100話 二人の家
――ウィンストリア、冒険者ギルド。
「あれ、今日もイズイないんだ?」
空の左受付を見ながら右受付担当のネイに問うと、ニコニコと優し気な微笑みを浮かべてネイは答える。
「二、三日有給休暇を取ると言ってましたよ」
「そんなのあるんすね」
いつも働きすぎなんだから、順番に休むのがいいよ。式典の時だって三人とも休みなのにみんなを助ける為に全力で動いてくれてたんだから。
「八年前、セレスティア様がギルドマスターになってから出来た制度なんですよ。『てめぇら、金やるからちゃんと休め』って」
ネイはどこか誇らしげにクスクスと笑いながらそう言った。
「物言いはあんな風ですけど、とてもお優しい方ですよね」
「わはは、優しいやつは気軽に『ぶっ殺す』とか言わないと思うけどね」
随分おとなしいなと思いシーラを探すと、バーの方からテーブルと椅子を運んで俺のいる右受付の近くに置いて座る。
「あ、そうだ。シーラ、ちょっと待ってな」
「早くね」
何をするとも言っていないのに催促するのやめてくれませんかね。まぁ、合ってるんだけど。
いそいそと厨房へ向かい手を洗う。そして、バンダナを巻いて、袖をまくり、バンドで留める。
「いつも急に借りて悪いね」
申し訳なさそうに厨房のお姉さんに告げると、笑顔で首を横に振ってくれる。
「何作るんです?」
「今日は、あいつに『葉っぱ』を食わせてやろうと思ってね」
「葉っぱ……って」
そう、サラダだ。シーラ曰く、『葉っぱじゃん』。出会った頃から一貫して変わらないその感想は、あいつの食を司る俺の責任だろう。
野菜の底力を知らしめて、今日こそは絶対にうまいって言わせてやる――。
「お待たせいたしました」
わざとらしいくらいうやうやしくシーラに差し出したのはカップに入った細切りの生野菜。にんじん、きゅうり、大根。
それを見たシーラは露骨にテンションが下がる。
「あのね、リューズ。私はね、うさぎじゃない」
諭す様にシーラは首を横に振る。
この反応は想定内。さぁ、ここからが勝負。
俺は隠し持った小鉢を厳かにシーラの前に置く。
「こちらのソースにディップしてお召し上がり下さい」
「へぇ」
その一手間が興味をひいた様で、シーラの手がにんじんに伸びる。にんじんは、小鉢に満ちたベージュ色のソースをくぐり、シーラの口に運ばれる。
ポリ、ポリ、と小気味のいい音を立てて、にんじんはシーラの喉を進む。
キラキラと黒い宝石の様に輝くその瞳を見れば、答えはわかる。
「……えっ?うまぁ。何これ!?まろやかすぎる。ただの野菜なのに!」
「胡麻と卵油のディップソースだ。イケるだろ」
「やば。こんなの一瞬で無くなっちゃう。ふふ、次は大根」
大きく口を開けて、パクりと大根を頬張る。
シャキシャキした食感が音で伝わってきて、シーラはまた顔を蕩かせる。
「……んっふふ。おいしすぎ」
その表情を見て、他の冒険者たちもごくりと喉を鳴らす。
「お、オレもアレ食おうかな」
「ねぇちゃん!こっちもだ!」
「は〜い」
にわかに人気を博すスティック野菜。シーラの分を多めに作っておいてよかった。
まるでウサギの様に上機嫌に、リズミカルにスティック野菜を頬張るシーラ。その目の前に俺はまたコトリと小鉢を置く。
ピタリ、とシーラの動きが止まる。
「……リューズ。それは?」
「ん?ニンニクとアンチョビのソース」
言いながら、もう一つコトリ。
「で、コレがにんじんソースと、チーズクリームソース。変わり種にはちみつソース」
「うはぁ、出し惜しみがすごい」
「野菜まだあるから、好きなだけ食えよ」
「ん」
返事をする間も惜しいとばかりに短く答えて、シーラはまた野菜スティックを食べる。その表情を眺めているだけで、無限に時間が溶けてしまいそうだ。
「ん、リューズも」
「あ」
何気なく差し出されたスティック野菜。つい反射的に口を開けてしまい、シーラの手ずから食べることになってしまう。
背中にギルド中の視線が集まるのを感じて、己の愚行に気がつく。
「あー、いや……。違くて。ちょっと考え事してたから、つい、ね」
誰に向けるでもなく苦笑いで言い訳をしていると、次の野菜が運ばれてくる。
「ん、きゅうりとはちみつもおいしかった」
「そ、そらよかった。たんとお食べ」
「ん」
「あのな、シーラ。人前でそういうことをすると、あらぬ誤解を招くからやめた方がいいぞ」
口にきゅうりを押し付けられながら困り顔で諭すと、シーラは納得してくれた様子でこくりと頷く。
「わかった。二人の時ならいいか」
「……わかってねぇな、これ」
そんなやり取りを経て、シーラは野菜スティックを完食する。
「ふぅ、やさいのほんきをみた」
満足げにシーラが食レポを語る頃、バン!と勢いよくギルドの扉が開く。
薄明りのギルド内に日の光が差し込み、扉の主を逆光で照らす。そこには普段の受付服とは違うひらひらした格好のイズイが、眠そうな目で立っていた。
「こっちにいたかぁ!リューズさん!シーラさん!来て!」
眠そうな目と対照的なテンションで、イズイは俺とシーラを手招きする。
「あれ?休みじゃねぇの?」
「休みですよぉ!服見ればわかるでしょ!無駄口はいいから早く!」
「へいへい、なんだよ全く。シーラ、行くぞ」
「デザートは?」
「今のが飯でいいならだすが?」
「じゃあいい。行こ」
ギルドを出ると、馬車が一台停まっていた。
「どうぞぉ~、お乗りくださぁい」
イズイは笑顔で俺たちを馬車に促す。
二、三日の有給休暇、眠そうな目。もうわかってしまった。
「……休みなんじゃねぇの?」
馬車に乗り、顔をそらすように窓を見る。
「休みですよぉ?だから好きなことやって過ごしてましたぁ」
俺とシーラを乗せてから、イズイも馬車に乗る。少し上等な客車の扉を閉めると、馬車は目的地へと進みだす。
目的地?聞かなくてもわかる。
馬車は市街を離れ、街はずれの高台へと向かう。そして、大樹のところまで行くかと思いきやその手前で停まる。
「ここが停車場でぇす」
先に馬車を降りたイズイに促されて馬車を降りる。目の前には古木で作られた立派な門があった。
イズイが重厚な古木の門を押し開くと、そこには腕組みをして仁王立ちするセレスティアの姿。――当然、彼女も眠そうな目をしていた。
「よう、待ちくたびれたぞ」
そして、セレスティアは大きな動きで袖を揺らしながら左手で大樹を示す。
「完成だ。気に入ってもらえると嬉しいんだがな」
セレスティアは、そう言って少し照れくさそうに笑った。
口を開けて樹を見上げるシーラの瞳は、日の光の中でなお輝いていた。




