101話 夢のかたち
「さて、それじゃあザックリ案内させてもらおうかね」
ウキウキした様子のセレスティアによる神樹ガルガンテ訪問ツアーの始まりだ。
「早速上に行こうか」
言われて木の幹を見ると縄梯子が無い。
「あれ?俺の縄梯子ちゃんは?」
「あ?外したよ、そんな原始人の道具は」
吐き捨てる様にそう言って、セレスティアが歩く先には樹に並んで高く伸びる柱がある。蔓や、鳥の意匠が彫られた木製の柱。
柱には手のひらサイズの魔法陣が刻まれていて、セレスティアがそこに触れると、扉が左右に開く。
「おお」「うおっ」
俺たちの感嘆の声に満足げにニヤリとして、セレスティアは柱に入る。柱の中は四人入って丁度いいくらいの広さ。
全員入ると扉が閉まる。何秒かして、言いようのない違和感を感じる。まるで竜馬で急加速したときのように、地面に引っ張られるような感覚を感じ、微かに耳の奥がギュッとする。
内心狼狽を隠せない俺と違い、シーラはそれを明らかに楽しんでいるように見える。
「浮いてる」
「え?まじ?」
まさか?まさかだよな?だが、実際に空を飛べるシーラが言うのなら……。
数秒後、柱内の壁にも付いていた魔法陣が光ると、今度は反対の壁が左右に開く。
扉を出ると、目の前には生き生きとした緑色の葉に囲まれた青い空。その下に広がる王都の街並み。遠くには城が見えた。
地上よりも少し強い風が頬を撫で、無意識にポカンと口を開けてしまっていた事に気が付く。
「……マジか」
俺たちはわずか数秒の間に、大樹の上に上っていたのだ。
「魔導式昇降機。ふふふ、驚いたか?」
腕を組んで得意げにセレスティアは胸を張る。
「すごすぎる」
「わはは、もっと褒めてもいいぞ?」
なにやら得意げに原理の説明を始めたが、古代魔法の事なんて聞いてもわからないからどうしようもない。
そして、木の枝は綺麗な板を床材にした渡り廊下になっていて、居室まで安全に移動できる様になっていた。木に釘を打ったりせず、植物の蔓を使って強固に絡み付けているのは地味に好印象だ。
「……たった三日で、これかよ」
呆れ半分驚き半分で俺が呟くと、今度はイズイが不敵に笑う。
「まだまだ驚くのは早いですよぉ!次は絶対にもっと驚いちゃいますからねぇ!」
イズイはいそいそと俺たちを先導して、銀細工で装飾のされた扉の前につく。そこは俺が収納魔石を設置した、居室になるはずの場所。
「扉すげぇな」
セレスティアは腕組をして後方から俺たちを見守り、徹夜明けでテンションの高いイズイは扉に手をかける。
「いきますよぉ!せーっのっ、じゃん!」
勢いよくイズイが扉を開く。以前見たときは無機質な真っ白い空間だったそこは、石造りの壁と床に囲まれた落ち着いた空間になっていた。天井と壁には魔導灯の光が揺れて室内を照らし、そう広くない部屋の両端にはそれぞれベッドがおかれていた。
「あれぇ!?私が置いたダブルベッドはぁ!?ちょっとちょっと、セレスティア様ぁ!?」
俺とシーラが声を上げるよりも早く、イズイが驚きの声を上げる。
「あぁ?置かせるわけねぇだろうが。十年早いんだよ」
「百歩譲るとして!せめて隣でしょぉ!?なんです、両端って!解釈違いにもほどがありますがぁ!?」
「な、なんだよコイツ。僻地に飛ばすぞ?」
二人のやり取りを見てシーラはクスクスと笑い、二つのベッドをそれぞれ指さす。
「リューズはどっちがいい?」
「ん~、じゃあこっち」
入口から見て左奥のベッドを指さすと、シーラは右奥のベッドに駆け寄り、そのままベッドに飛び込む。
「んっふふふ、じゃあこっちが私」
全身でベッドの上で喜びを表すシーラを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。と、同時にここまでの事を僅か三日でしてくれたセレスティアとイズイにも感謝の気持ちでいっぱいだ。
「……あ、あ~。イズイ、セレスティア。こんなにとんでもないものを作ってくれると思わなかったから、正直びっくりしたよ。本当に――」
――と、俺が感謝の言葉を述べようとした瞬間、セレスティアが眉を寄せて首を傾げる。
「あぁ?何勝手に締めようとしてんだよ。まだまだこんなもんじゃないんだが?」
「ですねぇ!」
「は?」
俺たちは再び居室を出る。渡り廊下は分岐している。一方は魔導昇降機、もう一方は?
進むと再び扉がある。ナイフとフォークが交差した意匠が彫られたその扉は、見ただけで何の部屋か分かってしまう。
「厨房~でぇす!」
黒を基調としたシックな造りのその部屋には、大型の炎魔石を仕込んだ魔導調理器がいくつも並び、氷結魔石を用いた保冷庫も完備され、きれいな食器と、調理器具が整然と並んでいた。
「えぇ……」
「次行きますねぇ!」
驚く暇も与えず俺たちはさらに進む。渡り廊下の先が階段になっていて、さらに上に進む。
そこに見えてきたのは、いくつもの枝に跨って載せられた、大きな木製の枡。既に湯が張られていて、薬湯のいい香りが辺りを覆う。
「露天風呂……!?」
「えへへ、どうです!?イメージ通りですかぁ!?」
シーラはチョンとお湯に手を入れて温度を確認すると、興奮した様子で俺を振り返る。
「リューズ!入っていい!?」
「せっかちだなぁ。もちろん――」
俺の返事の途中で、シーラは備え付けの脱衣所でおもむろに服を脱ぎ出す。そんな気配がしたので、俺は風呂が見えない階段に座る。
ザブッと湯の揺れる音が王都の遥か上空で響き、跳ねたお湯が頬に触れる。
「うあぁ、すごい。すごすぎる……。リュ――」
言いかけてシーラは言葉を止める。
「イズイとセレスティアも一緒に入ろう」
「いいんですか!?」
「いいに決まってる」
「セレスティアも」
「私も!?……まぁ、別に構わないけど」
少し照れたそぶりで口を尖らせて答えながらも、満更でもなさそうなセレスティア。
「先部屋戻ってるぞ?ごゆっくり」
「ダメ。リューズはそこにいて」
「……へいへい」
一旦立ち上がり、また階段に腰を下ろす。
「くあぁ、いい湯加減だなぁ」
「ぐへぇ……。徹夜明けのお風呂は沁みますねぇ」
少しして湯に溶けた音が二人分重なる。
「どうです……?イメージ通りですかぁ?」
「すごすぎる」
五文字で答え、シーラは嬉しそうに湯を揺らす。
「イズイ。セレスティア」
改めて二人の名を呼んだシーラは湯船に身体を伸ばし、上機嫌に足を揺らしながら言葉を続ける。
「これは嬉しすぎる。ありがと」
真っ直ぐなシーラの言葉にセレスティアも言葉に詰まる。
「……まっ、まぁ?私にとっては簡単な仕事だったけどな」
「そう言ってもらえると報われますねぇ」
――と、階段下でそのやり取りを聞いていて、ある真実に思い至る。
「俺……、今までお前にお礼言われた事無いんだけど!?」
「んん?そうだっけ?」
素っ頓狂な声が聞こえてきて、ヂャブとお湯が動く音が聞こえる。
「ねぇ、リューズ」
不意に近くから声がして、反射的に見上げてしまう。
濡れた黒髪を陽の光で輝かせたシーラが、浴槽の縁から俺を見下ろして優しく微笑んでいた。白い肌は湯で上気してほのかに赤く染まる。
まるで現実離れしたその美しさに、一瞬我を忘れて見入ってしまう。
「ありがと。全部。一杯」
そう言うと、シーラは心配そうに眉を寄せて首を傾げる。
「足りる?」
「……充分だよ」
タイミングよく目にお湯が跳ねたから、手で目を覆いそっぽを向く。
俺とシーラの、『三食おやつ付き』の家は、こうして完成を迎えた――。




