124話 『神戟』の終わり
――ユルニルドを経つことひと月と少し、俺とシーラは二頭の竜馬と共に王都ウィンストリアに凱旋した。
王都の北側城門をに向かうと、リュージとルーシーが少し怯えたような挙動を見せる。
「どうした?」
城門が視認できるこの距離にはゴブリンのような外生の魔物もいないし、そもそも竜馬はゴブリン程度に怯えはしない。
その原因はすぐに分かる。
「大丈夫。怖くない。ただのセレスティア」
手綱を持たずに騎乗するシーラが右手でルーシーを撫でながら嬉しそうに語り掛ける。
「こえーやつじゃん」
門の前には腕を組んで仁王立ちするセレスティアを中心にイズイとネイがいて、その周りを多くの冒険者や街の人たちが取り囲んでいる。
俺とシーラを乗せたリュージとルーシーは、少しずつ門へと近づいていく。空も大地も真っ白な雪で覆われたユルニルド方面とは違い、ここウィンストリアの空は今日も青く澄み渡っていた。
「おかえり」
腕を組んだままのセレスティアは予想に反して優しい声で俺たちを労ったので、なんだか照れくさい。
「わはは、わざわざギルマス直々にお出迎えすいませんね」
照れ隠しに軽く笑い竜馬を降りると、セレスティアは苦虫を嚙みつぶしたような顔で、潰した虫を見るような眼を俺に向けてくる。
「あ?お前には言ってねぇ。シルヴァリアに言ったんだよ」
「へいへい、左様でございますか」
憎まれ口を叩きながらも、セレスティアは俺に向かい左手のひらを向けてくるので、パンと手を合わせる。
すると、その瞬間俺の左手首についていたはずのA級の証――金色の腕輪は透き通った金属製の腕輪へと姿を変える。それは、ミスリルとオリハルコンを特殊な製法で合金にして、極限まで純度を高めた極めて希少価値の高い金属。
俺に続いてセレスティアはシーラとも手を合わせる。シーラの右手に巻いた腕輪も同様に透明な金属へと姿を変えた。
「A級パーティ『三食おやつ付き』」
ギルドマスターらしく、威厳のある落ち着いた声でセレスティアは俺たちを呼ぶ。辺りは音を吸い込まれたかのようにシンと静まり返り、二頭の竜馬たちも背筋を伸ばしてセレスティアの続く言葉を待つ。
「『神殺しの魔窟』の踏破を以て、お前たちのS級パーティ昇級は決定した。……おめでとう」
セレスティアの声を合図にして、歓声が、嬌声が、怒号が、おそらく12年間分のありとあらゆる感情を混ぜ込んだすべてが大気と大地を揺らした。
何を言っていいのか、何をすればいいのかわからず、声を一身に受け止めつつ呆然と立ち尽くす俺を見て、セレスティアは悪戯そうににやりと笑う。
「手くらい上げて応えろ」
「え、あ……あぁ」
言われるままにおずおずと右手を掲げると、歓声に拍手が混じり、雨のように俺たちに降り注ぐ。
「イズイ」
シーラはセレスティアの後方、皆と同じ場所でパチパチと全力で手を叩いていたイズイを呼び、ちょいちょいと手招きをする。
「遠くない?」
にわかに全員の視線を一身に集め、困惑した様子のイズイは苦笑いを浮かべてシーラに答える。
「えぇっと、ですが私はギルド職員で……主役はお二人なので――」
「どーでもいい。イズイはこっち」
無理やりイズイの言葉を遮って、シーラは右手で手招きを続ける。
「えぇ……、でも、ですねぇ」
「はーやーくっ」
次第にイライラした様子のシーラ。ついにイズイは観念して俺たちの元へと足を進める。セレスティアの半歩後方に立ち止まり、セレスティアにグイっと背中を押されてシーラの前に出る。その背中には数百人以上の観衆の視線と声援。
「おかえりって言って」
イズイを前にしたシーラは嬉しそうに催促する。
「うあわっ!?それが先ですよねぇ!?二人とも、……おっ、おかえりなさぁい!」
「ん。ただいま」
望みの形式が満たされて、シーラは満足げに頷いた。そして、収納魔石を開いて一振りの古びた剣を取り出してイズイに差し出す。
「これ。お土産」
シーラが無造作に取り出した、鞘に収まった剣を見てイズイの口は小さく震える。果たしてこの場にいる人間のどれだけが、即座にその剣の持ち主を知っただろう。
「……私に、ですか?もらえませんよぉ、そんな大事なもの」
その眼にはもう涙が浮かんでいて、時を置かずにぽろぽろと涙は流れた。
「いいから。好きなんでしょ?レオン。リューズ、いいよね?」
その問いかけへの答えは決まっている。
「あぁ、もらってくれよ。レオンだって俺に持たれるより若い女の子に大事にされた方が嬉しいだろ」
イズイは俯き、呟く。
「……本当は、もしかしたらってずっと思ってたんです。世界のどこかで生きてるかもなぁって」
――俺は、イズイやビスカが、世界が俺たちに何を重ねて熱狂していたのか、正直なところよくわからない。
恐る恐る、壊れ物に触れるようにイズイは両手を伸ばして、シーラからレオンの剣を受け取る。その剣はズシリと重く、イズイは剣を抱いてその場に膝をつく。
「レオン様……、おかえりなさぁい」
見上げた空は青く澄み切っていて、上空は風が強いのか雲は速く空を流れる。大きな雲が三つ、空の向こうに消えていくのを俺は一人見上げていた。
普段から涙もろい自覚はあるが、不思議と涙は出なかった。
きっとこの日、20年以上前に遠くバルハードの町から始まった『神戟』と言う物語は終わりを告げた。
ご愛読ありがとうございます!
本作は三部構成で、この『神戟編』が第一部となっています。
書き溜めが無くなったので、ある程度溜まりましたらまた投稿させていただきます。
リューズとシーラの物語、お読みいただきありがとうございます。




