぁ。まったく、査定したの誰だよ。まぁ、人は自分の物差し以上のモノは量れないからな」
「は?」
煽り耐性の低いシーラにその言葉は的確に刺さる。
「あ。もしかして周りの観客に遠慮して攻撃控えてるとか?あはは、気にすんな。ルール上あぁは言ったけど今日の相手はこの私だぞ?ちゃんと客席には防御障壁張ってあるから。安心して全力を出していいぞ?」
両手を広げてセレスティアはニッコリと笑う。
「もう全力だったらごめんな?」
シーラは天を仰ぎ一度大きく息を吐くと、その場で力強くダン、と思いっきり地面を踏みつける。闘技場の床は広範囲にわたって放射状にひび割れ、闘技場は例えで無く揺れた。
「空が青い」
自分なりの方法で落ち着きを取り戻そうと試みたシーラはチラリとリューズを見る。心配そうな瞳で見守るリューズの握りこぶしからは血が滴っているのが見えた。
「ばか。そんなに不安なら全財産賭けんな」
ぼそりと憎まれ口を叩くが、全力で自分を信じようとしてくれたその心が嬉しい。
百戦錬磨のシーラにして、いや、だからこそ彼我の実力差は火を見るよりも明らかだ。けれど、それは諦める理由にはならない。近くで見ている一番大事な人間が諦めていないのに、どうして自分が諦められようか。
ならばこそ、シーラは考える。この化け物にどうしたら勝てるのか?
「こらこら、だんまりしてるとお客さん冷えちゃうぞ~」
そう言いながらピアノを弾くかのように中空で両手のリズミカルに動かす。
「で、出たァ~!これは私もお気に入りの魔法!信じられますか!?あの指の運び一つ一つが詠唱なんです!当然、一つでも間違えれば詠唱は成立しません!そこから生み出される魔法は~」
セレスティアは実況にテンションを上げながら、両手を大きく上げて、ピアノの鍵盤を叩きつけるように十本の指で宙を叩く。
「轟雷竜形成疑似召喚術!ジガ・ドラギアだ!」
セレスティアの代わりに実況が魔法名を叫ぶ。青天の下、闘技場の石畳の上で目も眩むような雷の渦が迸り、やがてそれは巨大な竜を形成する。
「ヴォヲオオオオオオオオッ」
轟雷竜の咆哮は、シーラの生んだ地鳴りなど児戯とばかりにビリビリと音を立てて空気を震撼させる。その圧倒的な威圧感は客席から退避する者もあらわれるほどだ。
「さぁ、どんどん行くよ」
再びセレスティアの指が動く。魔導士に距離と時間を与えるのは最大の愚策。
「あー、これは――」
雷撃を纏った轟雷竜の一撃を飛んでかわし、シーラは微笑む。
「ちょうどいい」
雷撃を目くらましに使い、自らの背中をリューズに向けると、マントで口元を隠して瞬時に収納魔石を開く。
そして、魔石を喰らう。
「【全属性同時解放展開】」
シーラの背面と、頭の上に複雑な魔方陣で描かれた光輪が現れる。そして、宙に浮かんだまま、右手で抑えた左手のひらを轟雷竜に向ける。
「【Ⅴ】」
ドウ、と速度感無く現れた真っ白な光の球は触れた端から轟雷竜を消滅させ、石畳に触れると同時に消えた。
「へぇ。古代魔法だ。ただの脳筋と思ってごめんね」
セレスティアは詠唱をやめ、パチパチと拍手を贈る。もちろんそれは賛辞でも何でもない。ただの煽りだ。
「【Ⅻ】」
両手両足背面各所に小さな魔法陣が現れ、そこから放たれる魔力を推進力とした高速移動と慣性を無視した急速方向転換。一瞬で距離を詰めたシーラは全力で真っ白な大剣を振り下ろす。同時に背面の魔法陣から放たれる真っ白な全属性魔法。
まるで爆撃のような着弾音が土埃を上げる。
土埃の下、セレスティアの頭上には魔導障壁。シーラの攻撃はすんでのところで防いでいる。
「ほら、守った。当たれば効くんじゃん」
反撃の糸口を見つけたと、シーラが呟く。
「いやいや。服が破れると旦那が怒るんだよ。『すぐ人前で裸になるんじゃありません!』ってさ」
カウンターとばかりに障壁から魔法が放たれる。
「聞きました!?裸になるのはネアルコスさんの前だけ!『俺以外の前で裸になるな!』そうネアルコスさんは言っているんですよ!?繰り返します!裸になるのはネアルコスさんの前だけです!」
「い、言ってねぇよ、マジで殺すぞ」
年甲斐もなく照れくさそうにセレスティアは悪態をつく。
シーラは飛びのかず、攻撃を続ける。口数の多さからは情報も引き出せた。服を破れるを嫌がると言うことは、衣服のある場所を攻撃すれば障壁を張ると言うことだ。そうすれば、ほんの少しでもリソースを減らせる可能性がある。たとえそれが無限に近いものだったとしても。武器はまた双剣に戻り、ブラドライトで手合わせしたダルトンに倣って体術を交えた戦闘を試みる。それに加えて発動している【全属性同時解放展開】からの魔法攻撃。超至近距離を高速移動しながらの単独全方位攻撃だ。
だが、そのほとんどの攻撃は障壁に阻まれる。そう、ほとんどの攻撃、は――。
数無数の攻撃の幾つかの軌道に、ほんのわずかにではあるがセレスティアが過剰に反応するのをシーラは見逃さなかった。罠かもしれない。だが、その程度のリスクを恐れて勝負になる相手では無い。シーラの放った蹴りがセレスティアの腹部を狙う。タイミング的には必中のタイミング。
放つシーラの右足はセレスティアに捕まる。
その表情には余裕の笑みは欠片も無く、魔王と呼ぶに相応しい冷酷な顔に変わっていた。
「てめぇ、何腹狙ってんだ。殺すぞ」
今まで何度か聞いたその言葉のどれとも違う本気の殺意のこもった言葉。
刹那、無詠唱で放たれた極大雷撃魔法は青天を貫き、一直線にシーラの身体を灼いた。
「が、あっ……」
パリン、と音を立ててシーラの光輪が砕け割れ、光に消える。
魔力の消費に供給が追い付かず、ボロボロのシーラは片膝をついて肩で息をする。
それを見下ろして睥睨する魔王。
「殺したら負けだっけ?別に負けでいいや」
無表情でセレスティアは呟く。
「死ね」




