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魔法の言葉 ~灰かぶり令嬢の恋は、焼き立てスコーンとイチゴジャムから~  作者: 壱邑なお


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11/22

地面の蓋

 アッシュが呪文を唱えた途端、ジャムの瓶がかたかたと震え出し。

 ぷしゅーっと、中から押されるように持ち上がった(ふた)が、


 ぱこん……っ!

 勢いよく弾き飛んだ。



 少し離れた床に落ち、かたりと止まる、銀色の丸い蓋。

 それをじっと追っていた、若草色の瞳がふっと……緊張した様子でこちらをうかがう、金褐色の瞳を見つめ返した。


「アッシュ様……今のが?」

「そう、俺の魔法――『テイク・ザ・リィード』。

 見ての通りジャムの蓋を開ける位しか、使い道はないが」



 ここスペルバウンド王国の住民は11歳になると、生まれ持った自分の魔法を開放してもらう。

 12年前、誕生日を迎えたアッシュも、ドキドキしながら神殿の祭壇前に立った。

 右手をすり減った石のくぼみに置くと、書見台に置かれた古い魔道書が、風もないのにパラパラとめくれ始める。


 ドキドキとそれを見守る、11歳のアシュトン・リード。

『出来れば……攻撃系とか、カッコいい魔法がいいな!』

 しばしページが送られた後に、ぱらりと開いた真っ白なページ。

 そこに金色の文字が、浮き上がると同時に。

 頭の中にも、自分だけの呪文が刻み込まれた。


『テイク・ザ・リィード』



「何というか――がっかりを通り越して、ただ悔しくて。

『やり直させて欲しい!』と司祭様に訴えたけど、もちろんダメだった」

「お気持ち分かります……わたしも出来ればもう一度、やり直したかったです」


 しょんぼりする娘に、『この魔法もいつか必ず、役に立つよ』と、優しく慰めてくれた父と母。

 7年前を思い出して、ロージーも思わず(うなず)いた。


「だよな? せめて攻撃や防御を、補助出来る魔法だったら。

 でもまあ――ロージーの役に立ったから、良しとするか!」

 腕を組みながら眉をしかめて。

 それでも最後は、にやりと笑い飛ばした警備隊長。

 強がっている時のディビーに似た、その表情を見た元男爵令嬢は、まるで自分の事の様に胸が痛んだ。



『私の魔法はもう仕方ないとして……この方の魔法はもっと何か、応用が出来ないかしら?』

 少し上の空で紅茶を入れ替えていると、

「ただいまーっ! あっ隊長さん、今日も来てたの!?」

 こちらに来て通うようになった学校から、ディビーが帰って来た。


「おう! おかえり」

「おかえりなさい! まぁ、真っ赤な顔して――またずっと走って来たの?」

「うんっ! ここの石畳、走るとコツコツ音がして面白いんだ!」

「にゃーん」とすり寄った子猫のナイトを抱き上げて、にっかり楽しそうに笑う。


「石の上をあんまり走ると、膝を痛めるぞ」

「えっ、そうなの!?」

 アッシュに言われて、目を丸くするディビー。

「走るなら土の上にしとけ。川沿いに良いコースがあるから、今度連れてってやる」

「ほんと? やったーっ!」


 楽しそうな二人の会話を聞きながら、ディビーのおやつ、ホットミルクとスコーンを用意するロージー。

 ふとこの町に来てすぐ、二人で散歩した時の事を思い出した。



『お嬢――じゃなくて、ロージーお姉ちゃん! ここの道、前と違うね?』

『そうね。ワードロウの道は、長方形のレンガが埋まってたけど、ここは丸い石だわ』

 円柱の石が埋め込まれた石畳を見下ろして、ディビーが楽しそうに言った。

『まるで地面に、蓋してるみたいだね?』



 はっと、ロージーが目を見開く。

「あれだわっ……アッシュ様!」

「ロージー? どうした!?」

 いきなり大声で呼ぶ声に、急いで椅子から立ち上がる警備隊長。


 頭の中にひらめいた考えを整理しながら、ロージーは、ふうっと深呼吸した。


「アッシュ様の呪文は、『蓋よ、外れろ』で。

『瓶の蓋』とは、限定してませんよね?」

「そうだな……」

 困惑しながらも、頷いた顔を見上げて


「例えば――『石畳』も、『地面に蓋をしている物』と考えたら、いかがでしょう?」

 はやる気持ちを押さえて、丁寧に説明する。



「地面に蓋……?」

 その言葉がゆっくりと、アッシュの脳裏に心に、染み渡って行く。

 まるで、『魔法の呪文』のように。



「ロージー……」

「だめ、でしょうか?――きゃっ!」

 いきなり両手を伸ばしたアッシュが、ロージーの華奢な肩を掴み、目を合わせて叫んだ。


「きみは、天才だっ……!」

 そのままひょいと抱き上げ、膝裏と腰を両腕で支えて、笑顔でくるりと回る警備隊長。

「ひゃっ……! アッシュ様ったら!」

 首にしがみついて悲鳴を上げたロージーも、すぐにくすくすと笑いだした。


「隊長さんとお姉ちゃん、ダンスしてるみたい!」

「みゃーっ!」

 ナイトを抱っこしたディビーも真似して、ぐるぐると回り出す。



 そこへ

「今帰った……おやおや」

「ただいま――まぁまぁ!」

「どうしたの? あらあら!」

 毎日この時間帯は、ロージーだけを留守番に置いて。

 わざと買い出しに出るようにしていた、店主二人と料理人が、そろって帰って来た。


「もうプロポーズしたのかいっ!? おめでとう!」

 ばんざーい!と、笑顔で両手を上げたメイジーに



「違うっ、まだだ!」

「違うわっ……!」

 警備隊長と元男爵令嬢は、声をそろえて。

 真っ赤な顔で否定した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 側から見れば小さく些細な魔法でも、応用すればそれは幾らでも素晴らしいものになれる。 キュンとくる甘い展開と同時に、この先ワクワクする様な、そんなお話にほっこりしました。続きも楽しみにしてい…
[一言] 「まだだ」が最高ですね、オホホホ( *´艸`)♡
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