26話 昇級査定
――気を取り直してダンジョン下層。
「……ゴホン。ギルドの権威の為に改めて言わせてもらいます。私は決して公私混同は致しません。私の趣味嗜好は別として、厳粛な査定をお約束します」
眼鏡を指で上げながらビスカはバツが悪そうにそう告げる。
「そ、そうだな」
苦笑いで答えると、ビスカの瞳はギルド受付での冷たさを帯びる。
「つきましては、ギルド査定員への買収行為と査定の強要と言う事で減点させていただきます」
「あんたが言い始めたんでしょ!?」
俺が驚きの声を上げる前で、シーラは恨みがましい目をしてチラリと振り返り、チっと舌打ちをする。
「リューズ。そいつ置いていこう。これはふこうなじこ」
「俺の汚名が重なるよ!?」
俺たちはダンジョン下層を進む。ミノタウロスを倒した空洞を過ぎ、ナイン達の剣を拾った先の分岐を過ぎる。 洞窟内の空気は更に温度を下げ、緊張感も増していく。
「前はこの崖の下を進んだんだ。ワーウルフの群れがいて、さっき言った『サイレントオウル』がいた。どっち行く?」
「どっちでもいい」
ビスカは査定表に地図を描きながら俺の話を聞いて頷く。
「私は査定員ですので、原則いないものとして扱ってください。あまりに危険なようであればこちらから撤退指示をだしますが」
俺は崖でない方を指さす。
「じゃあこっちだな」
「ふぅん、なんで?」
「崖を降りるって事は、戻る場合上らなきゃいけないだろ?有事の際に逃げ道がなくなる」
一般論を口にすると、シーラは不満げに口をとがらせる。
「私の【祝福】で戻れる」
「わかってるよ。じゃあ、お前とはぐれた後でピンチになったら?俺とビスカは壁を背にする形になるけど」
「なるほど」
俺は振り返り、ビスカに声をかける。
「最後尾俺が立つから。ビスカ真ん中」
「いえ、結構です。いないものとして扱ってください」
俺は申し訳なさそうに眉を寄せて手を合わせる。
「減点でいいから頼むよ。気が付いたらいなかった、とかなったら俺どうしていいかわかんねぇからさ」
ビスカは俺を試すように、ジッと見据えて口を開く。
「仲間を見捨てて一人逃げ帰ってきたクズに殿を任せろ、と?」
ビスカの本心はわかっている。彼女もダルトンと同じだ。かつて憧れた『神戟』のリューズとその汚名のギャップにもがいているんだ。そして、冷たいようだけど、それは俺にはどうする事も出来ない。俺はコクリと頷く。
「あぁ。ここは俺の最後の居場所だから」
その答えが適切かどうかはわからない。けれど、それが本心。『見捨てない』『もう逃げない』『俺を信じろ』そんな言葉、口にするだけ軽く聞こえてしまうと思った。それがどう響いたのか、俺には知る由もない。ビスカは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「わかりました。では、仮想スタンスを改めて『依頼人』の立ち位置で行きましょう。最後尾、よろしくお願いします」
「始まるよー」
少し先を歩くシーラが声を上げ、間を置かず戦闘が始まる。
現れたのは人間と同じ大きさ位のロックゴーレム。見た目はダンジョンの岩壁と同じ岩でできていることから、ダンジョンと擬態しているように見せる。こういう無生物タイプの魔物だと、シーラの感知も少し遅れるのか。
シーラは両手の黒刀を振るうが、岩の身体は欠けるだけで両断には至らない。
「硬っ」
ロックゴーレムの数は7体。シーラは両手の刀をしまうと、一体の身体に足を掛けて足場とし、タッと素軽く宙を舞う。
「リューズ、硬い」
普段であれば自己判断で武器を切り替えて戦うだろうシーラ。パーティの査定と言う事を考えているのだと考えると、戦闘中にも関わらず嬉しくなってニヤリとしてしまう。
「セオリーで言えば魔法と斬撃は効きが悪い!打撃系の武器!なんかあるか!?」
ロックゴーレムの頭をピョンピョンと飛び回りながら、シーラは嬉しそうに頷く。
「ちょうどいいのがある」
再度ゴーレムの頭を蹴って飛び上がると、両手を上げる。パリっと雷光の様な迸りが見えたかと思うと、そこに現れたのはシーラの身の丈程はあろうかと言う巨大なハンマー。どことなく厳かな装飾がなされた大槌だ。
「トールハンマー」
短くそう呟いて、槌を振り下ろす。超速で振り下ろされたそれは洞窟内にもかかわらず、まるで稲妻が落ちたような音と電撃を伴い、一撃でロックゴーレム一体を石ころの群れへと姿を変える。砕けたゴーレムはもう動くことはなかった。
残り6体のロックゴーレムは一瞬のためらいを見せる。シーラは巨大な大槌を肩にのせ、六体のゴーレムを睥睨する。
「次」
巨大なハンマーを見て、動きは鈍いと判断したのか、ゴーレムたちはじりじりと間合いを詰めつつ、一斉にシーラに襲い掛かる。シーラは動かずにふぅと短く息を吐きハンマーを引く。
そして、ゴーレムを引き付けて、引き付けて、まさにその岩の拳が自身に届かんとした瞬間、目にもとまらぬ速度で、下から大きく弧を描いてハンマーを振り上げる。まるで逆再生のような、地面から天井に向かって生まれる分厚い雷の柱。まばゆく白く光るその柱により、六体は断末魔の叫びも無く、石ころになり、塵と化した。
「まとめて倒すと効率がいい」
ハンマーを肩に乗せて、シーラは得意げにそう言った。
「す、すげぇな。それ」
今までシーラが出したどの武器よりも圧倒的な威力に思わず苦笑いを浮かべるしかない。それは、ビスカも同様だ。
チラリとチェックシートを見ると、戦闘力のところはSが三つついている。SSS。かっこいいな。
「いいでしょ。トールハンマー。前にどっかのダンジョンの奥に飾ってあった」
「……だよなぁ。明らかに並みの武器じゃねぇもん。下手したら神話時代の遺物だったりするんじゃないか?」
見せびらかしたいのか、珍しく武器をすぐにしまわないので、触らせてもらう。シーラが軽々と振り回していたように見えたそれは、俺の力では僅かに持ち上げる事も出来ない。
「おもっ」
「見ればわかる。実際、これ使うと疲れる」
「だよなぁ」
と、話しているうちにシーラは思い出したようにロックゴーレムの残骸に視線を向ける。
「そうだ。魔石」
「あぁ、そうか。ロックゴーレムは見た感じわかりやすいよな」
「だね」
シーラは石ころの山に向かい、ガサガサと魔石を漁る。ワーウルフより少し格上だろうモンスター。
「へへ、あった」
シーラは石の山から合計7個の魔石を探し出す。少し大きいその魔石は、小ぶりなおにぎりくらいの大きさだろうか。――お金にも、名声にも執着のないシーラが、なぜか魔石は収集している。その意味をこの時の俺はまだ知らなかった。
「食べんなよ?」
冗談でそう言うと、シーラは一瞬間を置いて眉を寄せる。
「人間は魔石食べない」
「ははは、わかってればいい。ここを拠点化していったん休憩しようぜ。シーラも疲れただろ」
そういうと、シーラは目に見えて目が輝く。
「それは名案」
昇級査定はまだ続く。




