扉を開く鍵
ウーーッ! ウーーーッ!
日が落ちたワードロウの街に、またサイレンの音が響いた。
「あぁ、イヤな音だね! その逃げた『オオカミ』は、まだ捕まらないのかい!?」
『薔薇の名前』のキッチンの窓から、そっと外を覗きながら、メイジーが顔をしかめる。
「アッシュ様達は、ご無事かしら……?」
すぐに現場に向かったアッシュの代わりに、エルムに送ってもらって、慌ただしく終わった今日のデート。
いつもの黒いドレスに着替えたロージーが、心配そうに呟いた。
「大丈夫だ。『魔法いらず』って呼び名も、部下や街の人達の『魔法が無くても十分強い』って尊敬の気持ちが、込められてるそうだよ!」
スタンリー叔父さんが、『姪』の肩をぽんと叩き。
「きっとこの前みたいに、あっという間に鎮圧してくださるわ!」
ルイーズ叔母さんが優しく続ける。
「……そうよね!」
やっと笑顔を見せた元男爵令嬢に、
「それで、ロージー? デートは楽しかった?」
メイジー姉さんが、にやりと尋ねた。
「楽しかったわ……! 町をあちこち案内して頂いて、ステキなレストランでランチ。
それから中州にある神殿に、連れて行ってくださったの」
「神殿? あぁ、この前土手から見たよ! 中に入ったのかい?」
「不思議な鍵がかかっていて、入れなかったの。中にある『狼の女王像』も、誰も見た事が無いんですって」
興味津々の顔で聞いて来る、元執事に対して
「神殿ねぇ……も少しロマンチックな場所は、無かったのかい?」
「わたしが亡くなった主人とデートした時は、お花がキレイな公園とか、劇場とかに行ったけど?」
料理人と、夫を病気で亡くしている元家政婦が、姉妹で首を捻った。
「あら、神殿だってステキだったわよ――神秘的で!
狼の王様と女王様の、哀しい言い伝えもあるの! ロマンティックでしょ……!?」
憮然とした顔で反撃するロージーを、保護者3人が微笑ましく見つめる。
その時、
「それって、お姉ちゃんがいつも歌ってる歌みたいだね!
『東と西の川の中、国王様がお出迎え♪』」
ナイトを撫でながら何気なく、ディビーが口ずさんだ。
「あぁ昔、奥様が良く歌ってらした……お嬢様!? どうなさい――いや、どうしたんだい!?」
急に、凍り付いたような表情で固まったロージーに、慌ててメイジーが尋ねる。
「……それだわ。神殿の扉を、開くヒント!」
ロージーが告げたのと、ほぼ同じ頃。
街外れに『オオカミ』を、追い詰めていた警備隊長が、
「それだ――扉を開くカギ!」
瞳を金色に輝かせて、叫んでいた。
◇◆◇◆◇
その少し前、
「隊長! ヤツをうまく、おびき寄せました!」
「よし! 来るぞ……『テイク・ザ・リィード』!」
細い小道に誘い込んだ『捕獲対象』が、銀色の毛をなびかせ走って来る。
パチン!
アッシュが指を鳴らしたと同時に、円柱型の石畳がボスンッと跳ね上がり。
通り過ぎようとした巨大な狼の腹を、真下から直撃した。
「グオォォーッ……!」
苦しそうな叫び声を上げ、どさりと倒れ込む獣。
「やったー!」
「すげーっ、隊長!」
部下達が飛び上がり、喝采を叫ぶ中、
「まだだ……!」
苦い声を発したアッシュの目の前で、獣はよろりと立ち上がる。
「ヴゥッ……!」
鼻の上にシワを寄せ、怒りに満ちた金色の目で睨んでから、ダッときびすを返す。
「逃げたぞ!」
「追えーっ!」
路地を走る部下達に続こうとした隊長を、
「アッシュ……」
肩を掴んで引き留めたのは、
「エルム? どうした?」
マルト王国から出向中の、友人だった。
「あいつ、元は『石像』って話だよな?
ヤツの行先はおそらく――『中州の神殿』だ!」
確信に満ちた声で告げた後、エルムが歌い出したのは、
「東と西の川の中、国王様がお出迎え♪」
結婚したいと初めて思った女性……ロージーがいつも、口ずさんでいる歌。
「エルム、お前――なんでその歌を!?」
まさか俺が特訓している間に、ロージーと親しくなって……!?
気が付けば嫉妬に震える両手で、親友の襟首をぐっと掴み、締め上げていた。
「げほっ……落ち着け、アッシュ!
この歌は、昔から我が家に伝わる『伝承歌』だっ……!」
苦しそうな声に、はっと手を緩め
「我が家って――『コリンズ侯爵家』か!?」
「そうだよ! ったく、何興奮してんだ!」
エルムの呆れた声に、気まずそうに答えるアッシュ。
「同じ歌を――ロージーが、良く歌っているんだ」
「ロージーが……?」
口元に指を当てて、何事か考えているエルムの肩を、アッシュが揺さぶる。
「それより、さっきの歌だ!
『東と西の、川の中』とは、まさにあの神殿。続きは――!?」
「あっ、あぁ……『右に7回、左に3回』いや、6回だったかな?」
ぶつぶつと首を捻るエルムの前で、
「それだ――扉を開くカギ!」
警備隊長は叫んだ。




